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第2巻 新革党の選挙戦

間壁の策略

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 古味が公開した動画は成功であった。再生回数は1万回に及び、動画の評価を表す「good」の数も200ほどを数えた。
「よっしゃ」
 事務所で俺は目白さんとハイタッチを行う。
「いやあ。1回撮っておけばあとは有権者が勝手に見てくれるんですからこんな楽な方法はないですな」
「まあ、動画の中身もそれなりのものに仕上げないといけないので、動画制作会社のおかげというのもあると思います」
 とにもかくにもネットでの古味の評判は上がり、古味良一を取り扱っている掲示板の書き込み数もぐんぐん伸びている。
 だが、この様子を面白くなさそうに眺めていたのは水園寺義光であった。
「何をやってるんだこいつら、動画なんかに騙されやがって」
 そう言って机をバシっと叩いたが、先日、掲示板に勝負を挑み逆に炎上してしまったので、うかつな攻撃はできなかった。義光は見るからに悔しそうにしているが、その様子を見ているのは間壁であった。
「なるほど」
 古味の動画を何度も見直している。
「いまどき動画をアップする政治家など珍しくもないですし、失敗すれば逆に評判を落とすことになる。なるほどよくできてる。結構な動画制作会社を雇ったようですね。」
「そんな会社潰せ!」
 政治家だからといっていきなり会社を潰せるわけではないが、間壁は続ける。
「ただ、よくできているといってそれは動画のクオリティだけのこと、肝心の政策はスカスカです」
 そう言って、間壁は動画に「bad」の評価を与えた。
「前言ったよな。おまえには策があると。策を早く出せ」
 苛立った義光が間壁をせかしたが、間壁は冷静だった。
「相手がネットで楽して勝てるとでも考えているとしたら愚かなことです。古味のネット戦略を逆手にとってやりましょう」
 そして、間壁は工作アカウントの作成に取り掛かった。

 もともと、インターネットは匿名の世界である。それぞれがハンドルネームという偽名を使いネット世界の住人を演じる。また、匿名掲示板の場合はそのハンドルネームすらなく、共通の名前(「名無しの政治家」など)を使用して書き込みを行う。ただ、それでは誰かが連続して書き込みを行ったり、自作自演を行ったりするので、最近はIPアドレスを表示したりしてそれを防いでいる。
 そのIPアドレスはサービスプロバイダーのものだったりするので、間壁は複数のプロバイダーと契約を行った。その上で古味良一に関係する掲示板に書き込みを行っていった。しかし、先日、義光が叩かれた通り、不用意に批判的な書き込みを行うのは厳禁である。最初は掲示板に書き込んでいる古味の支持者に賛同するような論調で近づき、だんだんと違う意見を書き込んでいく。露骨な批判でないと相手はそれほど警戒しないので、やりとりを続けながら自分から古味を否定するように話を持っていく。
 
112 名無しな政治家
 結構、古味いいよな。
113 名無しな政治家
 政権に挑むというスタンスが決まっているのがいい。
114 名無しな政治家←間壁の書きこみ
 俺、古味の選挙区なんだけどどこに行けば会えるかな。
115 名無しな政治家
 普通に駅前で演説してるじゃん。
116 名無しな政治家←間壁の書きこみ
 そうでもないよ。最近は動画アップしただけであんまり演説してないみたい。
117 名無しな政治家
 ええ?この時期に。じゃあだめじゃん。

という具合に、それとなく人前での露出が減っていることを支持者達に知らせ、彼らから否定的な意見を述べさせていったのだ。

 しばらく間壁の様子を見ていた義光は「にやり」と口元を緩めた。
「あの馬鹿古味が。お得意と自負しているネットの裏でこんな策略にはまっているとは夢にも思うまい。さしずめ、ちょっともてはやされて踊りながら、すっころんで観客からブーイングを浴びるピエロってとこだな」
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