あなたの夜が更ける前に

弐月一録

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子育て幽霊

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母子の時間と言われても。

子育ての本を買い漁って読んでいたから多少知識はあるものの、実技となると別だ。

しかも赤ん坊じゃなくていきなり3歳児の世話をするなんて、私にできるだろうか。小中高を抜かしていきなり大学受験をするようなものだ。しかし答えが書かれたノートは手にしている。

部屋に戻るとこはなちゃんは飾ってあったくまのぬいぐるみで遊んでいた。

顔見知りの宵ノ口さんが帰ってもケロッとしている。どうしてここに預けられたのか、この歳で理解できているのかしら。

「こはなちゃん、大丈夫、かな?」

恐る恐る尋ねると、こはなちゃんはきょとんとした。

「さっきのお兄さんが来るまで私と遊ぶ?」

ぱあっと花が咲いたみたいに表情が明るくなる。少し恥ずかしそうに頷いてぬいぐるみを抱きしめた。

食べてしまいたいほど可愛いとはこのことを言うのか。子どもを見るだけでも辛かったのが嘘みたい。

遊ぶにしてもこの部屋ではおもちゃも絵本もない。あるのは数体のぬいぐるみだけ。

これじゃあ退屈させてしまう。1人にさせるわけにもいかず、一緒に外出することにした。




見慣れない景色に辺りをキョロキョロするが嫌がったり泣いたりはしなかった。


道行く人をじっと見つめて、手を振られれば振り返す。本当に人見知りしない子だ。元々の性格か、それとも母親が傍にいないことに慣れてしまったのか。寂しい感情を知らずに成長したらどうしようとずっと先の未来を心配をする。

それにしても子どもの好奇心と体力ってすごい。気になるものがあればなりふり構わず走って向かって行く。それに追いつくのが大変。

運動不足のくせにバタバタ走って息切れを起こす。明日は筋肉痛確定だ。こはなちゃんは疲れを知らないのかまだ走る。困っている私を振り返って見ては無邪気に笑った。わざとからかっているみたい。

「ねぇ...........ちょ、ちょっと、待って」

中心街に近づいて行く。色んな店舗が並ぶ賑やかな場所惹かれるように、こはなちゃんは向かう。

「ここきたことある!」

商店街を指したかと思ったら大通りに向かって走り出した。車がたくさん行き交う道路に小さな体が飛び込もうとしている。一気に血の気が引いた。

「待ちなさぁいっ!」

渾身の力を振り絞って私は全速力でこはなちゃんの元まで駆けた。がしっと両肩を掴んで胸に引き寄せ抱きしめた。

2つの早い鼓動の音が聞こえる。ドカドカドカ。1つは私、もう1つはこはなちゃんのもの。

猫のお玉を抱っこした時と似た感覚がする。私の両腕におさまる小さな命。

一瞬目を離したら危険だ。面倒を見始めてまだ30分くらいしか立っていないのに、寿命が縮むほど子育てが大変なものだと思い知らされる。

「だめだめだめっ。私から離れちゃだめだよ! 危ないから一緒に歩こう」

もぞもぞと腕の中で動き、丸い顔をぽんと上に出してしかめっ面をする。

「おばしゃん、あせくさ~い」

そして子どもは可愛いだけじゃなく時に憎らしくなることも思い知った。

こはなちゃんノート3ページ目を開く。付箋に書かれている項目は『好奇心について』。

「こはなは好奇心が他の子より旺盛。興味のあるものに向かって迷わず走ります。走って追いつけない時は大好物のたまごボーロを見せると戻ってきます。食いしん坊さんです」


また道路に突進されてはたまったものではないので、さっそく近くのコンビニでたまごボーロを購入する。3粒あげるとこはなちゃんはピタッと体を私に密着させて歩く様になった。単純過ぎて面白い。おかしなことに猛獣を懐かせた気分になる。

どこでどのようにして遊ばせるか悩んでいるとアミューズメント施設の看板を発見する。

商店街を超えた先に大型ゲームセンターがあって、屋内には子どもが遊べるスペースが設けられている。実を言えばいつか子どもができたら遊ばせようと思って下調べした場所だ。

そこだけじゃない、子どもが喜びそうな場所は全国各地調べ尽くしてあった。ちゃんとガイドブックも買って行き方も把握して。でも空振りに終わったのでガイドブック達は紐で結ばれてホコリが被っている。

四方八方遊ぶもので溢れた空間にこはなちゃんは目を輝かせていた。

止まることを忘れたかのようにバタバタとあちこち動き回る。それはこはなちゃんだけではなくて、子どもは皆同じだった。他の子の母親や父親は我が子を安全に遊ばせるために一時も目を離さない。ほとんどの保護者が疲労してやつれていた。

「子どもって体力おばけですよねぇ」

疲れた笑みを浮かべた1人の女の人が話しかけてきた。その人は男の子とソフトカラーボールを投げあって遊んでいる。私はその近くでこはなちゃんが何十回も滑り台を滑っていく様子を見守っていた。

「わかります、こっちの体力を奪われているみたいっていうか・・・・・・」

「もう人生の半分以上捧げてる感じですものね。おいくつなんですか?」

「あ、35歳です」

「ごめんなさい、お子さんのお歳です」

「あっ、お子さんね。そうですよね、すいません、3歳です」

アホか、自分の年齢を答えてどうする。人の良さそうな女の人はくすくすと笑う。お子さんという単語がすぐにぴんとこなかった。周りからすれば私達は親子にしか見えないのに。

「3歳ですか、うちの子の2つ下ですね。まだまだこれからやんちゃになっていくんですよね」

「そう考えると恐ろしいです」

「面白い感想ですね」

「子ども1人の面倒を見るのがこんなに大変だなんて知りませんでしたから。この先、育てていくとなったら正直不安です」

腹を痛めて産んでいない、他人の子ども。これから母親になったとして嘘の記憶と思い出で、私じゃない私が、この子を真っ当な大人に育てられるか心配だ。

男の子にぽこぽことボールを当てられながら、女の人は微笑んで言った。

「大変だけど、自分の命よりも大切な存在があるっていいものですね。この子も私を頼りにしてくれている、それだけで充分生きがいになっちゃうんです」

「生きがい・・・・・・」

そういえば私に生きがいなんてあったっけ。

こはなちゃんは滑り台の上からこちらに向かって小さく手を振る。天使にしか見えない。

女手1つで育ててきた母親もこの子が生きがいだったに違いない。重い病気にかかってもこの子のために生きようと今も頑張っている。

私が同じ立場になっても、石にかじりついてでもこの世に留まろうとする。腹を痛めて産んだ子の面倒を、見ず知らずの人に頼むのは断腸の思いだっただろう。

今日1日お試しでも私はこの子の母親。しっかり楽しく過ごしたら、今度は一緒に本当の母親の見舞いに行ってみよう。時々はおばあさんの家に遊びへ行って、とにかく絶対独りにはさせない。独りがどれほど心細くてしんどいのかは私がよくわかっている。

母親が目覚める日までとにかく待って待って・・・・・・それでも結果、駄目だったらその時また考えればいい。

誰かの人生を奪う罪悪感など背負う必要はなかった。母親が目覚めるまで私の元で預かっていればいいだけの話だ。

宵ノ口さんが夕方に迎えに来たらそう話してみよう。




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