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12.心機一転、生き直す!
「助けるとは言ってもね、わたくしはあくまでこちらの世界の神だから。あなたの世界にとっては異物で、本来ならば存在しないはずのもの。だから直接的に手を下すことは難しくて、とっさに――」
異世界へと繋がった『道』に、落ちていく娘を引っ張り込んだ。
己の領域内に入れさえすれば、後は神の裁量でどうとでも扱えるから。
「そうしてまずは、気を失った娘の怪我を癒やしたわ。泥で汚れた体も魔法で綺麗にしてあげた。美人とまでは言えないけれど、まあまあ見られる顔立ちをしていたわね。わたくしはすっかり己の仕事ぶりに満足して……それから、はたと困ったの」
あらまあ、どうしましょ?
この子を元の世界に戻したら、その瞬間に谷底に落ちて死んでしまうわ。
「せっかく助けたのに、それじゃあもったいないじゃない? だから仕方なく、わたくしはあなたをこちらの世界に連れてきたってわけ」
そこまで一息に説明すると、ふああ、とルーナさんは大きく伸びをした。絶句して立ち尽くす私に微笑みかけ、花畑の上に横座りする。
すかさず膝に載ってきたシーナちゃんを撫でながら、挑戦的な眼差しで私を見上げた。
「ねえ、シーナ。これを聞いて、あなたはどうしたいと思った? たとえその先に待つのが確実な死だとわかっていても、あなたは帰ることを望むのかしら」
「……っ」
心臓を射抜かれた心地がして、息を呑む。
ぐるぐると目眩がしてきて、私はぎゅっと目をつぶった。頭の芯がしびれたみたいに働かない。
真っ暗闇の世界の中で、ルーナさんの声だけが楽しげに響く。
「全くの別世界で生きる覚悟があるというのなら、わたくしは次の『月の巫女』はあなたに決めてあげる。さっき教えてあげたでしょう? 月の巫女になれば人々の尊敬を集められ、一生何不自由なく暮らせるのよ」
「…………」
「今までの月の巫女とは、こんなふうに会話したことはなかったわ。シーナはとっても面白くって刺激的。いっぺんで気に入っちゃった。あなたになら、わたくしの名を利用することも許してあげ――」
「ルーナさん」
かすれた声で彼女の名を呼べば、彼女はピタリとさえずるのをやめた。
唇が震える。ちょっと声を出しただけで泣き出しそう。
けれど私は、お腹に力を入れて必死で踏みとどまる。
先をうながすように黙り込むルーナさんに、深々と頭を下げた。
「……私を助けてくれて、ありがとうございました」
そう。
――ありがとう、だ。
だって私は、まだ死にたくない。
たとえもう二度と家族と会えないとしても、心配をかけてしまった友達に謝れないとしても、職場の皆に迷惑をかけたとしても、それでもやっぱり死にたくない。
人と楽しく笑い合って、触れ合いたい。おいしいごはんや甘いお菓子が食べたい。一日たくさん頑張ったご褒美に、ふかふかなベッドでゆっくり眠りたい。
(まだまだこれからも、私は生きていたい……っ)
昔から諦めの早い私だけど、今回ばかりは諦めたくない。
だって、せっかく助かった命なんだから。
こぼれ落ちそうになった涙を乱暴にぬぐって、泣き笑いの顔でガッツポーズを決める。
「月の巫女、喜んで引き受けます。そしてそして、ルーナさんの威光を笠に着まくって、この世界でしあわせになってみせる!」
約束します、と笑えば、ルーナさんもくすぐったそうに頷いた。ふんわりと羽根のように立ち上がり、優しく私を抱き締める。
「偉いわ、シーナ。まだまだ課題は山積みだけれど、逆境にへこたれないあなたなら絶対に大丈夫。このわたくしが保証してあげる」
「ルーナさん……っ」
温かな言葉に、とうとう我慢が切れて声を上げて泣き出した。
しゃくりあげる私の背中を叩くと、ルーナさんは聖母のように微笑み――そして。
「それじゃあシーナ。月の巫女になるためにも、まずは呪いを解くのを頑張りなさいな。今はあなたの精神だけを天上世界に呼んだから、人間に戻ったみたいに見えるけど。下界に行けばまた、ぽえぽえシーナ・ルーちゃんに逆戻りだからね」
「へ?」
呪い。
呪い――呪いッ!?
そうだ、それがあったんだ!!
爆弾発言にハッとして、私はルーナさんから勢いよく離れた。
「ルーナさん! それって!」
「ええ。わたくしもシーナが来て初めて知ったのだけれどね? どうやら別の世界の人間には、魔素への耐性が全くないみたいなの。うふふ。シーナったらこの世界に落ちた瞬間に、息が詰まってまた死にかけたのよ? わたくし思わず笑っちゃったわ~」
笑いごとと違ーう!!
ってことは、何?
私は山で転んで死にかけて、魔素のせいで窒息して死にかけて、熊モドキに襲われて死にかけて、一刀両断男の鋭い眼光で死にかけたってこと?
いくらなんでも死にかけすぎだろ!!
うがぁっと頭を抱えこむ私をよそに、ルーナさんはけらけらと笑う。
「それでね、この世界の生き物になるようシーナに呪いをかけたのよ。あ、他者を変身させる魔法は呪いに分類されるんだけど、あなたを助けるためだったから許してちょうだいね?」
「それは別にいいんですけどっ。じゃあじゃあ、私は一生シーナちゃんのままなんですかぁ!?」
「ううん、月夜の晩には呪いが解けるわ。あ、でも人間に戻ったらまた窒息死すると思うけど」
駄目じゃん!
口をぱくぱくさせるだけの私に、ルーナさんは「安心して!」ととびっきりの笑顔を向けた。
「呪いを強めて、人間に戻れないようにしておくわ。ほら」
額にすんなりした長い指を当てられて、一瞬そこがしびれたみたいになる。すぐに指は離れ、私は疑わしく彼女を見上げた。
「……本当に、これでもう大丈夫なんですか?」
「本当だってば。……ああでも、月夜には呪いの枷がゆるむから、あなたが望めば人間に戻ることはできる。その場合は自分でしっかり調整して、息絶える前にきちんとシーナ・ルーに戻らなきゃ駄目よ」
「え、ええ? と、いうことは、つまり……?」
私は唇を噛んで考え込む。
月夜の晩にシーナちゃんから椎名深月に華麗に変身して、ほら私は本当は人間なんだよって一刀両断男たちに証明して、別の世界の人間だけどもう帰れないのって説明して、意地悪と変態の巣窟な聖堂は嫌だーって泣き落として、魔素で息が詰まる前に再びシーナちゃんに戻ればいいわけね?
いや難易度たっっっか。
「うっかり手遅れで死んだら馬鹿みたいー! どうしよ、制限時間はきっと短いんだよね!? 何から伝えるべきか、紙に書き出しとかないとー!」
大騒ぎする私を、ルーナさんはなぜかとろんとした顔で眺めた。ふあ、と大あくびして、力なく手をひらひらさせる。
「がんばって~……。ああ、わたくし、もうだめ。今の呪いがとどめだったわ。くたびれて、今にも眠りそう……」
「へっ!?」
「本当は、最初にシーナを呪ったときに一度力尽きちゃったのよね……。別の世界と道を繋げるのも、別の世界の人間を連れてくるのも、思った以上に大変だったわ……。だから森にシーナを放置して、天上世界に戻っちゃったんだけど。……ね、だからもう寝ていーい?」
ええー!
ちょっとちょっと、困るよ! これからどうしたらいいかとか、呪いを解く方法とか、ちゃんと教えてからお休みなさいして!?
青くなる私をへにゃりと笑い、ルーナさんはトンと軽く私の肩を押した。
「よくって、シーナ? 人間に戻りたいのなら、緋の王子の側から片時も離れては駄目。呪いを解く鍵は、緋の王子の持つ特異性に……、ふあああ」
「えっ、なんて!?」
緋の王子!?
それって一刀両断男のこと!?
尻もちをつくかと思ったのに、いつの間にやら足元の花畑が消失していた。
真っ暗な穴に体が投げ出され、伸ばした手が空をかく。
「きゃああっ!? ルーナさっ」
「緋にょ王子にょ、ふにゃらら、もごもご、ふにゃあ~」
いやシャキッと説明せんかーーーいっ!!
全力で突っ込んだ声さえも、闇の中に吸い込まれるようにして消えていった。
異世界へと繋がった『道』に、落ちていく娘を引っ張り込んだ。
己の領域内に入れさえすれば、後は神の裁量でどうとでも扱えるから。
「そうしてまずは、気を失った娘の怪我を癒やしたわ。泥で汚れた体も魔法で綺麗にしてあげた。美人とまでは言えないけれど、まあまあ見られる顔立ちをしていたわね。わたくしはすっかり己の仕事ぶりに満足して……それから、はたと困ったの」
あらまあ、どうしましょ?
この子を元の世界に戻したら、その瞬間に谷底に落ちて死んでしまうわ。
「せっかく助けたのに、それじゃあもったいないじゃない? だから仕方なく、わたくしはあなたをこちらの世界に連れてきたってわけ」
そこまで一息に説明すると、ふああ、とルーナさんは大きく伸びをした。絶句して立ち尽くす私に微笑みかけ、花畑の上に横座りする。
すかさず膝に載ってきたシーナちゃんを撫でながら、挑戦的な眼差しで私を見上げた。
「ねえ、シーナ。これを聞いて、あなたはどうしたいと思った? たとえその先に待つのが確実な死だとわかっていても、あなたは帰ることを望むのかしら」
「……っ」
心臓を射抜かれた心地がして、息を呑む。
ぐるぐると目眩がしてきて、私はぎゅっと目をつぶった。頭の芯がしびれたみたいに働かない。
真っ暗闇の世界の中で、ルーナさんの声だけが楽しげに響く。
「全くの別世界で生きる覚悟があるというのなら、わたくしは次の『月の巫女』はあなたに決めてあげる。さっき教えてあげたでしょう? 月の巫女になれば人々の尊敬を集められ、一生何不自由なく暮らせるのよ」
「…………」
「今までの月の巫女とは、こんなふうに会話したことはなかったわ。シーナはとっても面白くって刺激的。いっぺんで気に入っちゃった。あなたになら、わたくしの名を利用することも許してあげ――」
「ルーナさん」
かすれた声で彼女の名を呼べば、彼女はピタリとさえずるのをやめた。
唇が震える。ちょっと声を出しただけで泣き出しそう。
けれど私は、お腹に力を入れて必死で踏みとどまる。
先をうながすように黙り込むルーナさんに、深々と頭を下げた。
「……私を助けてくれて、ありがとうございました」
そう。
――ありがとう、だ。
だって私は、まだ死にたくない。
たとえもう二度と家族と会えないとしても、心配をかけてしまった友達に謝れないとしても、職場の皆に迷惑をかけたとしても、それでもやっぱり死にたくない。
人と楽しく笑い合って、触れ合いたい。おいしいごはんや甘いお菓子が食べたい。一日たくさん頑張ったご褒美に、ふかふかなベッドでゆっくり眠りたい。
(まだまだこれからも、私は生きていたい……っ)
昔から諦めの早い私だけど、今回ばかりは諦めたくない。
だって、せっかく助かった命なんだから。
こぼれ落ちそうになった涙を乱暴にぬぐって、泣き笑いの顔でガッツポーズを決める。
「月の巫女、喜んで引き受けます。そしてそして、ルーナさんの威光を笠に着まくって、この世界でしあわせになってみせる!」
約束します、と笑えば、ルーナさんもくすぐったそうに頷いた。ふんわりと羽根のように立ち上がり、優しく私を抱き締める。
「偉いわ、シーナ。まだまだ課題は山積みだけれど、逆境にへこたれないあなたなら絶対に大丈夫。このわたくしが保証してあげる」
「ルーナさん……っ」
温かな言葉に、とうとう我慢が切れて声を上げて泣き出した。
しゃくりあげる私の背中を叩くと、ルーナさんは聖母のように微笑み――そして。
「それじゃあシーナ。月の巫女になるためにも、まずは呪いを解くのを頑張りなさいな。今はあなたの精神だけを天上世界に呼んだから、人間に戻ったみたいに見えるけど。下界に行けばまた、ぽえぽえシーナ・ルーちゃんに逆戻りだからね」
「へ?」
呪い。
呪い――呪いッ!?
そうだ、それがあったんだ!!
爆弾発言にハッとして、私はルーナさんから勢いよく離れた。
「ルーナさん! それって!」
「ええ。わたくしもシーナが来て初めて知ったのだけれどね? どうやら別の世界の人間には、魔素への耐性が全くないみたいなの。うふふ。シーナったらこの世界に落ちた瞬間に、息が詰まってまた死にかけたのよ? わたくし思わず笑っちゃったわ~」
笑いごとと違ーう!!
ってことは、何?
私は山で転んで死にかけて、魔素のせいで窒息して死にかけて、熊モドキに襲われて死にかけて、一刀両断男の鋭い眼光で死にかけたってこと?
いくらなんでも死にかけすぎだろ!!
うがぁっと頭を抱えこむ私をよそに、ルーナさんはけらけらと笑う。
「それでね、この世界の生き物になるようシーナに呪いをかけたのよ。あ、他者を変身させる魔法は呪いに分類されるんだけど、あなたを助けるためだったから許してちょうだいね?」
「それは別にいいんですけどっ。じゃあじゃあ、私は一生シーナちゃんのままなんですかぁ!?」
「ううん、月夜の晩には呪いが解けるわ。あ、でも人間に戻ったらまた窒息死すると思うけど」
駄目じゃん!
口をぱくぱくさせるだけの私に、ルーナさんは「安心して!」ととびっきりの笑顔を向けた。
「呪いを強めて、人間に戻れないようにしておくわ。ほら」
額にすんなりした長い指を当てられて、一瞬そこがしびれたみたいになる。すぐに指は離れ、私は疑わしく彼女を見上げた。
「……本当に、これでもう大丈夫なんですか?」
「本当だってば。……ああでも、月夜には呪いの枷がゆるむから、あなたが望めば人間に戻ることはできる。その場合は自分でしっかり調整して、息絶える前にきちんとシーナ・ルーに戻らなきゃ駄目よ」
「え、ええ? と、いうことは、つまり……?」
私は唇を噛んで考え込む。
月夜の晩にシーナちゃんから椎名深月に華麗に変身して、ほら私は本当は人間なんだよって一刀両断男たちに証明して、別の世界の人間だけどもう帰れないのって説明して、意地悪と変態の巣窟な聖堂は嫌だーって泣き落として、魔素で息が詰まる前に再びシーナちゃんに戻ればいいわけね?
いや難易度たっっっか。
「うっかり手遅れで死んだら馬鹿みたいー! どうしよ、制限時間はきっと短いんだよね!? 何から伝えるべきか、紙に書き出しとかないとー!」
大騒ぎする私を、ルーナさんはなぜかとろんとした顔で眺めた。ふあ、と大あくびして、力なく手をひらひらさせる。
「がんばって~……。ああ、わたくし、もうだめ。今の呪いがとどめだったわ。くたびれて、今にも眠りそう……」
「へっ!?」
「本当は、最初にシーナを呪ったときに一度力尽きちゃったのよね……。別の世界と道を繋げるのも、別の世界の人間を連れてくるのも、思った以上に大変だったわ……。だから森にシーナを放置して、天上世界に戻っちゃったんだけど。……ね、だからもう寝ていーい?」
ええー!
ちょっとちょっと、困るよ! これからどうしたらいいかとか、呪いを解く方法とか、ちゃんと教えてからお休みなさいして!?
青くなる私をへにゃりと笑い、ルーナさんはトンと軽く私の肩を押した。
「よくって、シーナ? 人間に戻りたいのなら、緋の王子の側から片時も離れては駄目。呪いを解く鍵は、緋の王子の持つ特異性に……、ふあああ」
「えっ、なんて!?」
緋の王子!?
それって一刀両断男のこと!?
尻もちをつくかと思ったのに、いつの間にやら足元の花畑が消失していた。
真っ暗な穴に体が投げ出され、伸ばした手が空をかく。
「きゃああっ!? ルーナさっ」
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