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エレベーターに閉じ込められたその後で。

恋人と姉を天秤にかけてみた。(拓海くんの場合)

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床に正座させられた俺は、陸のお兄さんの顔をマジマジと観察した。

背が俺よりずっと高くてかなりガタイがいいし、顔も陸と違って冷たい印象を受けたけど、それは俺の事を敵と見なしてるからだと思う。

声も低音で威圧感たっぷりに見下げられてる。
ぜんっぜん陸に似てやしない。
もしかして異母兄弟とかかも知れない。

こんな風に睨まれても、残念ながら俺ってあんまり怖いとかそういう感情薄いんだよね、怖いもの知らずってやつだよな。

時計をチラ見するとまだ10時だったけど、もう睡眠時間は取れそうにない。

まだ陸を寝かせてやりたかったのに、お兄さん空気読んで帰ってくれないかな。

、お友達か?陸」

軽く頭を小突かれて、帰らないだろうな、多分って思った。

「そ、そう。と、友達!ちょ、触んないでよ!」

まただ。なんだか変な風にどもる時、陸は多分嘘をついてる時なんだと俺でも流石に気がついた。

一生懸命ついてる嘘が「お友達」じゃないからなんだと思うとめちゃくちゃ可愛いと思った。

「今時のお友達は一緒の布団で寝んのか?ああ?」

抱き合って眠ってる所を見られてる時点でアウトだと思うぞ、陸。

「お前が変なイントネーションでどもる時は嘘ついてんだよ。落ち着け」

お兄さんにはバレてるし、友達じゃないし、ここははっきりと俺の意思を伝えなきゃいけない。

「違います。彼氏です」

「ひっ、黙って!馬鹿なの!?」

「陸、いい機会だからご挨拶しなきゃだろ」

お兄さんの眉間の皺が一層濃くなって、これは気に入られるのは至難の技かも知れないなって呑気に考えた。

兄弟喧嘩を始めたのを眺めていると、陸が大声を出したり呆れたり、すごく生き生きして見えて俺は不謹慎だけど嬉しくなる。

多分お兄さんは少し消極的な陸をすごく大事にしてて、そして陸もお兄さんを頼りにしててお互い好きなんだって感じられたからだ。

陸が好きなお兄さんなら、きっと根本は良い人に違いないという謎の自信が湧いてきて、何とか仲良くなりたいと思った。

「おい。彼氏とか頭、沸いてんのか。陸に手を出したら殴るぞ」

「あ、じゃあ殴られないといけませんね」

へらっと笑ってしまうと、お兄さんはすごく困惑した顔をして俺を見つめた。

まるで俺じゃない誰かを見たみたいに。
……俺、誰か知り合いにでも似てんのかな。

「今のは聞かなかった事にする。殴り殺しそうだからな…。陸、こいつとはもう別れろ」

「嫌だ!俺に干渉すんなってば!成瀬になんかしたら俺もう一生宙兄と口効かないからな!」

付き合ったばかりでもう破局の危機とか勘弁して欲しいけど、別れるのは嫌だとはっきり言ってくれて素直に嬉しくてニヤニヤしそうになった。

「なんだと!?兄ちゃんを無視するなんてお前はなんて悪い子になっちまったんだ!」

そう言った後、お兄さんは機械が止まったみたいに俺の顔を見つめて問いかける。

「おい、お前…名前なんだって?」

「はい、成瀬です。成瀬 拓海、17歳です」

「歳は聞いてねぇぞ。お前…親戚とかか?あいつに顔似てんな…まさかな」

成瀬って苗字の人はそんなにいないかも知れないけど、親戚がみんな成瀬だから誰か知り合いでもいるのかなって思って首を傾げる。

「もしかして、成瀬のお姉さんって…?」

「ぐっ、姉がいるのか?やっぱりそうなのか?笑った顔がムカつくくらいそっくりだもんな。亜由美の弟だろ…」

姉ちゃんの知り合いなのだと悟った時、いつも能天気な人使いの荒い姉が役に立つ時が来たんだと食いついた。

「姉貴の知り合いですか?」

お兄さんが姉ちゃんをめちゃくちゃ嫌ってるとかじゃないといいんだけど、嫌われてるのもありえるから慎重になった。

でも、それは杞憂に終わる。
簡単に言うと、宙さんは姉ちゃんの高校の時に付き合ってた元彼だったからだ。








「亜由美の弟とか嘘だろ…」

リビングに移動して腕を組んで難しい顔をしてる宙さんと向き合って、俺と陸はソファーに並んで座った。

すっかりさっきの勢いがない宙さんは、何度も俺の顔を見てはため息をついて話が進まない。

「陸、寒くないか?ほら、俺のパーカー着とけよ」

「あ、うん。成瀬も寒くない?」

「俺熱がりだから平気だって」

俺達がこそこそ話してると、やっぱり邪魔してはくるけど。

「てめぇら、俺の目の前でイチャイチャするのはマジでやめろ。亜由美の弟じゃなかったら叩き出してやりたい所を寸前で耐えてんだからな!」

宙さんはやっぱり姉ちゃんを悪く思ってはいないようでホッとする。

「ずーっと前に、亜由美さんに会った事思い出したんだ。宙兄と亜由美さんは多分同じ高校行ってたんじゃないかな。東高の制服着てた」

「お、そうそう。姉ちゃん東高行ってたからな」

陸が宙さんに顔が似てれば姉ちゃんも陸を見て気がついたかも知れないけど、恐ろしい程似てない上に苗字も平凡だからピンと来なかったかも知れない。

「おい、たっくん」

「たっくんは勘弁してください…」

宙さんが俺をたっくんと呼んだので、俺は心底嫌そうに呟いた。

「亜由美は昔から弟の話をよくしたからな。お前たっくんだろ。拓海のたっくんな」

「宙兄、気に入ってんでしょ」

「ちゃうわ。ちょっと呼んでみたかっただけだよ。亜由美は家に滅多に呼んでくれなかったから会った事なかったし」

宙さんは深く息を吸い込んで、俺に真剣な顔で聞いてきた。

「亜由美はその、今、誰かと付き合ってるか?」

ああ、この人、きっと姉貴の事まだ好きだ。
物好きだとは思うけど、これを逃す手はない。
恋人と姉を天秤に掛ければ陸の圧勝だ。

「情報が欲しければ、俺と陸を認めてください」

陸が隣ではらはらしながら俺と宙さんを交互に見てる。

「な、成瀬、こすい…!」

「お前の為なら姉ちゃんも売るぞ、俺は」

「変なとこで威張ってるんじゃねぇ!おい、陸!やっぱこいつと今すぐ別れろ!」

宇宙さんはしばらく俺を罵ったけど、諦めたようで俺と陸を認めると言ってくれた。

「姉貴は今、付き合ってる人いませんよ、多分」

そういうとわかりやすく宙さんは安堵の息を吐いていて、なんだかわかりやすい所は陸そっくりで兄弟だなって思った。

「そうか、それと…亜由美の連絡先を…」

「え、宙兄…連絡先知らないって、ブロックでもされてんの?」

「違う、何年か前に俺、スマホ壊しただろ?それ以前のデータが死んだんだよ。だから亜由美の連絡先がわからなくなって…」

どうやら姉ちゃんの友達に聞いてもストーカーだと思われてるのか警戒して誰も教えてくれなかったみたいだ。

「別にいいですよ。教えるので、その代わり…」

「その代わり、なんだ?」

「今日の所は陸と2人っきりにさせて頂けませんか?」

「な、成瀬、卑怯…!!でも、宙兄本当は仕事あるでしょ?帰った方いいって」

陸が笑いながら宙さんを見ると、宙さんはかなり黙った後折れた。

それだけ姉ちゃんの事を本気でまだ好きなんだと思えてちょっと嬉しかった。

「今日だけ帰ってやるが、別にお前らを完全に許したとかじゃないからな。だから亜由美の連絡先を教えろ…」

交渉成立して、家に帰る時は姉貴の好きなスイーツを大量に買って帰ろうと心に決めた。

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