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第1巻 1期目 臨時国会

紛糾、選挙制度改革特別委員会

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 国会にはあらかじめ設置されている常任委員会と、ある審議のために設置される特別委員会がある。今国会でもいくつか特別委員会が設置されているが、その中に選挙制度改革特別委員会というものがあった。
 選挙制度と1口に言っても、有権者に関することから、候補者に関すること、選挙の区割りなど色々あるが、この特別委員会は野党の要望により開かれたもので、主に候補者、その中でも国会議員の世襲に関する意見が多く出されていた。
 現在、親などから地盤を引き継いだ世襲議員は特に民自党に多く野党には少ない。それについては元々、国民にも批判の声があり、野党としては民自党を攻撃する格好の材料でもあった。特に今日に関しては能弁で知られる民衆党党首の浜田彰浩が陣頭に立つということで、民自党の中堅どころは、下手に議論に負けて党内から批判されることを嫌がりほとんどが欠席し、結果として水園寺幸房と当選回数の少ない議員だけが民自党の出席者となった。
「将去っては、将帥もただの将。我に従うはただ兵卒のみ。
 ・・・・・。
 しかし、勇将の下に弱卒なし」
ぶつぶつと水園寺幸房は現在の苦境を呪って呟いていたが、独特の思考でやる気を取り戻したようだ。

 そして、委員会が始まると浜田彰浩は当然のごとく水園寺幸房をやり玉に挙げた。
「まず、皆さんこの資料を見てください」
 ITコンサルタントとしてプレゼンテーションに長けた浜田彰浩は水園寺に代々受け継がれた地盤について順を追って説明する。
「この茨城県の選挙区は中選挙区時代、いやもっと遡って戦前の時代から水園寺家の地盤として有名です」
 資料には戦前から今まで行われた茨城の選挙区の選挙結果がリストアップされており、トップ当選者の性は全て水園寺である。
「こうして常に水園寺の方が当選しておられる。それはそれで立派なことだと思います。しかし、中選挙区時代には2番手以降で民自党以外の方が当選することもありました」
 ここまでは与野党ともに「うんうん」と聞いている。水園寺幸房もテレビでもずっと言ってることでないかと何食わぬ風の顔だ。
「しかし、しかしです」
 浜田彰浩は一つ咳ばらいをする。
「小選挙区制になってからがさらにひどい。もともと中選挙区だった選挙区を2つに分けたのですが、それを親子で分け合った形なのです」
 小選挙区制以降の選挙結果のリストでは、左に水園寺幸房、右に水園寺義光という親子の名前が続いている。
「世間でこれをなんと言っているか知っていますか?水園寺割りですよ」
「別に隣の選挙区に親子で立候補してはいけないなどという決まりはありません。しかし、もともと一つの選挙区だったものをですよ、それを親子で分け合って二人とも当選し続けるというのはおかしいとは思いませんか?」
「そうだそうだ」
「パチパチパチ」
 野党の方から賛同の声が聞こえる。
 水園寺幸房が挙手をして発言をする。
「親子で将なれども戦場は異なり。」
 ざわざわと両方の陣営がざわつく。
 よくわからない古語風の言葉に続いてこう説明した。
「いいですか。確かに水園寺義光議員は私の息子でありますが、それぞれ違う選挙区で立候補し、それぞれが有権者の判断を仰いで当選したのです。決して親子で分け合ったというものではありません」
「どうしてですか?私たち民衆党はより広い国民の皆様の声を聞いて政治をやるべきだと考えています。決して特定の一族で議席を占めていいわけはありません」
 浜田彰浩の発言に対して、また幸房が反論する。
「私たちは有権者の投票の結果を受けてここに立っている。それの何がいけないのでしょうか?」
「同じ選挙区を何代にも渡って受け継ぐことで利権が集中するのが問題だと言っているのです」
「全ての世襲議員がそうだとはいいませんが、何らかの利権の見返りを受け取っている方もいるのではないですか?」
「そうだそうだ」
という野党の声に反論し、
「証拠はあるのか。嘘をつくな」
という与党の声がこだまする。そして、そうこうしているうちに、議場は世襲を責める野党と与党の反論で騒然としだした。なおも、マイクの前で動かない幸房の前で、与野党の議員がもみ合いを始める。
 そんな中ついに事件が起こる。発端は野党議員の手の甲が水園寺幸房の顔に当たり眼鏡が吹き飛んでしまったことだと言われている。それでも幸房は動じていないように見えたが口からは今国会で大きな火種となる
「親子で国会議員の場合はよし」
その一言が発せられてしまった。
 なんのことかともみあいの議員同士が一瞬顔を見合わせたが、
「そっそんなわけないでしょ」
 幸房のあまりにも開き直った一言に浜田彰浩もそう言い返すのがせいいっぱいであった。その日の選挙制度改革特別委員会は騒然としたままだがそこで強引に閉会された。

 そして、幸房の「親子で国会議員の場合はよし」の一言はその日の夜のニュース、討論番組で大きく取り沙汰されることになったのだった。
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