異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました

七宮叶歌

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第12章 耳にする

耳にするⅢ

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 アルフレッドの隣で、ゼインは空を見上げる。

「自由は良いですよ。富も名誉も何もないですけど、したいことを好きなだけ出来ますから」

 帰る家を失ったゼインだからこそ、言える言葉なのだろう。そういえば、ゼインはどうやってアルフレッドの元へと辿り着いたのだろう。少しだけ気になってしまった。

「セシルはレインが貴族だったって、今まで知らなかったんだよね?」

「ああ、全くな」

「どうやってレインはセシルの執事になったの?」

「そこ、気になりますか」

 頷いてみせると、ゼインは空よりももっと遠くを見るように目を細めた。

「僕は、グライゼル侯爵に拾われたんです」

「拾われた?」

 私とアルフレッドの声が重なる。

「使用人の手でハルネイオ国のとある街で置き去りにされて、街の中を空腹でふらついてたんです。そうしたら、グライゼル侯爵が声を掛けてくれて」

 グライゼル侯爵が声を掛けてくれたことより、置き去りにされた事実が胸に刺さる。

「その時の僕、身なりは貴族だったんですよ。でも、周りに親が見当たらないのを不審に思ったらしくて。僕はグライゼル侯爵に、自分の身に起きたことを洗いざらい話しました。その時に、侯爵が言ったんです」

 ゼインは目を柔らかくし、アルフレッドを見る。

「『私の家の執事になれ。私の長男を支えてくれ』って」

「えっ?」

 私が見た印象も、アルフレッドから聞いた話からも、グライゼル侯爵はアルフレッドを嫌っている。そう思って間違いなかった。なのに、この矛盾は何なのだろう。アルフレッドの方を見てみても、揺れる空色の瞳は床を見詰めるばかりだった。

「迷いましたよ。もしかしたら、良いように扱われるんじゃないかって。でも、僕には選択肢がなかったんです」

 ゼインは間を置き、小さく頷く。
 
「それでグライゼルの屋敷に行って、セシル様と出会ったっていう訳です」

 腑に落ちないのは私だけだろうか。納得出来ず、唸り声を上げる。

「じゃあ、飛空船の操縦技術はどこで?」

「それもグライゼル侯爵の提案なんです」

 ゼインは腕を組み、まっすぐに前を見据えた。

「いつか自立した時に、役に立つだろうからって。講習費用も全部グライゼル侯爵が負担してくれました」

 ゼインの話では、グライゼル侯爵はただの性格が良い人になっている。アルフレッドへの対応とは正反対だ。何故、ゼインに向けた優しさを我が子に向けられなかったのだろう。拳を握り、口を結ぶ。

「このことを見越してたのかは分かりませんが、僕をずっと屋敷に閉じ込めておく気はなかったようですね」

 アルフレッドを追い出す時に、ゼインを後見人として付かせたかった。その思いが透けて見えるようでもある。

「ま、結果オーライですよ。セシル様も、逃亡中ではありますけど王女殿下をゲット出来ましたしね」

 ゲットではなく、他の言い方はなかったのだろうか。私はまだアルフレッドのものにはなっていない。かあっと顔が熱くなる。

「偶然だ。これで父上の計画だったら絶縁ものだな」

「そこまで言わなくても」

 ゼインが笑い声を上げると、その後に静寂が訪れる。風の吹く音しか聞こえない。

「まあ、悪くはない結果ですね」

 ゼインは風の音に掻き消されそうなほどの声量で呟く。

「セシル様を支え、グライゼル侯爵や他の使用人に支えられてる、その自覚がありましたから。比べたことはありませんけどね」

 ゼインはハルネイオ国で幸せだったのだろうか。以前はアルフレッドが抱いた疑問が、私にも波及していた。

 * * *

 その日の夜、アルフレッドにデッキへ呼び出された。ゼインに聞かれたくない話でもあるのだろうと、快諾したのだ。髪を結んでデッキへ出ると、既にアルフレッドの姿はあった。空では雲の切れ間から眩い星々がこちらを覗いている。

「レインが話してたことが気になるんでしょ?」

 アルフレッドの隣に並ぶなり、口を開いていた。彼はこちらを見ずに顔をしかめる。

「父上は……なんなんだ? 俺にはつらく当たるくせに、赤の他人に優しくしたり、それなのにレインには俺を支えろと言ったり……訳が分からない」

「うーん」

 私に聞かれても答えられることはない。グライゼル侯爵家の事情は直接見た訳ではなく、ほとんどが間接的に聞いただけなのだ。ゼインに聞いた方が手っ取り早いと思う。

「私に聞かれてもなぁ」

「そうだよな。すまない」

 アルフレッドは視線を落とし、僅かに口角を下げる。お願いだから、そんなに悲しそうな顔をしないで欲しい。

「セシルのお父様は、もう遠い存在なんだから。嫌いになっちゃおうよ」

「……勝手なことを言わないでくれ」

 アルフレッドは瞼を閉じ、肩を震わせる。しまったと思ったけれど、喉が詰まってしまう。
 取り繕うためにアルフレッドの両手を掴んだものの、すぐに離してしまった。

「私が傍にいるから。だから……」

 言葉が続いてくれない。これ以上言ってしまえば、告白になってしまいそうなのだ。沸騰したように熱を持つ頬を涼しい風が撫でる。

「気を遣わせてしまったな」

 アルフレッドが呟いたと思うと、私の身体は引き寄せられていた。そのままアルフレッドの胸に埋もれる。その片手が私の背中に回ったものの、抱き返す勇気はない。ほんのりと漂う花の匂いに包まれながら、頬に流れる温かなものに気が付いた。私は――この感覚に慣れてしまったら、もう一人では立てないのではないだろうか。何も言えず、瞼を閉じた。
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