優しすぎる王太子に妃は現れない

七宮叶歌

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第11章 輝くスイートムーン

輝くスイートムーンⅢ

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 そして、部屋の扉が開く。

「エレナ」

 柔らかな声に心が釘付けになる。ランタンを持って現れたのがリュシアンだったからだ。会いに来てくれた。心が一気に温かくなる。

「こんな真夜中に申し訳ありません。オーレリアが『エレナの所には行くな』と言って離してくれないものですから」

「いえ。私はリュシアン殿下に会えただけで嬉しいです」

 私が返事をすると、リュシアンの表情からは不安が消え、穏やかに微笑んでくれた。

「今から薔薇庭園に行きませんか?」

 誘いを受けるために大きく頷き、椅子から立ち上がった。これからどんな時間が待っているのだろう。胸が高鳴って仕方がない。
 明るくはあるものの、人気のない廊下を二人で進む。途中で騎士を見たものの、怪しまれてはいないだろう。声を出せば周りの部屋にまで響いてしまいそうなので、会話はない。隣にリュシアンがいる。それだけで良かった。
 薔薇庭園のアーチをくぐれば、所々明かりのついた繊細な花たちが出迎えてくれた。夜の小さな生き物の声も遠くに聞こえる。冷えた空気の中で、リュシアンは月明かりを浴びて朗らかに笑う。

「夜の薔薇も綺麗なものでしょう?」

「はい、とても。見惚れてしまいますね」

 リュシアンは薔薇の株一つ一つを丁寧に見て回る。時折、彼が花びらをつつくので、私も真似をしてみた。小さく笑い合い、口元を押さえる。その声に紛れるように、風までもが呼吸を合わせた。

「これはオリヴィアですね」

「エレナも薔薇の品種を覚えましたか」

「少しだけですが」

 この花はリュシアンが私の第一印象に似ていると言っていたので、良く覚えている。そして、隣の花はスイートムーンだ。視線を動かして、違和感に気付く。

「どうなさいました?」

「これは?」

 薔薇の花のすぐ下――葉に銀が引っかかっている。ダイヤモンドがあしらわれたリングで、持ち主にとって大事な物であるのは明白だ。

「大変、持ち主を探してあげないと」

「その必要はありません」

「えっ?」

 穏やかな微笑みを湛えるリュシアンに、素っ頓狂な声をあげてしまった。
 リュシアンはリングを慎重に摘み上げ、私の前にすっと差し出す。

「エレナ。私は……いや、俺は、貴女のことが好きです。どうか、これからもずっと一緒にいてください。受け取って……くれますか?」

 まるで、空気の流れも、音までも止まったように感じられる。リュシアンは緊張で表情が固くなり、必死に微笑を保とうとしているようだった。リングを持つ指も震えている。
 私の足も僅かに震え出した。

「私で良いのですか?」

 リュシアンが噂を知らないはずがない。私を選べば、嘲笑は彼へ矛先を変えるかもしれない。
 心配をよそに、リュシアンは大きく首を横に振る。

「良いに決まっています」

「心ない噂や憶測が立つかもしれません」

「そんなの構いません」

 力強い言葉に、涙が溢れそうになる。

「私は……」

 返事なんてとっくに決まっている。断る選択肢なんて私には存在しない。
 未だに震えているリングを両手で包み込む。

「私には勿体ないお言葉です」

「……良かった。もう、これで貴女を離さなければいない口実はありません」

 リュシアンはもう片方の手で私の手を覆い、そっと微笑んだ。
 間を置いてその手を解くと、リュシアンは私の薬指にリングをはめる。しかし、リングは触らなくても抜けてしまいそうだ。

「ちょっぴり大きかったみたいです」

「俺の見立てもまだまだでしたか。もう少しだけ、時間をください」

 リュシアンは切ない笑みでリングを外し、そっとしまい込んだ。

「実を言うと、このリングは先ほど、こっそり仕込んだのです。エレナが気付いてくれて良かった」

「気付かなかったらどうしていたのです?」

「慌てて指でもさして、エレナの気を引こうとしたかもしれません」

 リュシアンも打算的なところがあるらしい。意外だな、とひとしきり笑った。
 リュシアンは口元を引き締め、真っ直ぐな瞳を私へ向けてくれる。

「今日のことは、明日、オーレリアへ正式に伝えます。その日のうちに、エレナが妃になると国中に広がるでしょう。忙しくなりますよ」

「覚悟の上です」

「それもそうですね」

 私が大きく頷いてみせると、リュシアンは声を上げて笑う。

「私は、リュシアン殿下に出会えて本当に良かったと思っています」

「エレナ、殿下呼びは今日をもってやめてください。これからはリュシアン様でどうです?」

 『リュシアン様』――多少勇気はいるけれど、呼べはするだろう。
 何度か口を動かし、心の中で準備をする。

「リュシアン様」

「どうしました?」

「やっぱり恥ずかしいですね」

 呼び方を変えただけで鼓動は速まるし、手の平は汗を帯びる。照れ笑いをしていると、リュシアンはぷっと吹き出した。

「やはり、エレナは可愛らしいですね」

 照れている時に、更に照れる原因を作らないで欲しい。思わず両手で頬を覆うと、リュシアンはこちらへ手を差し出した。

「エレナ、触れても良いですか?」

 小さく頷くと、リュシアンの身体が近付いてくる。そのまま抱き締められたので、私もリュシアンの背中に腕を回した。
 人の体温がこんなにも温かいなんて。子供の時以来の感覚だ。リュシアンの鼓動が大きく聞こえる。ふわりと香る薔薇に、そっと瞼を閉じた。
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