異国には嫁に行きたくないので、空を渡ることにしました

七宮叶歌

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第13章 届く

届くⅠ

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 物資の補給は半日から一日ほどかかる。その間、窓からですら私とアルフレッドの顔を見られる訳にはいかない。唯一窓のないキッチン兼倉庫に身を隠し、しっかりと鍵をかける。その中で、アルフレッドと小声で会話をする。

「こんな時間、早く終わって欲しいものだな」

「ね。こんなの、身が持たないよ」

 部屋からは漏れない程度に、小さく溜め息を吐いてみる。

「ここには離陸後に食料を運ぶ予定だったな。力作業は、あまり得意じゃないが」

「私も手伝うよ。二人だけじゃ、絶対に大変だし」

「それは駄目だ。ティアに無理はさせたくない」

「えー?」

 遠回しに心配してくれているのは分かる。それでも、ここまで過保護になることもないと思うのだ。

「駄目って言ったら駄目だからな」

 アルフレッドは口を尖らせる。こんなに否定されてしまうと、手出しする隙もなくなってしまった。私も口を尖らせたので、他の人が見ていたなら滑稽な光景に映っていただろう。

「あ、話は変わるんだけどな? レインの腕を見たか?」

「腕?」

 言われて、ゼインの姿を思い出してみる。そこまでじっくりとは見ていないので、違和感には気付けなかった。

「どうかしたの?」

「水族館に行ったあの日から、ブレスレッドを着けてるんだ。レインも可愛い性格をしてるよな」

 きっと、アネモネとお揃いなのだろう。想像するだけで笑いが漏れてしまう。しかし、部屋の外からは人の行き来する足音が聞こえてくる。声をひそめ、口に手を当てた。

「私たちもレインのことは言えないけどね」

「まあな」

 私だって、アルフレッドとお揃いのクラゲを肌身離さず持ち歩いている。ポケットから取り出して、オレンジがかった照明に翳してみた。それを真似するように、アルフレッドもクラゲを照明に当てる。

「持ち歩きたい美しさ」

 何となく呟いた言葉がアルフレッドと重なった。たったそれだけで、頬が熱くなる。まるで、この世界にたった二人だけで取り残されたような、不思議な感覚に陥った。
 互いに声を出すことも、動くこともしない。ただただ見詰め合う。鼓動は速まり、呼吸が浅くなる。
 すると、船が動き始めたのだ。物資の補給を始めてから、まだ一時間程度しか経っていないのに。

「何が起きてる?」

「まさか、騎士に見つかったんじゃ……」

 最悪のシナリオが頭に思い浮かび、拳を握り締める。それなのに、心臓は異様なほどに冷静だ。まるで、ここで命が尽きても悔いはない、とでも言っているかのようだ。
 諦めの混ざった瞳でドアを見詰める。しかし、異変は起きない。いくら待っても、ドアはうち叩かれないし、騎士も侵入してこない。
 十数分後に姿を現したのは、騎士ではなくゼインだった。穏やかな表情で、それでも目は若干吊り上げて。

「お二人とも、ビックリしましたよね」

「ああ。騎士に見つかったのか?」

「いえ、そういう訳じゃないんです」

 ゼインは首を振り、口をへの字に曲げる。

「僕が受注する前に、物資が用意されてたんです」

「どういうことだ?」

 訳が分からない、とでも言いたそうに、アルフレッドは腕を組む。

「恐らく……ですが、グライゼル侯爵が準備したのかと」

「確証はあるのか?」

「石炭の上に、こんなものが置いてあったんです」

 ゼインが差し出したのは、黒く汚れた紙きれ――獅子とスイートピーの花が描かれていた。

「これは……グライゼル侯爵家の家紋か」

「はい。間違いありません」

 私たちの逃亡を陰から支えてくれる、ということなのだろうか。侯爵の真意が見えず、唸り声を上げる。

「まあ、敵意がないなら放っておけば良いだけだが」

「そうですね。利用出来るものはしちゃいましょう」

 確かに、着陸している時の危険性は減らせる。流石に息子を通報するようなことはしないだろう、と高を括るしかない。
 わざとらしく息を吐き出す時に、意図せずにゼインの腕が視界に入る。アルフレッドが言う通り、イルカのチャームがついた銀のブレスレッドが揺れていた。イルカを選ぶ当たり、やはり可愛らしいな、と頬が緩んでしまう。

「ティア様、どうかしましたか?」

「えっ? ううん、何でもない」

 慌てて首を振ったものの、不審に思われたかもしれない。ゼインはジト目で私をじっと見る。

「さてはー、気付きましたね?」

 ゼインはブレスレッドのついている左腕を前に出す。

「隠す気は全くないので、大丈夫なんですけどね。まだアネモネには渡してないんですけど、お揃いです」

 せっかく見せてくれたのだから、とじっくり眺めてみる。イルカの腹部には透明の石が埋め込まれていた。誕生石か何かだろうか。
 私たちの会話には入らずに、アルフレッドは一人で唸り声を上げていた。

「いや。それより、タダで物資を用意してくれてるのか……疑問が残るな」

 アルフレッドはいつもよりも若干低い声で警戒を示す。

「グライゼル侯爵のことです。きっと、見捨てたりはしませんって」

「逆だ。父上だからこそ、俺を見捨てかねない」

 どちらかというと、私はゼインよりもアルフレッドの意見に賛成だ。家を追い出すのなら、死んでくれる方が確実なのだから。

「いや、そんなはずは……ねぇ?」

 ゼインはしどろもどろになりながら弁解しようとするけれど、空振りに終わってしまった。私もアルフレッドも答えられず、視線も交わらない。
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