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第2巻 そして解散へ
渦川俊郎の辞表
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残暑も終わり秋風が吹き始めている。人はこの風も解散風と言っているようだ。その風を吹かせそうな場所がここにもある。国土交通省の大臣室である。
「ホームドア、ホームドア」
いつものごとく秋屋国土交通省大臣がせかすように渦川俊郎副大臣に連呼していた。
「もう聞き飽きたよ。俺はちゃんとやってるのに」
渦川は舌打ちした。
実際、この期間に渦川はホームドアに無関心だったわけではない。古味の持ち帰った情報もあり、渦川は自身の人脈を利用しホームドアを推進するには何が必要なのかを調べていたのだ。
その中で一社、安藤建設という会社が何やら自信作があるらしくコンタクトを取ろうとしてきていた。
しかし、この話があっても渦川からは話し出す気にはなれなかった。とにかく秋屋のために働くというのが気にくわない。なんで今日も今日とて同じ部屋で向き合って話をしないといけないんだ。
そんな渦川俊郎と秋谷誠二の犬猿の中はもはや永田町どころかメディアにも知るところとなっている。厚生労働大臣時代はやり手だった渦川俊郎が露骨なサボタージュをしていること、渦川俊郎の父親のホテルの前を高速道路でぶち抜く計画が現実に進んでいること。それが秋屋の嫌がらせの側面が大きいことなどが週刊誌やスポーツ新聞の政治欄の格好のネタとなっているからだ。
それでも、この上下関係が終焉を迎えないのは、ひとえに永田町の力の原理に他ならない。阿相政権は内憂外患(国内からの野党の突きあげ、外に好戦的な隣国)を抱えている。それを乗り越えるには民自党内は結束を固めなければならないからだ。十常侍だの派閥だのと政党内部の権力争いに明け暮れていては、政権そのものどころか国益を大きく失いかねない。二人を国土交通省で一緒にする人事を行ったのは、いがみ合う勢力同士でも仲良くやりなさいよという、阿相首相のメッセージが込められていたのかもしれない。
しかし、「ホームドア」という言葉を12回目に聞いたとき、渦川のメンタルは限界に達した。
「バシッ」
渦川が秋屋の机の上に紙を叩きつける。
「なんだこれ辞表?」
秋屋が目を丸くする。
今まで呑気だった秋屋の顔がみるみる険しくなる。
「辞めるだなんてただで済むと思っているの?民自党にいれなくなるよ」
「それで結構。私は私の道を行く」
渦川の表情は本気のようだ。
「へっへーん。何かっこつけてんの?辞表はもう受け取っちゃったからね。君に戻る道はないよ」
言うが早いが辞表は渦川が取り戻さないよう机の引き出しの奥底に押し込まれた。してやったりとあっかんべーをしている秋屋には振り向かず、渦川は大臣室を後にした。
「短気は損気というからね。たいした馬鹿だねあの渦川は。不満たらたらのあんたに我慢していたんだけどね、これでも。まあこのことは早速リークさせてもらうよ」
秋屋は眼鏡を光らせてつながりがある政治記者に大臣室から電話をかけた。
その頃、俺は議員会館にある自室でテレビを見ていた。
思えば、渦川と議員会館の部屋を巡ってどっちがどっちと言い争ったのはどれだけ前の話だっただろう。実際、特に来客予定もなく、簡易な椅子、机などとテレビしかない空き時間を潰すだけの部屋になっている。結局のところ渦川の主張は正しかったのか。
などとこの部屋のことを考えているとテレビから「ピコーンピコーン」と危機感をあおる音が流れた。何のニュース速報かと画面に目を向ける。そこには渦川俊郎国土交通副大臣辞任のテロップが流れたのだっだ。
「渦川が辞めた」
いろいろな思いが錯綜する。
辞めた理由はなんだろう。最近マスコミで騒がれていた、大臣との不仲が原因だろうか。しかし、別に辞めたと言っても副大臣を辞めただけで国会議員ではまだあるわけだから、ニュース速報にするほどのことだろうかと思いもした。
しかし、もともとこの人事に不満を持っていた渦川が民自党や政府そのものに対し不満を抱き、辞表を提出したのだとすれば、解散風を現実の暴風にするような大事件になるかもしれない。
「ああ。いよいよか」
国会議員の身分とも給料ともこれでお別れかと俺はばんざいの格好をしながら椅子に倒れ込んだのだった。
「ホームドア、ホームドア」
いつものごとく秋屋国土交通省大臣がせかすように渦川俊郎副大臣に連呼していた。
「もう聞き飽きたよ。俺はちゃんとやってるのに」
渦川は舌打ちした。
実際、この期間に渦川はホームドアに無関心だったわけではない。古味の持ち帰った情報もあり、渦川は自身の人脈を利用しホームドアを推進するには何が必要なのかを調べていたのだ。
その中で一社、安藤建設という会社が何やら自信作があるらしくコンタクトを取ろうとしてきていた。
しかし、この話があっても渦川からは話し出す気にはなれなかった。とにかく秋屋のために働くというのが気にくわない。なんで今日も今日とて同じ部屋で向き合って話をしないといけないんだ。
そんな渦川俊郎と秋谷誠二の犬猿の中はもはや永田町どころかメディアにも知るところとなっている。厚生労働大臣時代はやり手だった渦川俊郎が露骨なサボタージュをしていること、渦川俊郎の父親のホテルの前を高速道路でぶち抜く計画が現実に進んでいること。それが秋屋の嫌がらせの側面が大きいことなどが週刊誌やスポーツ新聞の政治欄の格好のネタとなっているからだ。
それでも、この上下関係が終焉を迎えないのは、ひとえに永田町の力の原理に他ならない。阿相政権は内憂外患(国内からの野党の突きあげ、外に好戦的な隣国)を抱えている。それを乗り越えるには民自党内は結束を固めなければならないからだ。十常侍だの派閥だのと政党内部の権力争いに明け暮れていては、政権そのものどころか国益を大きく失いかねない。二人を国土交通省で一緒にする人事を行ったのは、いがみ合う勢力同士でも仲良くやりなさいよという、阿相首相のメッセージが込められていたのかもしれない。
しかし、「ホームドア」という言葉を12回目に聞いたとき、渦川のメンタルは限界に達した。
「バシッ」
渦川が秋屋の机の上に紙を叩きつける。
「なんだこれ辞表?」
秋屋が目を丸くする。
今まで呑気だった秋屋の顔がみるみる険しくなる。
「辞めるだなんてただで済むと思っているの?民自党にいれなくなるよ」
「それで結構。私は私の道を行く」
渦川の表情は本気のようだ。
「へっへーん。何かっこつけてんの?辞表はもう受け取っちゃったからね。君に戻る道はないよ」
言うが早いが辞表は渦川が取り戻さないよう机の引き出しの奥底に押し込まれた。してやったりとあっかんべーをしている秋屋には振り向かず、渦川は大臣室を後にした。
「短気は損気というからね。たいした馬鹿だねあの渦川は。不満たらたらのあんたに我慢していたんだけどね、これでも。まあこのことは早速リークさせてもらうよ」
秋屋は眼鏡を光らせてつながりがある政治記者に大臣室から電話をかけた。
その頃、俺は議員会館にある自室でテレビを見ていた。
思えば、渦川と議員会館の部屋を巡ってどっちがどっちと言い争ったのはどれだけ前の話だっただろう。実際、特に来客予定もなく、簡易な椅子、机などとテレビしかない空き時間を潰すだけの部屋になっている。結局のところ渦川の主張は正しかったのか。
などとこの部屋のことを考えているとテレビから「ピコーンピコーン」と危機感をあおる音が流れた。何のニュース速報かと画面に目を向ける。そこには渦川俊郎国土交通副大臣辞任のテロップが流れたのだっだ。
「渦川が辞めた」
いろいろな思いが錯綜する。
辞めた理由はなんだろう。最近マスコミで騒がれていた、大臣との不仲が原因だろうか。しかし、別に辞めたと言っても副大臣を辞めただけで国会議員ではまだあるわけだから、ニュース速報にするほどのことだろうかと思いもした。
しかし、もともとこの人事に不満を持っていた渦川が民自党や政府そのものに対し不満を抱き、辞表を提出したのだとすれば、解散風を現実の暴風にするような大事件になるかもしれない。
「ああ。いよいよか」
国会議員の身分とも給料ともこれでお別れかと俺はばんざいの格好をしながら椅子に倒れ込んだのだった。
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