異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました

七宮叶歌

文字の大きさ
5 / 50
第2章 踏み出す

踏み出すⅢ

しおりを挟む
 結婚から逃げてきたのに、何故、ここで新たな結婚の約束を交わさなくてはならないのだろう。

「は……?」

 私の口からも漏れていた。
 そこへ扉が開かれる。

「何かあったのですか?」

 振り向いてみると、艶のある黒髪に、つぶらな空色の瞳――侯爵に良く似た若い男性が立っていた。

「ああ、デイビッド。またアルフレッドがやらかしてな」

 侯爵は溜め息混じりに愚痴をこぼす。すると、男性――デイビッドもやれやれと言わんばかりに両手をヒラヒラさせる。

「またですか」

「またとは何だ」

「どうせ、事件に巻き込まれたのでしょう? その体質、どうにかならないのですか?」

 デイビッドは呆れながら腰に手を当てた。デイビッドは仕草まで侯爵に似ている。一方で、アルフレッドが侯爵に似ているのは瞳の色だけだ。アルフレッドは誰に似ているのだろう。

「今回のことで、未来の巻き込まれは精算されただろう」

 アルフレッドは髪を掻き上げ、大きな溜め息を吐いた。

「そこにいるレディは誰です?」

「おい、お前……!」

 デイビッドの言葉に侯爵は慌てたものの、アルフレッドは未だに冷静だ。

「王女殿下だよ」

「は……?」

 今度はデイビッドの時が止まった。それも一瞬のことで、デイビッドは私とアルフレッドの顔を見比べる。

「いや、こんな泥だらけの王女がいますか!? しかも、王女殿下は亡くなったって、さっきラジオで――」

「あれはお父様の大嘘です」

 嘘以外に、私が生きている理由なんてない。
 侯爵は咳払いをし、周囲の空気を変えた。

「ところで、王女殿下。逃亡の条件は呑んでいただけるのですかな?」

「私は……」

 確かに私は『王子との』結婚から逃げてきた。しかし、こうも思っている。『国内の貴族と』結婚したい、と。
 それなら、この条件を呑むのは名案なのではないだろうか。

「呑みます。受けて立ちましょう」

 拳を握り、決意を固める。アルフレッドを見やると、彼の目は小刻みに震えている。口を開きかけるものの、何も言えないらしい。頬が桜色に染まる。
 その代わりに、私が口を開いた。

「アルフレッド、よろしくお願い致しますね」

 その両手を握り、ぶんぶん振ってみせる。アルフレッドは答えてくれなかったけれど、きっと照れているのだろう。

「父上、王女殿下の逃亡の条件は、何と?」

「アルフレッドとの結婚だ」

 デイビッドと侯爵の会話を横に流しながら、アルフレッドの出方を窺ってみる。徐々に眉間に皺が寄っていく。

「俺の意見は聞かないのですか?」

「どちらにしろ、お前だって重要指名手配犯だ。捕まれば殺されるぞ」

 アルフレッドの怒りが滲んだような声色に、侯爵が淡々と返す。アルフレッドは何も言い返せないのだろう。唇を噛み、拳を握り締めた。

「ま、何とかなりますって」

 黙って成り行きを見守っていたゼインがアルフレッドの肩を叩く。何故か、アルフレッドは項垂れてしまった。

「王女殿下、ドレスの用意が出来たようです。メイドに案内させましょう」

 声に振り向くと、侯爵は私を見て朗らかに微笑していた。いつの間にか戻ってきたメイドに、侯爵は目配せをする。メイドはすぐさま私の元へとやってきた。

「王女殿下、こちらへ」

「分かりました」

 一度はリビングを出たものの、四人の会話が気になって仕方がない。耳を扉に押し当て、聞き耳を立てる。

「元々、家督はデイビッドに譲りたいと思っていたところだ。丁度良い縁談だろう」

「俺、家督を継ぐなんて一言も言っていません。本来は兄上が継ぐものでしょう」

「世間一般的にはな。だから理由が必要だった」

「俺は、家督にしがみつく気は更々ありません。ですが、今回は強引すぎます。王女殿下だって、苦渋の決断だったでしょう」

 もしかして、私は家の騒動に巻き込まれたのだろうか。まあ、私もアルフレッドを逃亡に巻き込んでしまったから、とやかく言えた身分ではない。

「王女殿下、早くお戻りにならないと、聞き耳を立てていたことがバレます」

 メイドに囁かれ、扉からそっと身体を離した。
 案内されたのは、先ほどアルフレッドが扉を開けていた応接室だった。ソファーに深い青のドレスが掛けられている。

「奥様が生前着用されていたものが残っておりました。今流行りのものではないのですが、よろしいですか?」

「はい。着られるなら何でも良いのです。なんならメイド服でも」

「それはいけません!」

 メイドは慌てふためき、顔色を青くする。困らせるつもりではなかったのだけれど、と思いながらドレスに手を掛けた。
 生前ということは、侯爵夫人は亡くなっているのだろう。アルフレッドも母のいない私の仲間だ。勝手に親近感が湧いてしまう。
 メイドに手伝ってもらいながら、ドレスを身につける。ついでに顔に付いていた泥もティッシュで落とした。
 颯爽とリビングに戻り、膝を折った。まだ揉めていたらしく、アルフレッドとデイビッドの顔は暗い。

「逃亡するにあたって、偽名を使わねばなるまい」

 侯爵は顎に手を当て、小さく唸る。

「アルフレッド。逃亡先では『セシル』と名乗りなさい」

「……分かりました」

 その名を聞き、アルフレッドの表情は更に沈む。縁起の良くない名前なのだろうか。分からずに首を傾げた。

「王女殿下はどうします? 『メヌエッタ』では流石にマズいでしょう」

「偽名、ですか」

 今まで考えたこともなかった。「うーん」と声を上げ、頭を捻ってみる。
 王女の象徴はティアラだ。しかし、ティアラでは安直すぎるし、すぐに王女を連想させる。それなら、『ラ』は抜いて『ティア』でどうだろう。

「私は『ティア』にします」

 私の答えを聞くと、侯爵は満足そうに頷いた。

「出来れば、三人には今日中に立ってもらいたい。準備を整えるように」

 侯爵は言い切ると、身を翻してリビングから去っていった。
 私は『逃亡』を選択した。そして『生きること』を決意した。この判断が間違っていることはないのだ。そう自分に言い聞かせ、空に思いを馳せた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『階段対策会議(※恋愛)――年上騎士団長の健康管理が過剰です』

星乃和花
恋愛
【完結済:全9話】 経理兼給仕のクラリスは、騎士団で働くただの事務員――のはずだった。 なのに、年上で情緒に欠ける騎士団長グラントにある日突然こう言われる。 「君は転倒する可能性がある。――健康管理対象にする」 階段対策会議、動線の変更、手をつなぐのは転倒防止、ストール支給は防寒対策。 全部合理的、全部正しい。……正しいはずなのに! 「頬が赤い。必要だ」 「君を、大事にしたい」 真顔で“強い言葉”を投下してくる団長に、乙女心を隠すクラリスの心拍数は業務超過。 さらに副団長ローレンは胃薬片手に「恋は会議にするな!!」と絶叫中!? これは健康管理?それとも恋愛? ――答え合わせの前に、まず“階段(概念)“をご確認ください。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

「不吉な黒」と捨てられた令嬢、漆黒の竜を「痛いの飛んでいけー!」で完治させてしまう

ムラサメ
恋愛
​漆黒の髪と瞳。ただそれだけの理由で「不吉なゴミ」と虐げられてきた公爵令嬢ミア。 死の森に捨てられた彼女が出会ったのは、呪いに侵され、最期を待つ最強の黒竜と、その相棒である隣国の竜騎士ゼノだった。 しかし、ミアが無邪気に放った「おまじない」は、伝説の浄化魔法となって世界を塗り替える。 向こう見ずな天才騎士に拾われたミアは、隣国で「女神」として崇められ、徹底的に甘やかされることに。 一方、浄化の源を失った王国は、みるみるうちに泥沼へと沈んでいき……?

で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。 ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

処理中です...