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ブルースプリング
ブルースプリング 5ページ目
しおりを挟むアスリート用のロボットが警戒にハードルを飛び越えているグラウンドの端の方。
俺の目はある不可解な場面を捕らえた。
成宮が講師の目を盗みながらこそこそと体育館裏に消えていったのである。しかも自分のバトル用ロボのシルバーナイツと清掃用ロボのマスターSを引きつれながら。
何か嫌な予感がした俺は思わずベンチから腰を上げていた。
「月島? どうかしたの?」
「すまん星川、ちょっとトイレ行ってくる」
「う、うん。そっちトイレと逆方向だけど……って行っちゃった。変な奴」
成宮は買ってもらったばかりのシルバーナイツでバトルをしたがっていた。しかし石上には逃げられ機械体育の種目もハードル走、当然奴のストレスは溜まっていく。
そんな男の前にふと現れた清掃用ロボット。普通の神経を持っている人間ならば絶対にしないような事もあのバカならやりかねない。
嫌な予感が的中しませんようにと祈りながら、周りにバレないようグラウンドの端の方を静かに移動し成宮の後をつける。
体育館裏まで差し掛かったところで話声が聞こえてきたので俺は壁に体を預けてそっと聞き耳を立てた。
「マスターS。俺が何でお前をここまで移動させたか解るか?」
聞こえてきたのはやはり成宮の声だった。
「ワカリマセン。体育館周辺は先程清掃を終えましたガ」
「はっはっは! 清掃のためじゃないよ馬鹿なロボットだなお前は」
バカにバカだと罵られるマスターSが不憫でならない。どうやら俺の嫌な予感は的中しそうである。
「お前には今から俺の操るシルバーナイツとバトルをしてもらう! 勝負しろマスターS!」
聞きたくはなかったその台詞が耳に入ってきた瞬間、自分の口から深い溜息が零れた。
まさか奴がここまでの脳足りんだとは。
操縦者もいない清掃用ロボットに対してバトル用の機体で勝負を挑んだのは世界広しといえどこいつだけだろう。
「申し訳ゴザイマセン。私はバトル用に作られておりませんのデ」
「そんな事は関係ない。人間の望みに対して最大限尽力するのが貴様らロボットの務めだろうが」
体よく断ろうとするマスターS。しかし人間に対して強く出る事の出来ない相手に対して成宮はロボットの本分を捲し立てて逃がすまいとする。
「人間の僕が勝負しろと言っているのだからお前は黙って従えばいいんだ!」
やれやれ、そろそろ出ていってマスターを助けてやるとするか。
この場を収める方法は簡単だ。自分のスマートフォンを取り出して今の現場を撮影し、学校にバラされたくなければバトルを諦めろと成宮を脅してやればいい。
善は急げである。俺はスマホを取り出すためにハーフパンツのポケットに手を突っ込んだ。
「……あれ?」
しかし、携帯を取り出すはずの右手は何も掴むことはなかった。試しに左のポケットにも手を入れてみるがやはり何も入っていない。
これはどういうことか。つまりそういうことだ。
「俺のスマホ制服のポケットに入れっぱなしだ!」
一部の金髪ギャルを除いて体育の授業を受けるときにスマホを体操服の中に忍ばせておく奴がいるだろうか。仮にいたとしても機械体育の時間を昼寝タイムとしか思っていない俺にとって携帯電話なんて邪魔なだけである。
「ぐあぁー、俺のアホ! 何で今になって気づくんだ」
このままでは成宮を止められない。
ふと、そこで我に返った。
どうして俺はこんなに必死になって成宮を止めようとしているのだろう。
そもそも自分はロボットが嫌いになったはずだ。機械の体を見ているとどうしても過去の出来事が頭を過ぎるから。
成宮を止めなければマスターSが壊されてしまう。それは紛れもない事実だ。
だがそれが何だというんだ。俺に何の関係がある。
ロボットを助けてやる義理なんてないはずだ。
「……馬鹿らしい。やめだやめだ」
スマホもないし、助けてもメリットもない。それにロボットは生き物じゃない。
壊されて、人間の役に立たなくなればスクラップになるだけ。ただそれだけだ。
「ベンチまで戻って昼寝しよう」
心の中で一つの踏ん切りをつけた俺は壁から体を離し、踵を返そうとした。
「ドウカお止め下さい。私が破損すれば校内の清掃が続けられなくなってしまいマス」
懇願するようなマスターSの声。
聞くな。俺には関係ない。
「安心しろ。お前がいなくなってもまた新しいロボットがこの学校にくるだけだ」
目の前の哀れな清掃ロボをあざ笑う成宮。
不思議なことにこの場を去ろうとしている俺の足が全く前に進まない。何してる、動け動け。
「さぁ、そろそろ覚悟は決まったか?」
さっさとベンチに帰るんだよ。動け……動け。
「バトルを始めるぞぉ。誇りに思えよ、お前はこのシルバーナイツの犠牲者第一号になれるんだからなぁ!」
動け。
「やめろ!」
気が付けば体が勝手に動いていた。まったく何をやっているんだか。
俺の叫び声に一度ビクリと体を震わせた成宮が驚いた表情でこちらを振り返る。
「なんだ、誰かと思えば陰気な転入生君じゃないか。何か用か?」
「何か用かじゃねーよ。やめろって言ったのが聞こえなかったのか」
出来る限り凄んだ表情を見せてバトルを中止させようとは思ったものの、返ってきたのは小馬鹿にするような鼻笑いだけだった。
やっぱ陰気でチビな奴がガンくれたってちっとも怖かないか。
「脅したって無駄だ。その様子じゃどうせ僕が無断バトルをしている証拠だって残せていないんだろう」
こいつバカのくせにそういうことには目ざとく気づくらしい。
今すぐグラウンドに戻って教師達を呼んでくるという手もあるにはある。しかしその間に成宮はマスターSを破壊してこの場から逃げてしまうかもしれない。もしくは適当な言い訳だけ並べて別の機会にマスターを狙うという可能性もある。
「だいたいどうして月島がそんなオンボロ庇うんだ? 理由なんか無いだろう」
「……確かに、理由はない。ただ……」
ただ、ロボットの事をまるで奴隷のように扱うこいつの態度がどうにも気に食わない。
清掃ロボを守りつつ、成宮に二度と同じことをさせないくらいのお灸を据えるには別の方法が必要だ。
「成宮、これが最終警告だ」
「はあ?」
「今すぐこんな馬鹿なことは止めろ。もし止めないのなら」
「面白い、止めないとどうするっていうんだ」
一度空気を深く吸い込み、そして吐き出して気持ちを落ち着ける。これは勝負をする前のいつものクセだ。
俺はマスターSの背後に立つとブラウン管テレビのような頭部の裏にあるハッチを開き、その中から緊急用のコントローラーを取り出した。
型落ちの機体だけあって今時背中のプラグにケーブルを差し込んで使う有線式だが、この手で操作が出来るのならそれで十分だ。
「止めないのなら……止めなかったことを死ぬほど後悔させてやる」
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