異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました

七宮叶歌

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第3章 願う

願うⅠ

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 格納された一つの飛空船を見上げ、溜め息を漏らす。ゼインは誇らしげに振り向く。溢れんばかりの笑顔だ。

「この飛空船が、これからの僕たちの住まいで、移動手段です」

 いくつものプロペラが備わっており、錆などは一切見られない。この金属の艶やかさ、木目の美しさは新品同然だ。
 
「折角ですから、名前でも付けてあげましょうよ」

「ゼイン、嬉しそうだな」

 少しだけ憎らしそうに、アルフレッドは目を細める。

「はい! 飛空船での生活を夢見ていましたから」

 ゼインの瞳の輝き具合は、嘘を吐いてはいないだろう。
 名前、か。何があるだろう。考え始めて、すぐに閃いた。
 
「名前は『希望』なんてどうでしょう」

 果てしなく続く空を翔けまわり、自分の人生を切り開く。この逃亡に打ってつけの名前だと思うのだ。

「『希望』ですか」

 アルフレッドは納得しきっていないのか、口をへの字に曲げる。その一方で、ゼインは明るく笑った。

「僕は良いと思いますけどね。何なら、古代語で『ホープ』なんてどうです?」

「カッコいい……」

 素直にそう思う。古代のロマンを含めた、私たちの希望の船――。

「メヌエッタ殿下が気に入られたのなら、そうしましょう」

 アルフレッドも笑顔で何度か頷いてくれたので、これで決まりだ。

「よろしくね、ホープ号」

「じゃあ、行きますよー」

 ゼインのノリはすっかり旅行の引率者だ。彼らは私を先にホープ号へと乗せてくれた。その後、着替えや食料、生活用品といった大量の荷物を詰め込んでいく。

「私もお手伝いしなくても大丈夫ですか?」

 デッキから地上を見下ろすと、丁度アルフレッドが大きな麻袋を運んでいた。

「足手纏いになるだけです」

「ええ?」

 流石に足手纏いは言い過ぎだ。私だって、重たい荷物も運べる。そう、多分だ。
 休憩を含めて一時間ほどかけて荷物を詰め込み、準備を整える。使用人が膝丈のワンピースを買いに走ってくれたのだ。これでパニエを踏むことも、風に煽られることもない。
 アルフレッドもジャケットを脱ぎ、胸元を彩るジャボも取っている。少しだけ庶民感が出た。

「これで男爵令息くらいには見えるだろう。後は髪色だな。銀は目立ち過ぎる」

 アルフレッドは短い銀の髪を指で摘み、太陽に翳す。
 アルフレッドが言うように、顔立ちと髪が上級貴族感を醸し出しているのだ。どうしたものかと私も腕を組むと、ゼインが買い物袋をアルフレッドに渡した。

「執事仲間が買ってきてくれました。これを使ってください」

「ん? ヘアカラーと……モノクル?」

 そうか、その手があったか。なかなか機転が利く執事だな、と感嘆の声が漏れる。

「メヌエッタ殿下にはこれです」

 私も偽装しなければいけないものなんてあっただろうか、と小袋を受け取った。中には使い捨ての色付きコンタクトレンズが入っている。

「ラベンダー色の瞳なんて、王族の方しか聞いたことがありませんからね」

「買ってくれた方、なかなかに剛腕の執事ですね」

「僕の手柄にすれば良かった……!」

 言った後で気がついたのだろう。ゼインは溜め息を吐き、肩を落とす。ところが、アルフレッドはゼインの気持ちを鑑みない。

「ゼイン、それより出発だ」

「感傷に浸る時間くらいくださいよぉ」

 いつものことだと言わんばかりにゼインは苦笑いをし、すっと背筋を伸ばす。

「すぐに出発します! 揺れに気を付けてくださいね!」

 片手を振りながら、ゼインは走り去る。ほどなくして、ホープ号は動き出した。低空飛行をしながら、徐々に格納庫から出る。頭上を眺めると、空が開けていくさまが心地良い。一気に解放感に溢れる。
 船尾まですっかり格納庫から出ると、ホープ号は急上昇を始めた。腹部がざわついて、気持ち悪い感覚だ。

「ゆっくりは上がれないのですか!?」

「俺たちにゆっくりしている時間はありませんから」

 アルフレッドの言葉で、途端に逃亡の色が濃くなった気がする。数分も経たずにグライゼル邸は豆粒大の大きさに変わった。驚いたことに、薄い雲が眼下にある。

「雲って頭の上にあるものではないのですか!?」

「それを越えてきたのです。落ちればひとたまりもありませんよ」

「それくらい分かっていますよ」

 理解してなかった部分もあるとは言えず、僅かに頬を膨らませた。アルフレッドは小さく笑う。
 飛空も安定し、自動操縦に切り替えたのだろう。ゼインが爽やかな顔でデッキに戻ってきた。

「はい、お二人とも。敬語はそこまでにしましょ。まずは形から入らないと」

 言っている意味が良く分からない。敬語の何が不都合なのだろう。首を傾げると、ゼインは「あはは」と笑った。

「敬語を使い合う下級貴族の夫婦なんて聞いたことがありませんよ」

「夫婦……!?」

 アルフレッドが驚愕の声を上げる。心なしか、頬も赤い。いつ、私たちは夫婦になったのだろう。私もきょとんとした顔をしていただろう。

「夫婦にした方が自然じゃありませんか? いっそのこと、新婚旅行っていう設定にしましょうよ」

「……ああ、設定か」

 気を取り直し、アルフレッドは咳払いをする。

「メヌエ……じゃない、偽名は……なんでしたっけ」

「ティアです」

 私が思い出す前に、ゼインが答えてくれた。記憶力は抜群らしい。

「ティア、船酔いはしてない……か?」

「は……うん、してないよ」

 かなりぎこちない。これで下級貴族設定は通用するのだろうか。ちょっとだけ心配になってしまった。
 不安そうに頭を掻くアルフレッドに、ゼインはグッドサインを送る。

「今はぎこちなくても良いですよ。慣れです、慣れ」

 ゼインの言う通り、きっと慣れてくるに違いない。数回頷き、アルフレッドに笑顔を向けた。
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