3 / 50
第2章 頭を抱える国王
頭を抱える国王Ⅰ
しおりを挟む
その日の夜に城へ到着した。警備は厳重で、何人もの剣を携えた騎士が敷地内をうろついている。過去にあった暴動の影響だろうな、とエントランス前に立ち塞がる騎士を見上げた。
「王太子妃選考会に招待された者です。通してください」
「書状はお持ちですか?」
「こちらに」
付き添いのメイドがあの封筒を騎士に差し出した。騎士はそれを静かに受け取り、国王の筆跡を辿る。
「……確かに」
「それでは通していただきます」
「待て」
騎士の茶色の瞳は私ではなく、メイドを貫いている。
「貴女にはお帰りいただこう」
「何故です」
一歩前に出て、凄んでみる。しかし、騎士もそれでは引かない。
「外部の者はなるべく排除したい。侍女なら、こちらで用意します。凶器が潜んでいるといけませんので、手荷物も許可出来ません」
そこまで管理されてしまうのか。妃候補まで疑うのなら、安心して国を任せられないではないか。皮肉を言いたくなったけれど、喧嘩をしに来たのではない。
「分かりました。従いましょう」
「感謝します」
メイドに一瞥をくれて、一歩を踏み出す。ここからは私一人だ。もう後には引けない。
「お嬢様、どうか王太子妃に」
背後から小さな声が聞こえたけれど、歩みは止めなかった。「安心して」と心の中で呟いてみる。
エントランスを抜けた廊下の前には一人の侍女が佇んでいた。私を待っていてくれたのだろうか。私の姿を確認するや否や、彼女は頭を下げる。その拍子に、耳にかけた黒髪がはらりと落ちた。
「お疲れ様でございます。エレナ嬢、ですね? すぐにお部屋へご案内いたします」
「ありがとう」
端的に会話を終え、静かに進む侍女の後に続いた。
そういえば、城の中を見る余裕がなかったな、と階段を上りながら改めて辺りを見渡してみる。白い壁に、金の刺繍が施された紺の絨毯、頭上には見たこともない豪華なシャンデリア――思わず吐息が漏れそうになる。貴族たる者が城に圧倒されるなんて、恥ずかしいことかもしれない。しかし、没落貴族にとっては手の届かない荘厳で美しい場所なのだ。
それと共に気になったことが一つある。肖像画の類が一切見当たらないのだ。ここは王族の居城なのに。私の屋敷にですら、小さいながらも父と母と私の肖像画は飾ってある。何か理由があるのだろうか。
ぼんやりとしながら廊下を進んでいると、侍女がふと足を止めた。
「ここがエレナ嬢のお部屋です」
案内された部屋は広すぎる居室だ。立派なピンクの調度品が贅沢に並んでいる。ふわりと花の香りまでもが漂ってくる。王太子妃候補の部屋となれば、当然のことなのだろう。
心は休まらないかもしれないけれど、身体だけは休ませなくては。
「遠慮なく使わせてもらいます」
やっと冷たくて緊張感の張りつめた場所から抜け出せた。
一応断りを入れ、ソファーに腰を落ち着ける。侍女はピッチャーから水を注ぎ、そのグラスを私の前に置いた。
「これからエレナ嬢のお付きとなるセリスと申します。よろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしく」
毒が入っているかどうかも疑うことなく、乾いたのどを潤す。没落貴族令嬢を殺したところで、誰も得はしないからだ。
「エレナ嬢、ご質問はございますか?」
「今のところは何も」
「承知しました」
セリスは私にアイスブルーの瞳を向ける。
「明日は八時に朝食、十時には国王陛下との謁見が控えております。どうぞ遅れなきよう」
「心得ておく」
そう返事したところで異変に襲われた。強烈な眠気に視界が揺れる。諮ったな、と気づいた時には遅かった。もう起きていられない。ソファーにくずおれ、視界を閉ざした。
* * *
なんだか身体がやけに涼しい。何も纏っていないようだ。まだ冴えない頭をフル回転させ、布団に手を掛けた。やはり、思った通りだ。ドレスどころか、下着まで脱がされている。
「こんな筈じゃ……」
私の思考が後手後手に回っている。このままでは王太子の懐には入り込めないかもしれない。しっかりしなくては。髪をくしゃりと掴み、唇を噛み締める。
「失礼致します」
これまた計ったように扉が開く音が響き、セリスが姿を現した。申し訳なさや後悔といった感情は、その表情からは感じ取れない。堪った不満がとうとう爆発した。
「私に何をしたの?」
ここに来て初めて、自分に対する扱いで怒りを感じた。
「凶器を所持されていないか調べさせていただきました。王太子妃候補の皆様には実施されることになっています」
「そんな必要がどこに?」
「十数年前、貴族の暴動があったのはお忘れではありませんよね」
私が暴動に加担するとでも言いたいのだろうか。もはや滑稽にさえ思えて、冷笑してしまった。
「すぐにドレスを用意して」
「かしこまりました」
父が必死で資金を工面して買ってくれたドレスがただの布切れにされていないことを願う。背を向けるセリスを目で追いかけると、彼女は顔を拭ったように見えた。もしかすると、ただ冷たいだけの侍女ではないのかもしれない。
* * *
新調された水色のドレスを纏い、胃もたれするような朝食も摂らせてもらった。時間通りに玉座の間へと向かう。
城の中でも一際大きな白い扉を前に深呼吸を繰り返す。口を結び、覚悟を決めた。
「エレナ・アーデン、参上致しました」
声を張ると、騎士の手によって扉が開かれる。あまりの眩しさに目を細めた。
光の中で玉座に座るのは、私の父と大して歳の変わらない男性だった。金の長い癖っ毛を一つに纏め、ダイヤモンドが埋め込まれた王冠を被っている。紺の正装に、磨き上げられた黒い革靴――思い描いていた国王そのものだ。しかし、表情は曇っている。心ここに在らずで、頭を抱えたままだ。
「王太子妃選考会に招待された者です。通してください」
「書状はお持ちですか?」
「こちらに」
付き添いのメイドがあの封筒を騎士に差し出した。騎士はそれを静かに受け取り、国王の筆跡を辿る。
「……確かに」
「それでは通していただきます」
「待て」
騎士の茶色の瞳は私ではなく、メイドを貫いている。
「貴女にはお帰りいただこう」
「何故です」
一歩前に出て、凄んでみる。しかし、騎士もそれでは引かない。
「外部の者はなるべく排除したい。侍女なら、こちらで用意します。凶器が潜んでいるといけませんので、手荷物も許可出来ません」
そこまで管理されてしまうのか。妃候補まで疑うのなら、安心して国を任せられないではないか。皮肉を言いたくなったけれど、喧嘩をしに来たのではない。
「分かりました。従いましょう」
「感謝します」
メイドに一瞥をくれて、一歩を踏み出す。ここからは私一人だ。もう後には引けない。
「お嬢様、どうか王太子妃に」
背後から小さな声が聞こえたけれど、歩みは止めなかった。「安心して」と心の中で呟いてみる。
エントランスを抜けた廊下の前には一人の侍女が佇んでいた。私を待っていてくれたのだろうか。私の姿を確認するや否や、彼女は頭を下げる。その拍子に、耳にかけた黒髪がはらりと落ちた。
「お疲れ様でございます。エレナ嬢、ですね? すぐにお部屋へご案内いたします」
「ありがとう」
端的に会話を終え、静かに進む侍女の後に続いた。
そういえば、城の中を見る余裕がなかったな、と階段を上りながら改めて辺りを見渡してみる。白い壁に、金の刺繍が施された紺の絨毯、頭上には見たこともない豪華なシャンデリア――思わず吐息が漏れそうになる。貴族たる者が城に圧倒されるなんて、恥ずかしいことかもしれない。しかし、没落貴族にとっては手の届かない荘厳で美しい場所なのだ。
それと共に気になったことが一つある。肖像画の類が一切見当たらないのだ。ここは王族の居城なのに。私の屋敷にですら、小さいながらも父と母と私の肖像画は飾ってある。何か理由があるのだろうか。
ぼんやりとしながら廊下を進んでいると、侍女がふと足を止めた。
「ここがエレナ嬢のお部屋です」
案内された部屋は広すぎる居室だ。立派なピンクの調度品が贅沢に並んでいる。ふわりと花の香りまでもが漂ってくる。王太子妃候補の部屋となれば、当然のことなのだろう。
心は休まらないかもしれないけれど、身体だけは休ませなくては。
「遠慮なく使わせてもらいます」
やっと冷たくて緊張感の張りつめた場所から抜け出せた。
一応断りを入れ、ソファーに腰を落ち着ける。侍女はピッチャーから水を注ぎ、そのグラスを私の前に置いた。
「これからエレナ嬢のお付きとなるセリスと申します。よろしくお願い致します」
「こちらこそ、よろしく」
毒が入っているかどうかも疑うことなく、乾いたのどを潤す。没落貴族令嬢を殺したところで、誰も得はしないからだ。
「エレナ嬢、ご質問はございますか?」
「今のところは何も」
「承知しました」
セリスは私にアイスブルーの瞳を向ける。
「明日は八時に朝食、十時には国王陛下との謁見が控えております。どうぞ遅れなきよう」
「心得ておく」
そう返事したところで異変に襲われた。強烈な眠気に視界が揺れる。諮ったな、と気づいた時には遅かった。もう起きていられない。ソファーにくずおれ、視界を閉ざした。
* * *
なんだか身体がやけに涼しい。何も纏っていないようだ。まだ冴えない頭をフル回転させ、布団に手を掛けた。やはり、思った通りだ。ドレスどころか、下着まで脱がされている。
「こんな筈じゃ……」
私の思考が後手後手に回っている。このままでは王太子の懐には入り込めないかもしれない。しっかりしなくては。髪をくしゃりと掴み、唇を噛み締める。
「失礼致します」
これまた計ったように扉が開く音が響き、セリスが姿を現した。申し訳なさや後悔といった感情は、その表情からは感じ取れない。堪った不満がとうとう爆発した。
「私に何をしたの?」
ここに来て初めて、自分に対する扱いで怒りを感じた。
「凶器を所持されていないか調べさせていただきました。王太子妃候補の皆様には実施されることになっています」
「そんな必要がどこに?」
「十数年前、貴族の暴動があったのはお忘れではありませんよね」
私が暴動に加担するとでも言いたいのだろうか。もはや滑稽にさえ思えて、冷笑してしまった。
「すぐにドレスを用意して」
「かしこまりました」
父が必死で資金を工面して買ってくれたドレスがただの布切れにされていないことを願う。背を向けるセリスを目で追いかけると、彼女は顔を拭ったように見えた。もしかすると、ただ冷たいだけの侍女ではないのかもしれない。
* * *
新調された水色のドレスを纏い、胃もたれするような朝食も摂らせてもらった。時間通りに玉座の間へと向かう。
城の中でも一際大きな白い扉を前に深呼吸を繰り返す。口を結び、覚悟を決めた。
「エレナ・アーデン、参上致しました」
声を張ると、騎士の手によって扉が開かれる。あまりの眩しさに目を細めた。
光の中で玉座に座るのは、私の父と大して歳の変わらない男性だった。金の長い癖っ毛を一つに纏め、ダイヤモンドが埋め込まれた王冠を被っている。紺の正装に、磨き上げられた黒い革靴――思い描いていた国王そのものだ。しかし、表情は曇っている。心ここに在らずで、頭を抱えたままだ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
あなたへの愛を捨てた日
柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。
しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。
レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。
「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」
エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる