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第16章 解ける糸
解ける糸Ⅰ
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礼拝堂へ向かう廊下をオーレリアの手を引きながら歩く。
「私は……お兄様を失いたくありません」
ぽつりぽつりと話すオーレリアに、ぐっと口を引き締める。弱音を吐いているところは見られたくないだろうと、視線は前だけを向いていた。
「私は……怖いのです」
立場の異なるオーレリアに同意するのも違う気がして、話を聞く側に徹する。
「お兄様の性格が明るく戻ってくれることを願っていました。でも、現実はエレナも知っている通りです」
リュシアンとしては、理想を重ねられることに疲れを感じていたのかもしれない。あくまでも、私の推察だ。
「どこかお兄様のことを英雄視していて、でもどこか苛立っていて……。でも、こうなってみて初めて分かったのです」
オーレリアの方から、すっと大きく息を吸い込む音が聞こえた。
「十年以上前の暴動で、生き残ってくれたことがもう奇跡なのだと」
とうとうオーレリアはすすり泣いてしまう。それでも私は彼女の方へ目を向けなかった。
「エレナも何か言ってください! こんな妹、重たいだけですよね」
確かに重たい妹だと思う。しかし、そんなことを言ってしまえばオーレリアの人格を否定してしまう。私にはそんなことは出来ない。
「重たいかどうかはリュシアン様本人に、お帰りになった時に聞いてあげてください」
「はい……」
そこから会話はなくなってしまった。ほどなくして礼拝堂へと到着する。ステンドグラスから溢れる光に、微笑む天使像――変わらぬ風景がそこにはあった。
オーレリアと並んでベンチに腰を下ろす。そこで、ようやく彼女の顔を見た。涙でぐしゃぐしゃになっている。
「エレナのお爺様は、冤罪だったのですね」
「最初からそう言っています」
柔らかい口調で言ったつもりだ。しかし、オーレリアの瞳からはまた一粒、涙が零れ落ちた。
「私はエレナに失礼なことばかり言っていた気がします……」
気がするだけではなく、確実に言っていた。言葉には出さず、喉の奥で飲み込んだ。
「正直に言うと、私はまだエレナが王太子妃になるのは納得しきれていないのです。ですが……」
オーレリアは声を震わせ、俯く。
「お兄様のあんな姿を見たら、認めるしかないではありませんか……!」
オーレリアもオーレリアなりに傷ついてここまで辿り着いたのだ。私に彼女を責めることは出来なかった。
「納得していただけなくても、認めてくださるだけで私は嬉しいですよ」
視線を落としたまま、オーレリアは何も言わない。彼女の手に自分の手を重ねると、空色の瞳はこちらを向いた。
「エレナ、お願いします。お兄様の心を救ってください」
身分が下の者に求めるなんて、オーレリアのプライドを捨ててまでの言葉だろう。静かに頷くと、オーレリアは声を上げて泣き出してしまった。
これは和解と言っても良いだろう。心のしこりが解けていくような感覚がした。
* * *
食事が終わると礼拝堂へと赴き、オーレリアの隣に座る。手を組み、神ではなくリュシアンと王妃に祈りを捧げる。そんなことが数回続いた。今晩が王妃奪還作戦の遂行予定日――手は汗ばみ、喉は乾き、身体は震える。オーレリアが一緒にいなければ取り乱していただろう。
緊張のせいで、私もオーレリアも何も言えない。ただ、張り詰めた空気だけが場を制していた。
零時の鐘が鳴る。一回、二回――。
「お兄様……」
とうとうオーレリアが声を漏らした。
「今、大湖を渡っているところでしょうか……」
「大丈夫です。リュシアン様なら必ず成功させます」
気丈に言い放ったけれど、私だって心の中は不安でいっぱいだ。
「どうか、ご無事で……」
オーレリアは組んだ手に額を乗せて震えている。私も更に祈ろう。お二人とも無事に帰ってきてください。作戦を成功させてください。組んだ手に力を入れるあまり、指が赤く変色してきている。願いが叶うなら、それでも構わない。
いつの間にか鐘の音は止んでいた。詰まるような呼吸をしているせいで、胸が苦しくなってくる。どうかお願いします、神様――。
礼拝堂で眠れぬ夜を過ごし、朝はやってきた。変わらぬ人々の往来が日常を映し出している。
しかし、私の心はまだ非日常の中だ。リュシアンはまだ帰っていない。まだ祈らなくては届かない。
手を組み、瞼を閉じる。すると、誰かの走る足音が聞こえ始めたのだ。
「王女殿下! エレナ様! 早くエントランスへ!」
侍女姿の女性が私たちの横で足を止め、声を荒げた。
きっとリュシアンが帰ってきたのだ。弾かれるように腰を上げ、人を押し退けながらエントランスへと向かう。
「リュシアン様……!」
その無事を確かめなくては、私の心がどうにかなってしまう。
ようやく見えてきたエントランスには誰の姿もない。悪い予感が脳裏を掠めた時、扉が開いたのだ。
ところどころ赤の滲んだ軍服を身につけたリュシアンの腕の中には、目を閉じた薄茶髪の女性の姿が――その場に崩れそうになったけれど、何とか踏ん張った。
「お兄様! お母様!」
私を追い越したオーレリアは、リュシアンの元へ辿り着くと崩れ落ち、わあわあと泣き出してしまった。
「ノヴァ! リュシアン!」
そこに国王も加わり、咽び泣く。
「母上を……早くお部屋に」
「ああ」
国王はリュシアンから女性を受け取ると、抱きかかえて私の横を通り過ぎて行った。
「お兄様、お怪我を……!」
「傭兵相手では、ちょっと手こずったよ」
苦笑いをするリュシアンを見て、涙が溢れてくる。
「少し部屋で休ませて欲しい」
「はい……」
リュシアンはオーレリアを置いて、こちらに歩み寄ってくる。その笑顔が温かな光のように思えた。
リュシアンは手を伸ばし、ハグをしてくれた。彼の背中に手を回し、ぎゅっと抱き締める。
「ただいま」
「おかえりなさい」
この会話だけで、胸の中に温かさが戻ってくるようだった。
「私は……お兄様を失いたくありません」
ぽつりぽつりと話すオーレリアに、ぐっと口を引き締める。弱音を吐いているところは見られたくないだろうと、視線は前だけを向いていた。
「私は……怖いのです」
立場の異なるオーレリアに同意するのも違う気がして、話を聞く側に徹する。
「お兄様の性格が明るく戻ってくれることを願っていました。でも、現実はエレナも知っている通りです」
リュシアンとしては、理想を重ねられることに疲れを感じていたのかもしれない。あくまでも、私の推察だ。
「どこかお兄様のことを英雄視していて、でもどこか苛立っていて……。でも、こうなってみて初めて分かったのです」
オーレリアの方から、すっと大きく息を吸い込む音が聞こえた。
「十年以上前の暴動で、生き残ってくれたことがもう奇跡なのだと」
とうとうオーレリアはすすり泣いてしまう。それでも私は彼女の方へ目を向けなかった。
「エレナも何か言ってください! こんな妹、重たいだけですよね」
確かに重たい妹だと思う。しかし、そんなことを言ってしまえばオーレリアの人格を否定してしまう。私にはそんなことは出来ない。
「重たいかどうかはリュシアン様本人に、お帰りになった時に聞いてあげてください」
「はい……」
そこから会話はなくなってしまった。ほどなくして礼拝堂へと到着する。ステンドグラスから溢れる光に、微笑む天使像――変わらぬ風景がそこにはあった。
オーレリアと並んでベンチに腰を下ろす。そこで、ようやく彼女の顔を見た。涙でぐしゃぐしゃになっている。
「エレナのお爺様は、冤罪だったのですね」
「最初からそう言っています」
柔らかい口調で言ったつもりだ。しかし、オーレリアの瞳からはまた一粒、涙が零れ落ちた。
「私はエレナに失礼なことばかり言っていた気がします……」
気がするだけではなく、確実に言っていた。言葉には出さず、喉の奥で飲み込んだ。
「正直に言うと、私はまだエレナが王太子妃になるのは納得しきれていないのです。ですが……」
オーレリアは声を震わせ、俯く。
「お兄様のあんな姿を見たら、認めるしかないではありませんか……!」
オーレリアもオーレリアなりに傷ついてここまで辿り着いたのだ。私に彼女を責めることは出来なかった。
「納得していただけなくても、認めてくださるだけで私は嬉しいですよ」
視線を落としたまま、オーレリアは何も言わない。彼女の手に自分の手を重ねると、空色の瞳はこちらを向いた。
「エレナ、お願いします。お兄様の心を救ってください」
身分が下の者に求めるなんて、オーレリアのプライドを捨ててまでの言葉だろう。静かに頷くと、オーレリアは声を上げて泣き出してしまった。
これは和解と言っても良いだろう。心のしこりが解けていくような感覚がした。
* * *
食事が終わると礼拝堂へと赴き、オーレリアの隣に座る。手を組み、神ではなくリュシアンと王妃に祈りを捧げる。そんなことが数回続いた。今晩が王妃奪還作戦の遂行予定日――手は汗ばみ、喉は乾き、身体は震える。オーレリアが一緒にいなければ取り乱していただろう。
緊張のせいで、私もオーレリアも何も言えない。ただ、張り詰めた空気だけが場を制していた。
零時の鐘が鳴る。一回、二回――。
「お兄様……」
とうとうオーレリアが声を漏らした。
「今、大湖を渡っているところでしょうか……」
「大丈夫です。リュシアン様なら必ず成功させます」
気丈に言い放ったけれど、私だって心の中は不安でいっぱいだ。
「どうか、ご無事で……」
オーレリアは組んだ手に額を乗せて震えている。私も更に祈ろう。お二人とも無事に帰ってきてください。作戦を成功させてください。組んだ手に力を入れるあまり、指が赤く変色してきている。願いが叶うなら、それでも構わない。
いつの間にか鐘の音は止んでいた。詰まるような呼吸をしているせいで、胸が苦しくなってくる。どうかお願いします、神様――。
礼拝堂で眠れぬ夜を過ごし、朝はやってきた。変わらぬ人々の往来が日常を映し出している。
しかし、私の心はまだ非日常の中だ。リュシアンはまだ帰っていない。まだ祈らなくては届かない。
手を組み、瞼を閉じる。すると、誰かの走る足音が聞こえ始めたのだ。
「王女殿下! エレナ様! 早くエントランスへ!」
侍女姿の女性が私たちの横で足を止め、声を荒げた。
きっとリュシアンが帰ってきたのだ。弾かれるように腰を上げ、人を押し退けながらエントランスへと向かう。
「リュシアン様……!」
その無事を確かめなくては、私の心がどうにかなってしまう。
ようやく見えてきたエントランスには誰の姿もない。悪い予感が脳裏を掠めた時、扉が開いたのだ。
ところどころ赤の滲んだ軍服を身につけたリュシアンの腕の中には、目を閉じた薄茶髪の女性の姿が――その場に崩れそうになったけれど、何とか踏ん張った。
「お兄様! お母様!」
私を追い越したオーレリアは、リュシアンの元へ辿り着くと崩れ落ち、わあわあと泣き出してしまった。
「ノヴァ! リュシアン!」
そこに国王も加わり、咽び泣く。
「母上を……早くお部屋に」
「ああ」
国王はリュシアンから女性を受け取ると、抱きかかえて私の横を通り過ぎて行った。
「お兄様、お怪我を……!」
「傭兵相手では、ちょっと手こずったよ」
苦笑いをするリュシアンを見て、涙が溢れてくる。
「少し部屋で休ませて欲しい」
「はい……」
リュシアンはオーレリアを置いて、こちらに歩み寄ってくる。その笑顔が温かな光のように思えた。
リュシアンは手を伸ばし、ハグをしてくれた。彼の背中に手を回し、ぎゅっと抱き締める。
「ただいま」
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