13 / 50
第6章 王太子の真実
王太子の真実Ⅰ
しおりを挟む
「あれは、誰もが寝静まった深夜のことでした。十数人の貴族が城に押し入り、まだ十歳にもならない王太子殿下に刃を向けました」
セリスは眉間にしわを寄せ、憎らしい敵を見るかのような瞳を窓へと向けた。私もその視線を追うと、外には漆黒の闇が広がっている。
「王太子殿下は王女殿下、王妃殿下とご一緒で、客間の一室に隠れていました。でも、騎士が到着する前に見つかってしまって」
話を整理しようと頭を働かせる。私が想像するに、真っ暗な部屋の中で、三人揃って息を殺していたのだろう。セリスは声を震わせる。想像するだけで恐怖が襲ってくる。
「貴族は殿下に詰め寄ったのです。『自分たちだけ私腹を肥やして良いご身分だな』、と」
「王族だもの。私腹を肥やして何が悪いの? 貴族たちだって、そのおこぼれをもらってた筈なのに」
「権力を持つと、ご自分の立場が分からなくなるものなのでしょう」
そういうものなのだろうか。私の周りには権力を持った者がいないので、理解したいとも思えない。私が首を横に振ると、セリスは目を細めた。
「その反応、エレナ嬢らしいですね」
「ただ、私には分からないと思っただけだよ」
「そこが素敵なのです」
自分では良く分からない。首を傾げてみせると、セリスは何度か頷いた。
「話を続けますね。剣を向けられてもなお、王太子殿下は勇敢でおられました。『暴動など、貴族の傲慢だ』と怯まずに言い切ったのです」
ここで疑問が生まれる。リュシアンの印象の中に『勇敢』という言葉は含まれていない。物腰が柔らかくて、優しすぎて、掴みどころがなくて、すぐにどこかへ行ってしまいそうで――儚いイメージが強い。
「エレナ嬢、その顔は信じておられませんね」
「うん」
私の答えを聞くと、セリスはくすりと笑って遠くを見る。
「あの方は、本来は活発で明るい性格なのですよ」
「えっ?」
「今の殿下からは想像出来ませんよね」
性格を歪めるほどに、リュシアンは心に深い傷を負ったのだろう。それがセリスの口から語られることになるのだ。聞いてしまって良いのか、今更になって不安になってしまった。
「私、ちょっと怖い」
「そんなことでは王太子妃にはなれませんよ?」
「……嫌」
「では、聞いてあげてください」
セリスはまるで懇願するような瞳を私へと向ける。
「逆上した貴族は剣を振り上げ、王太子殿下の腕を切りつけました。王太子殿下は、まさか本当に斬られるとは思っていなかったらしいのです。腹立たしい」
セリスは忌々しいものでも見るように吐き捨てた。リュシアンはどれほど怖かっただろう。私が想像するのもおこがましい気がしてくる。思わず俯くと、セリスは私の両肩に手を当てた。
「酷い話はまだ続くのです。少し深呼吸をしましょうか」
セリスの呼吸に合わせて、私も深呼吸を繰り返してみる。少しだけ気分が落ち着いたような気がした。
話は再開される。
「王太子殿下が斬られた時に、王女殿下が逃げようとしてしまわれたのです。その王女殿下を守ろうと王太子殿下が駆け出し、結果的に王妃殿下が貴族に捕らわれてしまいました。そこからは、もうお分かりになりますよね」
分かるけれど、分かりたくない。返事を出来ずにいると、セリスは続けた。
「王妃殿下はそのまま孤島に捕らわれ、未だにお帰りになっておりません。王妃殿下が連行されたのは自分のせいだと、自分が強い言葉を放ったせいだと王太子殿下はお考えになったのです。傷のご療養でお世話をした時に、いつまでも泣いておられました」
ああ、そこで今の優しすぎる王太子像へ結び付く訳だ。こんな悲劇を誰が予測出来ただろう。
セリスは目に涙を溜めて、鼻を啜った。その姿を見るだけで胸が張り裂けそうになる。
「実は、王妃殿下は隣国の王家ご出身だったのです。両国の架け橋になるように、との政略結婚でした。外からの血を嫌う貴族の反発が暴動の一因だったようです」
だから、今回の王太子妃選考も国内の令嬢を集めるだけに留まったのか。ようやく、自国の伯爵令嬢にこだわる理由も分かった。再び外国の血を入れれば、今度は戦争が起きるかもしれないから。
セリスは「ええと……」と思考を巡らせ、次の言葉を探っているようだ。
「国王陛下も一時的に捕縛され、国政が滞りました。十数日後には解放されましたが……王妃殿下が攫われたことで深く心を痛めておられました」
妻が攫われれば、国王が憔悴するのも無理はない。この国は――歪んでいる。
「王妃殿下は人質にされ、今でも一部の貴族たちは王権を監視し続けています。王妃殿下を殺せば隣国が介入する……それを利用して。隣国へは、王妃殿下は『病気で伏せている』と偽装をしているようです」
「なんて、酷い……」
あまりの理不尽さに、溜め息が漏れてしまう。こんなことが起きれば、リュシアンが神を信じたくなくなるのにも頷ける。
「陛下は表向きは政務を執りつつも、裏では信頼出来る者に貴族の動向を探らせ、可能な限り王妃殿下の解放に努めております」
「そうだよね。やられてばっかりじゃ、国王陛下が気の毒すぎるもの」
こんなことが自国でまかり通っていたなんて。何故、今まで知らなかったのだろう。
国王がリュシアンの性格を自らの『罪』だと言い切った理由も分かった。国王も計り知れない罪悪感を抱えているのだろう。
「この国の貴族はどこまで根性が腐ってるの……?」
「エレナ嬢、まるでご自身が貴族ではないかのような発言ですが。しかも、暴動の全容をご存知ないなんて」
的を得た発言に、心臓が飛び跳ねる。私を見詰める瞳は疑念で溢れているようにも見える。
セリスは眉間にしわを寄せ、憎らしい敵を見るかのような瞳を窓へと向けた。私もその視線を追うと、外には漆黒の闇が広がっている。
「王太子殿下は王女殿下、王妃殿下とご一緒で、客間の一室に隠れていました。でも、騎士が到着する前に見つかってしまって」
話を整理しようと頭を働かせる。私が想像するに、真っ暗な部屋の中で、三人揃って息を殺していたのだろう。セリスは声を震わせる。想像するだけで恐怖が襲ってくる。
「貴族は殿下に詰め寄ったのです。『自分たちだけ私腹を肥やして良いご身分だな』、と」
「王族だもの。私腹を肥やして何が悪いの? 貴族たちだって、そのおこぼれをもらってた筈なのに」
「権力を持つと、ご自分の立場が分からなくなるものなのでしょう」
そういうものなのだろうか。私の周りには権力を持った者がいないので、理解したいとも思えない。私が首を横に振ると、セリスは目を細めた。
「その反応、エレナ嬢らしいですね」
「ただ、私には分からないと思っただけだよ」
「そこが素敵なのです」
自分では良く分からない。首を傾げてみせると、セリスは何度か頷いた。
「話を続けますね。剣を向けられてもなお、王太子殿下は勇敢でおられました。『暴動など、貴族の傲慢だ』と怯まずに言い切ったのです」
ここで疑問が生まれる。リュシアンの印象の中に『勇敢』という言葉は含まれていない。物腰が柔らかくて、優しすぎて、掴みどころがなくて、すぐにどこかへ行ってしまいそうで――儚いイメージが強い。
「エレナ嬢、その顔は信じておられませんね」
「うん」
私の答えを聞くと、セリスはくすりと笑って遠くを見る。
「あの方は、本来は活発で明るい性格なのですよ」
「えっ?」
「今の殿下からは想像出来ませんよね」
性格を歪めるほどに、リュシアンは心に深い傷を負ったのだろう。それがセリスの口から語られることになるのだ。聞いてしまって良いのか、今更になって不安になってしまった。
「私、ちょっと怖い」
「そんなことでは王太子妃にはなれませんよ?」
「……嫌」
「では、聞いてあげてください」
セリスはまるで懇願するような瞳を私へと向ける。
「逆上した貴族は剣を振り上げ、王太子殿下の腕を切りつけました。王太子殿下は、まさか本当に斬られるとは思っていなかったらしいのです。腹立たしい」
セリスは忌々しいものでも見るように吐き捨てた。リュシアンはどれほど怖かっただろう。私が想像するのもおこがましい気がしてくる。思わず俯くと、セリスは私の両肩に手を当てた。
「酷い話はまだ続くのです。少し深呼吸をしましょうか」
セリスの呼吸に合わせて、私も深呼吸を繰り返してみる。少しだけ気分が落ち着いたような気がした。
話は再開される。
「王太子殿下が斬られた時に、王女殿下が逃げようとしてしまわれたのです。その王女殿下を守ろうと王太子殿下が駆け出し、結果的に王妃殿下が貴族に捕らわれてしまいました。そこからは、もうお分かりになりますよね」
分かるけれど、分かりたくない。返事を出来ずにいると、セリスは続けた。
「王妃殿下はそのまま孤島に捕らわれ、未だにお帰りになっておりません。王妃殿下が連行されたのは自分のせいだと、自分が強い言葉を放ったせいだと王太子殿下はお考えになったのです。傷のご療養でお世話をした時に、いつまでも泣いておられました」
ああ、そこで今の優しすぎる王太子像へ結び付く訳だ。こんな悲劇を誰が予測出来ただろう。
セリスは目に涙を溜めて、鼻を啜った。その姿を見るだけで胸が張り裂けそうになる。
「実は、王妃殿下は隣国の王家ご出身だったのです。両国の架け橋になるように、との政略結婚でした。外からの血を嫌う貴族の反発が暴動の一因だったようです」
だから、今回の王太子妃選考も国内の令嬢を集めるだけに留まったのか。ようやく、自国の伯爵令嬢にこだわる理由も分かった。再び外国の血を入れれば、今度は戦争が起きるかもしれないから。
セリスは「ええと……」と思考を巡らせ、次の言葉を探っているようだ。
「国王陛下も一時的に捕縛され、国政が滞りました。十数日後には解放されましたが……王妃殿下が攫われたことで深く心を痛めておられました」
妻が攫われれば、国王が憔悴するのも無理はない。この国は――歪んでいる。
「王妃殿下は人質にされ、今でも一部の貴族たちは王権を監視し続けています。王妃殿下を殺せば隣国が介入する……それを利用して。隣国へは、王妃殿下は『病気で伏せている』と偽装をしているようです」
「なんて、酷い……」
あまりの理不尽さに、溜め息が漏れてしまう。こんなことが起きれば、リュシアンが神を信じたくなくなるのにも頷ける。
「陛下は表向きは政務を執りつつも、裏では信頼出来る者に貴族の動向を探らせ、可能な限り王妃殿下の解放に努めております」
「そうだよね。やられてばっかりじゃ、国王陛下が気の毒すぎるもの」
こんなことが自国でまかり通っていたなんて。何故、今まで知らなかったのだろう。
国王がリュシアンの性格を自らの『罪』だと言い切った理由も分かった。国王も計り知れない罪悪感を抱えているのだろう。
「この国の貴族はどこまで根性が腐ってるの……?」
「エレナ嬢、まるでご自身が貴族ではないかのような発言ですが。しかも、暴動の全容をご存知ないなんて」
的を得た発言に、心臓が飛び跳ねる。私を見詰める瞳は疑念で溢れているようにも見える。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ
Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。
理由は決まって『従妹ライラ様との用事』
誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。
「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」
二人の想いは、重なり合えるのだろうか ……
※他のサイトにも公開しています。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
あなたへの愛を捨てた日
柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。
しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。
レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。
「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」
エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる