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春三日月の人
しおりを挟む春。とある喫茶店で私はお茶を飲んでいる。窓から見える桜の木は風が吹くとひらひら花びらを散らしていた。
「美味しいコーヒー、良かったらどうぞ」
若くて顔立ちのいいスーツを着た男性がコーヒーを持ってテーブルの向こうに座った。歳は私と変わらないくらいだろうか。突然のことで驚いた。私はこの人を知らない。新手のナンパかしら。
「え、ええ、ありがとう。あの、あなたは?」
男性は少し戸惑いながら自らの名前を言った。
「僕は宵ノ口といいます。あまりに素敵な方だったのでつい声をかけてしまいました」
素敵な方って、私のこと? 憧れの女優さんがいて、その人を目標に品格のある女性を意識してきたけど、まさか初めて会った人に褒められるなんて。
恥ずかしさと照れで自分の頬に熱が帯びた。
「あなたみたいなかっこいい人にそんな嬉しいことを言われるとは思わなかった。このお店、落ち着いているし料理が美味しいし、桜もほら、綺麗だしもう最高ね!」
「桜・・・・・・」
宵ノ口さんは私がはしゃぎながら指す窓の外を見た。あまり目が良くないのか、眉間に皺を寄せながら桜を探していた。彼は桜について感想は言わず、ゆっくりコーヒーを飲んだ。
「よろしければお名前を教えてもらっても?」
「はい、瑠璃って言います」
宵ノ口さんはうんうんと頷いて何やらメモをとっていた。すごく積極的な人だ。でも残念、私には愛する人がいるから交際を迫られたら丁重にお断りしなくてはいけない。
周りの客達はこちらのムードを気にする様子はなく、料理を頬張ったりテーブルに突っ伏して寝ていたりしていた。
「綺麗な名前ですね、ぴったりです」
「うふふ。ありがとう」
「・・・・・・幸せそうに笑いますね」
宵ノ口さんは安心したように微笑んでいる。でもどこか寂しそうだった。私に大切な人がいると悟られてしまったのかもしれない。
私は彼に頭をさげた。
「ごめんなさいね、せっかく声をかけてくれたのに。あなたみたいな人と喜んでお付き合いしたかった。でも、好きな人がいるから・・・・・・」
「ええ、そうだろうと思いましたよ。こうしてお話できただけでも嬉しかったです。ちなみにその方は何てお名前なんですか?」
「慶郎さんですよ。どうして?」
「・・・・・・いえ、恋敵の名前を知りたかっただけです」
「ふふっ、冗談が上手」
「またお会いできますか?」
「もちろん、また会いましょう。もうそろそろ帰らなくちゃ。コーヒー、ごちそうさま」
私は席を立ってもう一度頭を下げた。それに合わせて宵ノ口さんも返してくれた。
偶然入った素敵な喫茶店で素敵な出会いをした。慶郎さんに話したいけど、嫉妬するだろうか。
会計をするために店員を呼ぶ。しかし会計は不要と言われ、おまけに帰りのタクシーを呼ぶから到着するまで奥の部屋で休むよう言われた。店内も素晴らしいけど接客も素晴らしい。
大満足の私は店員に案内された部屋へと向かっていった。
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