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第2章 踏み出す
踏み出すⅢ
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結婚から逃げてきたのに、何故、ここで新たな結婚の約束を交わさなくてはならないのだろう。
「は……?」
私の口からも漏れていた。
そこへ扉が開かれる。
「何かあったのですか?」
振り向いてみると、艶のある黒髪に、つぶらな空色の瞳――侯爵に良く似た若い男性が立っていた。
「ああ、デイビッド。またアルフレッドがやらかしてな」
侯爵は溜め息混じりに愚痴をこぼす。すると、男性――デイビッドもやれやれと言わんばかりに両手をヒラヒラさせる。
「またですか」
「またとは何だ」
「どうせ、事件に巻き込まれたのでしょう? その体質、どうにかならないのですか?」
デイビッドは呆れながら腰に手を当てた。デイビッドは仕草まで侯爵に似ている。一方で、アルフレッドが侯爵に似ているのは瞳の色だけだ。アルフレッドは誰に似ているのだろう。
「今回のことで、未来の巻き込まれは精算されただろう」
アルフレッドは髪を掻き上げ、大きな溜め息を吐いた。
「そこにいるレディは誰です?」
「おい、お前……!」
デイビッドの言葉に侯爵は慌てたものの、アルフレッドは未だに冷静だ。
「王女殿下だよ」
「は……?」
今度はデイビッドの時が止まった。それも一瞬のことで、デイビッドは私とアルフレッドの顔を見比べる。
「いや、こんな泥だらけの王女がいますか!? しかも、王女殿下は亡くなったって、さっきラジオで――」
「あれはお父様の大嘘です」
嘘以外に、私が生きている理由なんてない。
侯爵は咳払いをし、周囲の空気を変えた。
「ところで、王女殿下。逃亡の条件は呑んでいただけるのですかな?」
「私は……」
確かに私は『王子との』結婚から逃げてきた。しかし、こうも思っている。『国内の貴族と』結婚したい、と。
それなら、この条件を呑むのは名案なのではないだろうか。
「呑みます。受けて立ちましょう」
拳を握り、決意を固める。アルフレッドを見やると、彼の目は小刻みに震えている。口を開きかけるものの、何も言えないらしい。頬が桜色に染まる。
その代わりに、私が口を開いた。
「アルフレッド、よろしくお願い致しますね」
その両手を握り、ぶんぶん振ってみせる。アルフレッドは答えてくれなかったけれど、きっと照れているのだろう。
「父上、王女殿下の逃亡の条件は、何と?」
「アルフレッドとの結婚だ」
デイビッドと侯爵の会話を横に流しながら、アルフレッドの出方を窺ってみる。徐々に眉間に皺が寄っていく。
「俺の意見は聞かないのですか?」
「どちらにしろ、お前だって重要指名手配犯だ。捕まれば殺されるぞ」
アルフレッドの怒りが滲んだような声色に、侯爵が淡々と返す。アルフレッドは何も言い返せないのだろう。唇を噛み、拳を握り締めた。
「ま、何とかなりますって」
黙って成り行きを見守っていたゼインがアルフレッドの肩を叩く。何故か、アルフレッドは項垂れてしまった。
「王女殿下、ドレスの用意が出来たようです。メイドに案内させましょう」
声に振り向くと、侯爵は私を見て朗らかに微笑していた。いつの間にか戻ってきたメイドに、侯爵は目配せをする。メイドはすぐさま私の元へとやってきた。
「王女殿下、こちらへ」
「分かりました」
一度はリビングを出たものの、四人の会話が気になって仕方がない。耳を扉に押し当て、聞き耳を立てる。
「元々、家督はデイビッドに譲りたいと思っていたところだ。丁度良い縁談だろう」
「俺、家督を継ぐなんて一言も言っていません。本来は兄上が継ぐものでしょう」
「世間一般的にはな。だから理由が必要だった」
「俺は、家督にしがみつく気は更々ありません。ですが、今回は強引すぎます。王女殿下だって、苦渋の決断だったでしょう」
もしかして、私は家の騒動に巻き込まれたのだろうか。まあ、私もアルフレッドを逃亡に巻き込んでしまったから、とやかく言えた身分ではない。
「王女殿下、早くお戻りにならないと、聞き耳を立てていたことがバレます」
メイドに囁かれ、扉からそっと身体を離した。
案内されたのは、先ほどアルフレッドが扉を開けていた応接室だった。ソファーに深い青のドレスが掛けられている。
「奥様が生前着用されていたものが残っておりました。今流行りのものではないのですが、よろしいですか?」
「はい。着られるなら何でも良いのです。なんならメイド服でも」
「それはいけません!」
メイドは慌てふためき、顔色を青くする。困らせるつもりではなかったのだけれど、と思いながらドレスに手を掛けた。
生前ということは、侯爵夫人は亡くなっているのだろう。アルフレッドも母のいない私の仲間だ。勝手に親近感が湧いてしまう。
メイドに手伝ってもらいながら、ドレスを身につける。ついでに顔に付いていた泥もティッシュで落とした。
颯爽とリビングに戻り、膝を折った。まだ揉めていたらしく、アルフレッドとデイビッドの顔は暗い。
「逃亡するにあたって、偽名を使わねばなるまい」
侯爵は顎に手を当て、小さく唸る。
「アルフレッド。逃亡先では『セシル』と名乗りなさい」
「……分かりました」
その名を聞き、アルフレッドの表情は更に沈む。縁起の良くない名前なのだろうか。分からずに首を傾げた。
「王女殿下はどうします? 『メヌエッタ』では流石にマズいでしょう」
「偽名、ですか」
今まで考えたこともなかった。「うーん」と声を上げ、頭を捻ってみる。
王女の象徴はティアラだ。しかし、ティアラでは安直すぎるし、すぐに王女を連想させる。それなら、『ラ』は抜いて『ティア』でどうだろう。
「私は『ティア』にします」
私の答えを聞くと、侯爵は満足そうに頷いた。
「出来れば、三人には今日中に立ってもらいたい。準備を整えるように」
侯爵は言い切ると、身を翻してリビングから去っていった。
私は『逃亡』を選択した。そして『生きること』を決意した。この判断が間違っていることはないのだ。そう自分に言い聞かせ、空に思いを馳せた。
「は……?」
私の口からも漏れていた。
そこへ扉が開かれる。
「何かあったのですか?」
振り向いてみると、艶のある黒髪に、つぶらな空色の瞳――侯爵に良く似た若い男性が立っていた。
「ああ、デイビッド。またアルフレッドがやらかしてな」
侯爵は溜め息混じりに愚痴をこぼす。すると、男性――デイビッドもやれやれと言わんばかりに両手をヒラヒラさせる。
「またですか」
「またとは何だ」
「どうせ、事件に巻き込まれたのでしょう? その体質、どうにかならないのですか?」
デイビッドは呆れながら腰に手を当てた。デイビッドは仕草まで侯爵に似ている。一方で、アルフレッドが侯爵に似ているのは瞳の色だけだ。アルフレッドは誰に似ているのだろう。
「今回のことで、未来の巻き込まれは精算されただろう」
アルフレッドは髪を掻き上げ、大きな溜め息を吐いた。
「そこにいるレディは誰です?」
「おい、お前……!」
デイビッドの言葉に侯爵は慌てたものの、アルフレッドは未だに冷静だ。
「王女殿下だよ」
「は……?」
今度はデイビッドの時が止まった。それも一瞬のことで、デイビッドは私とアルフレッドの顔を見比べる。
「いや、こんな泥だらけの王女がいますか!? しかも、王女殿下は亡くなったって、さっきラジオで――」
「あれはお父様の大嘘です」
嘘以外に、私が生きている理由なんてない。
侯爵は咳払いをし、周囲の空気を変えた。
「ところで、王女殿下。逃亡の条件は呑んでいただけるのですかな?」
「私は……」
確かに私は『王子との』結婚から逃げてきた。しかし、こうも思っている。『国内の貴族と』結婚したい、と。
それなら、この条件を呑むのは名案なのではないだろうか。
「呑みます。受けて立ちましょう」
拳を握り、決意を固める。アルフレッドを見やると、彼の目は小刻みに震えている。口を開きかけるものの、何も言えないらしい。頬が桜色に染まる。
その代わりに、私が口を開いた。
「アルフレッド、よろしくお願い致しますね」
その両手を握り、ぶんぶん振ってみせる。アルフレッドは答えてくれなかったけれど、きっと照れているのだろう。
「父上、王女殿下の逃亡の条件は、何と?」
「アルフレッドとの結婚だ」
デイビッドと侯爵の会話を横に流しながら、アルフレッドの出方を窺ってみる。徐々に眉間に皺が寄っていく。
「俺の意見は聞かないのですか?」
「どちらにしろ、お前だって重要指名手配犯だ。捕まれば殺されるぞ」
アルフレッドの怒りが滲んだような声色に、侯爵が淡々と返す。アルフレッドは何も言い返せないのだろう。唇を噛み、拳を握り締めた。
「ま、何とかなりますって」
黙って成り行きを見守っていたゼインがアルフレッドの肩を叩く。何故か、アルフレッドは項垂れてしまった。
「王女殿下、ドレスの用意が出来たようです。メイドに案内させましょう」
声に振り向くと、侯爵は私を見て朗らかに微笑していた。いつの間にか戻ってきたメイドに、侯爵は目配せをする。メイドはすぐさま私の元へとやってきた。
「王女殿下、こちらへ」
「分かりました」
一度はリビングを出たものの、四人の会話が気になって仕方がない。耳を扉に押し当て、聞き耳を立てる。
「元々、家督はデイビッドに譲りたいと思っていたところだ。丁度良い縁談だろう」
「俺、家督を継ぐなんて一言も言っていません。本来は兄上が継ぐものでしょう」
「世間一般的にはな。だから理由が必要だった」
「俺は、家督にしがみつく気は更々ありません。ですが、今回は強引すぎます。王女殿下だって、苦渋の決断だったでしょう」
もしかして、私は家の騒動に巻き込まれたのだろうか。まあ、私もアルフレッドを逃亡に巻き込んでしまったから、とやかく言えた身分ではない。
「王女殿下、早くお戻りにならないと、聞き耳を立てていたことがバレます」
メイドに囁かれ、扉からそっと身体を離した。
案内されたのは、先ほどアルフレッドが扉を開けていた応接室だった。ソファーに深い青のドレスが掛けられている。
「奥様が生前着用されていたものが残っておりました。今流行りのものではないのですが、よろしいですか?」
「はい。着られるなら何でも良いのです。なんならメイド服でも」
「それはいけません!」
メイドは慌てふためき、顔色を青くする。困らせるつもりではなかったのだけれど、と思いながらドレスに手を掛けた。
生前ということは、侯爵夫人は亡くなっているのだろう。アルフレッドも母のいない私の仲間だ。勝手に親近感が湧いてしまう。
メイドに手伝ってもらいながら、ドレスを身につける。ついでに顔に付いていた泥もティッシュで落とした。
颯爽とリビングに戻り、膝を折った。まだ揉めていたらしく、アルフレッドとデイビッドの顔は暗い。
「逃亡するにあたって、偽名を使わねばなるまい」
侯爵は顎に手を当て、小さく唸る。
「アルフレッド。逃亡先では『セシル』と名乗りなさい」
「……分かりました」
その名を聞き、アルフレッドの表情は更に沈む。縁起の良くない名前なのだろうか。分からずに首を傾げた。
「王女殿下はどうします? 『メヌエッタ』では流石にマズいでしょう」
「偽名、ですか」
今まで考えたこともなかった。「うーん」と声を上げ、頭を捻ってみる。
王女の象徴はティアラだ。しかし、ティアラでは安直すぎるし、すぐに王女を連想させる。それなら、『ラ』は抜いて『ティア』でどうだろう。
「私は『ティア』にします」
私の答えを聞くと、侯爵は満足そうに頷いた。
「出来れば、三人には今日中に立ってもらいたい。準備を整えるように」
侯爵は言い切ると、身を翻してリビングから去っていった。
私は『逃亡』を選択した。そして『生きること』を決意した。この判断が間違っていることはないのだ。そう自分に言い聞かせ、空に思いを馳せた。
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