優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌

文字の大きさ
28 / 50
第11章 輝くスイートムーン

輝くスイートムーンⅠ

しおりを挟む
 ぐっと言葉を呑み、口を結ぶ。

「貴女はノワゼル家の者なのですか? なんとか言ったらどうなのです!」

「オーレリア様、落ち着いて」

 憤慨するオーレリアをイザベラが宥める。しかし、オーレリアは依然として私を睨みつけたままだ。

「落ち着いてなんていられますか!」

「エレナ、無言は肯定と受け取りますよ」

 凛としたイザベラの声が響き渡る。
 無言を貫いたなら、白状するよりも厄介な展開になるかもしれない。唇を噛み、拳を握り締める。

「……私はノワゼルです」

 白状する以外にはないと、ボソリと呟いた。イザベラは眉尻を上げる。

「聞こえませんが?」

「私は、ノワゼル伯爵家の長女、エレナ・アーデンです」

 今度こそ、二人にもしっかり聞こえるように声を張った。
 オーレリアは顔を真っ赤に染め、イザベラは冷ややかな目を私に向ける。

「お兄様の立場を利用しようとしていたのですね! 許せない!」

「認めます。不純な動機で選考会に参加しました」

「ノワゼルの復権を狙ったのでしょう? それくらい、出自を聞けば分かります」

 声を荒らげるオーレリアとは対照的に、イザベラは冷静沈着に突き放す。理性を失ったオーレリアには、何を言っても通じないだろう。しかし、イザベラには嘘は透けて見える。

「エレナ、貴女は今、リュシアン様のことをどう思っているのです? まだ、ただの権力の駒だと?」

 権力の駒だなんて、酷い言い方はやめて欲しい。けれど、言い返してはかえって印象を悪くするだろう。

「私はリュシアン殿下の心を救いたい、ただそれだけです」

 本音だけを述べるに留まった。

「思い上がらないでください! 私でもお兄様の心を開くのは無理だったのですよ!? 貴女に出来る訳がありません!」

「オーレリア殿下はリュシアン殿下のために泣いたことがありますか?」

 私の一声に、オーレリアの熱気が弱まった。

「リュシアン殿下は私に、『初めて私のために泣いてくれた』と仰いました。オーレリア殿下は、リュシアン殿下に言葉を掛ける以外の方法を試されたことはありますか?」

 オーレリアは苦虫を噛み潰したような表情に変わり、声にならない声を発する。ぽろぽろと涙まで零し始めてしまった。イザベラがオーレリアの背中を撫でる。

「弱いリュシアン様がいけないのです。王太子であるなら、強く在らないと。だからこそ、強い私が隣に立つべきだと国王陛下には進言したのですけれど……陛下には通じなかったようですね」

「お兄様と……お父様を、悪く言わないで……」

「あっ、申し訳ございません」

 特に悪びれるでもなく、イザベラは詫びを入れる。彼女の心は冷めきっているのだろうか。到底真似したくはないな、と眉をひそめた。

「イザベラ嬢、先日はリュシアン殿下と何を?」

「大したことではございません」

「詳細は話せないのですか?」

 私が聞くと、オーレリアもちょこんと首を傾げる。イザベラは観念したように、渋々口を開く。

「リュシアン様は『エレナは貴女と違って優しい』と仰ったので。私は『エレナもリュシアン様と同じように、ただ優しいだけでないと良いですね』と希望を伝えただけですよ?」

 酷い。私とリュシアンの両方の性質を踏みにじった言葉だ。怒りが込み上げてくるものの、相手の方が立場は上だ。ぶつける訳にもいかない。しかし、だ。

「そうですか。リュシアン殿下の真摯な優しさが、イザベラ嬢に伝わらなかったのは残念です」

 こうでも言わないと気が収まらなかった。嫌味に聞こえたなら、それで仕方ない。
 イザベラは眉間に皺を寄せ、口をへの字に曲げる。

「とにかく、貴女の処遇はオーレリア様と相談して決めさせていただきます」

「通常は国王陛下ではないのですか?」

「選考会の進行役はオーレリア様です。エレナ、貴女はさっさと逃げ帰る準備でもなさってください」

 言い捨てると、イザベラはオーレリアを促して扉へと向かう。

「待ってください!」

 負け惜しみなんかではない。これは私の自負だ。

「私は誰よりもリュシアン殿下を愛せる自信があります。私を脱落させるのなら、この国を失墜させる覚悟を持ってください」

 イザベラは睨みを利かせつつ、一言「ふん」と軽蔑の声を漏らす。あたふたするオーレリアも何かを言っているようだったけれど、声が小さくて聞き取れない。扉は無情にもオーレリアやイザベラと私を容赦なく隔てた。
 プツリと緊張の糸が切れる。立っていることも難しく、その場にへなへなとへたり込んでしまった。

「どうしよう……」

 このままでは確実に、私は選考会から脱落させられるだろう。リュシアンと会えなくなる。それだけは避けなくては。
 脱落を避ける方法を考えてみる。国王がオーレリアを説得――実行されるかは不透明だ。オーレリア自身が私の脱落を撤回――するはずがない。リュシアン自らが妃を選ぶ――現実的ではないけれど、これが一番可能性はある。
 どちらにしろ、私には待つという選択肢しか残されていない。

「ぬうぅ……」

 行動することで何かが解決すれば良いのに。身動きが取れないことが一番の苦痛だ。項垂れ、拳を作る。
 どうか、私を救ってください。神がいるのだとしたら、願いを叶えてください。否定してきた神を都合良く引き合いに出し、その夜は礼拝堂で静かな時を過ごした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

お好きになさって下さい、私は一切気にしませんわ

Kouei
恋愛
婚約者のクレマンド様は、いつも私との約束を破ってばかり。 理由は決まって『従妹ライラ様との用事』 誕生日会にすら来なかった彼に、私はついに告げた。 「どうぞ、私以外のご令嬢をエスコートするなり、お出かけするなり、関係を持つなり、お好きになさって下さい。私は一切気にしませんわ」 二人の想いは、重なり合えるのだろうか …… ※他のサイトにも公開しています。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

あなたへの愛を捨てた日

柴田はつみ
恋愛
公爵夫人エステルは、冷徹な夫レオニスを心から愛していた。彼の好みを調べ、帰宅を待ちわび、献身的に尽くす毎日。 しかし、ある夜会の回廊で、エステルは残酷な真実を知る。 レオニスが、未亡人クラリスの手を取り囁いていたのだ。 「君のような(自立した)女性が、私の隣にいるべきだった」 エステルは悟る。自分の愛は彼にとって「重荷」であり、自分という人間は彼にとって「不足」だったのだと。その瞬間、彼女の中で何かが音を立てて砕け散る。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

月夜に散る白百合は、君を想う

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。 彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。 しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。 一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。 家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。 しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。 偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...