1 / 2
炊飯器の底に見えたもの
しおりを挟む良い事も、悪い事も。
何をすれば良いのか。
何をするのか。
この世界では、追っていた先に。
必ずしも、『コタエ』が在るとは限らない。
生きる為には、働かなくては生らず。
それからやっと、離れた時。
私の目の前には、何も残ってはいなかった。
大切なものは、哀しくなる程に。
次々と自分の手から離れて行った。
きっと。
世の中は、バットエンドから始まる。
、、皮肉だ。
だが。そう、捉えるしかなかった。
人間の時間は短い。
あっという間に、過ぎ去る。
そうやって、目の前から離れてゆく。
娘が死に。妻が死に。
私には今や何も無くなった。
朝が来てしまった事を後悔し。
ただ。時間が過ぎるのを待つ日々。
自分だけが。何で生きているのか。
自分は、どうして生きているのか。
私には、何を遺せたのだろうか、、
飯を食い。風呂に入り。歯磨きをして。目を瞑る。
それをただ繰り返す。
唯一の最近の癒しは。
野良猫に餌を与える事だった。
愛する人から離されただろうその姿は。
まるで、自分自身を見ているかの様だった。
その猫は、きっと私を見透かしたのだろう。
同情するかの様に、私に懐いてくれた。
ザァア、、
沢山の雨が降り注ぐ。
ザザザザザァザア、、
こんな日は、嫌な事を思い出させる。
雨は、私の大切なものを沢山奪った。
ザァアア、
娘と妻との思い出の家は売り払い。
今はボロいアパートに住んでいる。
スーパーの弁当。惣菜にも飽き。
気分転換に料理をする様になった。
初めの内はとてもじゃないが、
食えたもんじゃなかった。
その度に、妻の手料理を思い出した。
あの暖かさ。温もりも。
失って、初めて気付いた。
そんな美味しくない料理を。
猫は、美味しそうに食べてくれた。
そのおかげもあってか、
今はそれなりにマシになった。
毎日平然と食べていた食事は。
誰にでも作れるものじゃない事を。
こうして、私は知ったのだった。
知るのに、、時間が掛かり過ぎてしまった。
ある日。その日も、確か雨が降っていた。
猫は雨が降ると、大体階段の下に避難していた。
いつもの様に、私は猫に餌をやりに行った。
だが、その日は。
そこには、、猫じゃなくて。
ひとりの女の子が居た。
ザザザザザァザア、
私は、つい声を掛けてしまった。
「そんな所に居ると、風邪を引いてしまうよ。」
傘が、無いのだろうか。
家に戻り、傘を探した。
私が使っている傘もあったが、
爺臭い傘を使わせる訳にもいかなかった。
「これしか。無いよな、、」
それは、妻が使っていた傘だった。
バサッ、。
ずっと捨てられなかった傘を、初めて開くと。
一瞬。妻の匂いがした。
ザァア、、
雨は、止む気配がなかった。
「良かったら。これを使いなさい?」
女の子は無言で。
ただ、渡された傘を受け取った。
「もし良かったら、ご飯を食べて行かないかい?
作り過ぎてね。ちょうど、困っていたんだ。
家は、直ぐそこなんだけど。。
今、出て来たから、分かるよね。、」
女の子は黙って、、じっと。
小さくなっていた。
私は家に帰った。
「鍵。開けとくから、、」
どうして、あんな事を言ったのだろうか。。
完全に、不審者みたいじゃないか。
来ないかも知れない客人を。
私はテーブルに座って待っていた。
1LDKの部屋に似つかわしくない、
少し大きなテーブル。
近くの棚には、3人分の食器が入っていた。
来る訳も。無いか、、
そう、玄関の鍵を締めようとした時。
ガチャッ、
扉はゆっくりと開いた。
「い、らっしゃい。」
女の子「おじゃま、します。。」
びっくりしたが、少しだけ嬉しかった。
「そこに、掛けると良い。
鍵は開けとくから。いつでも、逃げられるよ。」
私は、、一体何を。言っているんだ。
入り口に近い椅子に女の子を促した。
お邪魔しますと言ったか??
案外。しっかりした子の様だ。
「今日は、海老フライなんだ。
、、娘が。大好きでね。」
歳は、娘と同じくらいか。
いや、、少し歳上だろうか。
手入れはしてあるお皿を水ですすぎ。
海老フライを綺麗に盛り付ける。
「さあ。
温かい内に、お食べなさい。」
女の子に箸を手渡す。
「ありがとう、、ござい。ます。」
家具はあらかた処分したが。
この机だけは、手放せ無かった。
3人掛けの椅子だが。
今日は、2人掛けになった。
にゃーぉ。
「お前。入って来ちゃったのか。」
いつもは、ここに私しか居なかった。
でも、今日は、3人(2人と一匹)だった。
「待ってろよ??」
いつものお皿に、ご飯をあげる。
椅子に座ると、女の子は手を付けては無かった。
「待たせて、しまったかな??
ほら。食べなさい??」
女の子「いた、だきます。」
女の子は、味噌汁を口にした。
「どう、だい??」
初めて人に料理を振る舞った。
あれから、それなりには上手くなったつもりだ。
女の子「ネギが。辛い、、」
「いただきますっ。」
私も味噌汁をすすった。
「本当だ、。次は入れないよ。
海老フライは、どうだろうか??
あっ。タルタル付けるかい?」
女の子は、頷いた。
手作りのタルタルソースを、冷蔵庫から取り出す。
女の子は海老フライに、
タルタルソースをいっぱい付けた。
「どうかな、、?」
口の端に付いたタルタルソースを指で取りながら。
「美味しい。。」
と言ってくれた。
「良かった!」
私は何だか嬉しかった。
表情はあまり変わらなかったが。
誰かに自分の料理を褒められた事が、
とても嬉しかった。
「おかわり。沢山あるから。」
にゃーぉん、
「お前さんもおかわりか??
今日だけ。特別だぞ??」
久しぶりに誰かと囲んだ食事。
食事中。特に会話は無かった。
正確には、何も。聞かなかった。
だが、静寂に耐えきれなくなり。
女の子の空いた器を見て声を掛けた。
「おかわり。あるよ。」
女の子は、空いた器を出して来た。
「お願い、します。」
明日用に炊いたご飯が、功を奏した。
いつもなら。
ひとりで食べると必ず、余ってしまう。
底の見えた器に、少し笑みが浮かんだ。
「どうぞっ。」
その時。手の付けていないサラダを見つめ。
慌ててドレッシングを取り出した。
「ごめん。ごめん。」
私の好きなニンジンの、ドレッシング。
「ドレッシングは、これしか無いんだ。
少し酸味が利いていて、美味しいよ。」
幸せな時間だった。
食事の美味しさが。
久しぶりに感じられた気がした。
ジャァア、、
食器を片付けながら、水の音だけが響いた。
食器が片付け終わると、部屋は静寂になった。
外の雨の音が、ただ気まずそうに流れた。
「また、、食べに来ると良い。
いつでも、歓迎するよ??
何か食べたい物があったら、
早めに言ってくれれば、作るよ?」
女の子「、、うん。」
部屋にテレビは置いて無かった。
私はなるべく。
必要最低限、動かない様にしていた。
警戒されない様に、していたのだ。
いつもの様に小さくラジオを流して、
その。何とも言えない時間を、過ごした。
次に私が気付いたら、
女の子は目の前には居なかった。
肩には玄関に掛けてあった上着が、優しく。
掛かっていた。
女の子が居た場所には、メモ用紙が置いてあった。
ごちそうさまでした。
傘。借ります。
そう、書いてあった。
どうやら猫も、一緒に行ったらしい。
昨日の出来事が本当にあった事なのか。
朝起きて、ふと気になった。
あれは、、夢だったんじゃないかと。
それを証明したのは、一枚のメモ用紙と。
開いた時の炊飯器だった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる