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春の章
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桜の花だけが支配する、美しい春の領域。
その中を、春星は全力疾走していた。
いつもなら癒されるその美しさも、今の春星にとって胸を締め付けるものでしかなかった。
伝令でもたらされた言葉が、過去を抉り春星の心をズタズタに引き裂いていた。
「月詠、御魂烏、僕はもう、失いたくない!!!」
駆け抜ける春星の瞳は恐怖に染まり、顔色も酷かった。
その後ろを桜とジョアンも追いかけていた。
「まって、春星!」
「桜、あいつには聞こえていない。とにかく引き離されないようにするしかない!」
必死で後を追う精霊達も焦っていた。
徐々に岩場が増え、そこにはぽっかりと空いた洞窟があった。
「私の領域に、こんなものがあったなんて・・・」
初めて見るものに流石の桜やジョアンも怖気付くが、先へ進む春星を慌てて追いかける。
そして、10分、いや、20分以上洞窟の中を走り続ければ出口が見えてきていた。
特殊な術式の刻まれているこの洞窟は古い時代からある遊郭への隠し通路の一つだった。
洞窟を抜けた瞬間、春星の足が止まった。
そこにあったのは――
かつて彼が知る、美しい妓楼も、甘い香の漂う通りもなかった。
焦げついた木の匂い。
黒く煤けた瓦が折り重なり、華やかな妓楼の壁や柱は焼け落ち、瓦礫が通りを覆っている。
昼の光がその上に落ち、まるで血のように反射していた。
「なんだよ……なんなんだよ、これ……!!!」
変わり果てた遊郭の姿に青ざめたままの春星は、一際大きな建物へと向かって駆け出した。
焦げた木と、燻る灰の匂いが入り混じる中ーー春星は駆け抜けた。
その匂いに顔を青くしながら、精霊たちも後を追う。
通りの果て、最も奥まった場所にある御魂烏の館へ辿り着くもやはり変わり果てていた。
聞こえてくるはずの小妖怪達の声もなく、焼けこげ、崩れかけた妓楼。
戦闘があったのか、戦いの痕跡もあちらこちらにあった。
「月詠、月詠!!!!どこにいるんだ・・・」
崩れかけの妓楼の中へ入っていく春星。
焼け跡の残る廊下を、息を荒げながら進む。
焦げた木の匂いが鼻を刺し、足元では炭化した床がミシリと鳴った。
――その時。
小さな音がした。
春星はすぐに足を止めた。
自分のドクドクと鳴る鼓動の音がやけに大きく耳に響く。
薄暗い室内に目を凝らし、じっと一点を見つめた。
――何かの影が、かすかに動いた。
次の瞬間――
「……春星?」
小さな声が闇を破った。
その声音に、春星の喉がひゅっと鳴る。
柱の陰から、子供ほどの背丈の妖が顔を出した。
尖った耳に、小さな鈴飾り。
煤けた服にも、同じ飾りが光っていた。
「小鈴か……無事だったんだな……」
見覚えのある顔を見た春星の頬に、やっと安堵の色が戻る。
小さな体が跳ねるたび、鈴の音がリンリンと鳴り
その音が、焼けた館の中で喜びを全身で表現していた。
「春星が帰ってきタ!カエッテきたヨ!」
嬉しそうにぴょこぴょこと跳ねながら音を響かせれば
隠れていたのかあちこちから小さな妖達が出てきた。
「春星だ、春星だ!」
「ハルがカエッテきタ!!」
「大きくナッタな!」
わらわらと集まり、春星を囲み小さな妖達は思い思いに喜びを表した。
見知った顔が出てきたことに少し落ち着いたのか、先ほどよりは春星の顔色も良くなっていた。
「久しぶり。お前ら無事だったか・・・
一体何があったんだ?御魂烏は?月詠はどうした?」
小妖たちばかりが集まり
春星が探す――遊郭の主人や、遊女として働いていた妖たちの姿は見えなかった。
春星の疑問を聞いた小妖たちは、悲しそうな顔を浮かべ、口々に話し出す。
「遊郭、襲ワレたの!ひどいの!」
「月詠サマ、皆まもッタ!でも、ケガ……ケガしてル!」
「御魂烏サマ、出かケてて、まだカエッテこナイ!」
「遊女たちモ、戦ッタけド、ボロボロ!」
「ツクヨ様、いま、寝テル……月の間で、ネテル!」
一生懸命に、拙いながらも話す小妖怪達の言葉を聞き
月詠や遊女達の怪我、遊郭の主人である御魂烏の不在を知った春星。
月詠達がいるであろう、月の間へと向かうことを決めた。
「ありがとう。僕は、月詠のところへ行ってくるよ。
お前らも……焦げ残りとか危ない場所が多い。気をつけて、無理はするな。」
春星は小妖たちを撫で、短く言葉を残してその場を後にした。
崩れかけた廊下の向こうに、まだ焦げた匂いが漂っている。
桜は伸ばしかけた手を止めた。
焦げた空気の中、指先がかすかに震える。
「……春」
呼びかけても、返事はなかった。
春星はただ、焼け跡の奥へと歩みを進めていく。
その背中に滲むのは、焦燥と祈り――それだけだった。
桜が唇を噛んだその時、隣でジョアンが静かに言う。
「……我らも行こう。」
その声には、優しさよりも覚悟があった。
その中を、春星は全力疾走していた。
いつもなら癒されるその美しさも、今の春星にとって胸を締め付けるものでしかなかった。
伝令でもたらされた言葉が、過去を抉り春星の心をズタズタに引き裂いていた。
「月詠、御魂烏、僕はもう、失いたくない!!!」
駆け抜ける春星の瞳は恐怖に染まり、顔色も酷かった。
その後ろを桜とジョアンも追いかけていた。
「まって、春星!」
「桜、あいつには聞こえていない。とにかく引き離されないようにするしかない!」
必死で後を追う精霊達も焦っていた。
徐々に岩場が増え、そこにはぽっかりと空いた洞窟があった。
「私の領域に、こんなものがあったなんて・・・」
初めて見るものに流石の桜やジョアンも怖気付くが、先へ進む春星を慌てて追いかける。
そして、10分、いや、20分以上洞窟の中を走り続ければ出口が見えてきていた。
特殊な術式の刻まれているこの洞窟は古い時代からある遊郭への隠し通路の一つだった。
洞窟を抜けた瞬間、春星の足が止まった。
そこにあったのは――
かつて彼が知る、美しい妓楼も、甘い香の漂う通りもなかった。
焦げついた木の匂い。
黒く煤けた瓦が折り重なり、華やかな妓楼の壁や柱は焼け落ち、瓦礫が通りを覆っている。
昼の光がその上に落ち、まるで血のように反射していた。
「なんだよ……なんなんだよ、これ……!!!」
変わり果てた遊郭の姿に青ざめたままの春星は、一際大きな建物へと向かって駆け出した。
焦げた木と、燻る灰の匂いが入り混じる中ーー春星は駆け抜けた。
その匂いに顔を青くしながら、精霊たちも後を追う。
通りの果て、最も奥まった場所にある御魂烏の館へ辿り着くもやはり変わり果てていた。
聞こえてくるはずの小妖怪達の声もなく、焼けこげ、崩れかけた妓楼。
戦闘があったのか、戦いの痕跡もあちらこちらにあった。
「月詠、月詠!!!!どこにいるんだ・・・」
崩れかけの妓楼の中へ入っていく春星。
焼け跡の残る廊下を、息を荒げながら進む。
焦げた木の匂いが鼻を刺し、足元では炭化した床がミシリと鳴った。
――その時。
小さな音がした。
春星はすぐに足を止めた。
自分のドクドクと鳴る鼓動の音がやけに大きく耳に響く。
薄暗い室内に目を凝らし、じっと一点を見つめた。
――何かの影が、かすかに動いた。
次の瞬間――
「……春星?」
小さな声が闇を破った。
その声音に、春星の喉がひゅっと鳴る。
柱の陰から、子供ほどの背丈の妖が顔を出した。
尖った耳に、小さな鈴飾り。
煤けた服にも、同じ飾りが光っていた。
「小鈴か……無事だったんだな……」
見覚えのある顔を見た春星の頬に、やっと安堵の色が戻る。
小さな体が跳ねるたび、鈴の音がリンリンと鳴り
その音が、焼けた館の中で喜びを全身で表現していた。
「春星が帰ってきタ!カエッテきたヨ!」
嬉しそうにぴょこぴょこと跳ねながら音を響かせれば
隠れていたのかあちこちから小さな妖達が出てきた。
「春星だ、春星だ!」
「ハルがカエッテきタ!!」
「大きくナッタな!」
わらわらと集まり、春星を囲み小さな妖達は思い思いに喜びを表した。
見知った顔が出てきたことに少し落ち着いたのか、先ほどよりは春星の顔色も良くなっていた。
「久しぶり。お前ら無事だったか・・・
一体何があったんだ?御魂烏は?月詠はどうした?」
小妖たちばかりが集まり
春星が探す――遊郭の主人や、遊女として働いていた妖たちの姿は見えなかった。
春星の疑問を聞いた小妖たちは、悲しそうな顔を浮かべ、口々に話し出す。
「遊郭、襲ワレたの!ひどいの!」
「月詠サマ、皆まもッタ!でも、ケガ……ケガしてル!」
「御魂烏サマ、出かケてて、まだカエッテこナイ!」
「遊女たちモ、戦ッタけド、ボロボロ!」
「ツクヨ様、いま、寝テル……月の間で、ネテル!」
一生懸命に、拙いながらも話す小妖怪達の言葉を聞き
月詠や遊女達の怪我、遊郭の主人である御魂烏の不在を知った春星。
月詠達がいるであろう、月の間へと向かうことを決めた。
「ありがとう。僕は、月詠のところへ行ってくるよ。
お前らも……焦げ残りとか危ない場所が多い。気をつけて、無理はするな。」
春星は小妖たちを撫で、短く言葉を残してその場を後にした。
崩れかけた廊下の向こうに、まだ焦げた匂いが漂っている。
桜は伸ばしかけた手を止めた。
焦げた空気の中、指先がかすかに震える。
「……春」
呼びかけても、返事はなかった。
春星はただ、焼け跡の奥へと歩みを進めていく。
その背中に滲むのは、焦燥と祈り――それだけだった。
桜が唇を噛んだその時、隣でジョアンが静かに言う。
「……我らも行こう。」
その声には、優しさよりも覚悟があった。
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