37 / 101
35.泣きたいぐらい、温かい
『シーナッ!!』
夢現に、ヴィクターの悲痛な叫びが聞こえた気がした。
(ヴィクター……)
ごめん。
ごめんね……。
シーナちゃんの時には散々世話になっておきながら、いざ人間に戻ったら近寄らないでと拒絶する。
息が詰まって苦しくて、涙があふれて。それでも私なんかより、ヴィクターの方がずっとずっと傷ついているように見えたんだ。
(ヴィクターと、話がしたいな……)
時間制限なんか気にせずに、これまでに起こった出来事を洗いざらい彼にしゃべりたい。
それからそれから、毎日ロッテンマイヤーさんが持たせてくれるおやつが楽しみなんだとか、嫌いな書類仕事をしてる時のヴィクターのしかめっ面ひどいよとか、剣の稽古をしてる時が一番楽しそうだよねとか。他愛もない話だってたくさんしたいのに。
ぷぇ、と鳴き声がこぼれ落ちる。
声を上げて泣きたいのに、涙が出ない。だってシーナちゃんは泣けないから。
(苦しいよ……)
泣ければ、少しは楽になるのかな。
ヴィクターに謝れたら、この心も軽くなるんだろうか。
体が石になってしまったみたいに重くて、動けない。底なし沼の中を、深く深く沈んでいく。
悪夢の中でもがくように手足を動かして、そして――……
「ぱ、ぇ……?」
ぼんやりと目を開ける。
小さくって、もふもふ毛むくじゃらの可愛い手。私はまた、シーナちゃんに戻ってた。
しゅんと鼻をすすり、寝かされていたベッドからよろめきながら起き上がる。悲しくて情けなくって、自分を痛めつけるみたいに乱暴に目をこすった。
「……目が覚めたか」
静かな声が聞こえ、はっと体を固くする。
どうやらまだ夜のようで、辺りは真っ暗だった。それでも闇に慣れた目が、隣で横になるヴィクターの姿を映し出す。
(……あ……)
ずき、と胸が痛んだ。
大急ぎで彼から目を逸らし――逃げては駄目なんだと、すぐに自分に言い聞かせる。
ありったけの勇気を振り絞り、ヴィクターに向かって手を伸ばした。ごめんなさい、と心の中で何度も謝罪する。
てっきり怒っているものと思っていたのに、ヴィクターは凪いだ瞳で私を見ていた。ふっと息を吐くと、不意に大きな手で私の体を引き寄せる。
あっと思った時にはもう、ヴィクターの胸にきつく抱き締められていた。
「ぱ、ぱぇぱぁ……っ?」
動揺する私に、ヴィクターは「寝ろ」と端的に告げる。……へっ?
ヴィクターの腕の中でもぞもぞと身動きして、伸び上がるように彼を見上げた。すかさずヴィクターが私の頭を押さえつける。
「いいから、寝ろ。夜中にぐずぐずと思い悩んだところで、ろくな結果にならん。まず、休め。そして朝になったら好きなだけ飯を食え」
話はそれからだ。
怒ったみたいな声で言い聞かせるのに、本当は全然怒っていないのがわかる。だって今の私は、怖がりな聖獣シーナちゃんなのだ。だからそのぐらい、お見通しなんだから……。
「……っ。ぱ、ぅっ」
胸が詰まって言葉が出なくて、私はただ何度もこくこくと頷いた。小さな手を握り、必死で彼にしがみつく。
この感情は何だろう。
苦しいのに、つらくない。泣きたいのに、悲しくない。ヴィクターの温かな胸の中、ぎゅううと目を閉じた。
「……しっぽが、揺れてる」
不意にヴィクターがぼそりと呟く。えっ?
驚いて体をひねると、確かにしっぽがぱったぱったと左右に揺れていた。う、うわわっ!?
えぇと確か犬って、嬉しい時にしっぽを振るんだっけ。いや私は、シーナちゃんは犬じゃないんだけど。でもでもっ。
(は、恥ずかしすぎるっ!)
――そうだ。私、嬉しいんだ。
人間だったらきっと真っ赤になっているところ。ヴィクターの胸に顔をうずめ、ぱうぅと悶える。
頭上から、くくっと押し殺した笑い声が聞こえた。いや笑わないでよ!
恥ずかしくて腹が立って、ぽふぽふ力まかせに彼を殴りつける。
ヴィクターは体を震わせると、なだめるように私を撫でた。そのらしくもなく優しい手つきに、体から徐々に力が抜けていく。
「ぱあぁ……」
大きく息を吸い、目を閉じた。
自分でもびっくりするぐらい気持ちが軽くなって、羽が生えたみたいにふわふわする。すり、と最後に頬ずりをして、心地いい睡魔に身をゆだねた。
夢現に、ヴィクターの悲痛な叫びが聞こえた気がした。
(ヴィクター……)
ごめん。
ごめんね……。
シーナちゃんの時には散々世話になっておきながら、いざ人間に戻ったら近寄らないでと拒絶する。
息が詰まって苦しくて、涙があふれて。それでも私なんかより、ヴィクターの方がずっとずっと傷ついているように見えたんだ。
(ヴィクターと、話がしたいな……)
時間制限なんか気にせずに、これまでに起こった出来事を洗いざらい彼にしゃべりたい。
それからそれから、毎日ロッテンマイヤーさんが持たせてくれるおやつが楽しみなんだとか、嫌いな書類仕事をしてる時のヴィクターのしかめっ面ひどいよとか、剣の稽古をしてる時が一番楽しそうだよねとか。他愛もない話だってたくさんしたいのに。
ぷぇ、と鳴き声がこぼれ落ちる。
声を上げて泣きたいのに、涙が出ない。だってシーナちゃんは泣けないから。
(苦しいよ……)
泣ければ、少しは楽になるのかな。
ヴィクターに謝れたら、この心も軽くなるんだろうか。
体が石になってしまったみたいに重くて、動けない。底なし沼の中を、深く深く沈んでいく。
悪夢の中でもがくように手足を動かして、そして――……
「ぱ、ぇ……?」
ぼんやりと目を開ける。
小さくって、もふもふ毛むくじゃらの可愛い手。私はまた、シーナちゃんに戻ってた。
しゅんと鼻をすすり、寝かされていたベッドからよろめきながら起き上がる。悲しくて情けなくって、自分を痛めつけるみたいに乱暴に目をこすった。
「……目が覚めたか」
静かな声が聞こえ、はっと体を固くする。
どうやらまだ夜のようで、辺りは真っ暗だった。それでも闇に慣れた目が、隣で横になるヴィクターの姿を映し出す。
(……あ……)
ずき、と胸が痛んだ。
大急ぎで彼から目を逸らし――逃げては駄目なんだと、すぐに自分に言い聞かせる。
ありったけの勇気を振り絞り、ヴィクターに向かって手を伸ばした。ごめんなさい、と心の中で何度も謝罪する。
てっきり怒っているものと思っていたのに、ヴィクターは凪いだ瞳で私を見ていた。ふっと息を吐くと、不意に大きな手で私の体を引き寄せる。
あっと思った時にはもう、ヴィクターの胸にきつく抱き締められていた。
「ぱ、ぱぇぱぁ……っ?」
動揺する私に、ヴィクターは「寝ろ」と端的に告げる。……へっ?
ヴィクターの腕の中でもぞもぞと身動きして、伸び上がるように彼を見上げた。すかさずヴィクターが私の頭を押さえつける。
「いいから、寝ろ。夜中にぐずぐずと思い悩んだところで、ろくな結果にならん。まず、休め。そして朝になったら好きなだけ飯を食え」
話はそれからだ。
怒ったみたいな声で言い聞かせるのに、本当は全然怒っていないのがわかる。だって今の私は、怖がりな聖獣シーナちゃんなのだ。だからそのぐらい、お見通しなんだから……。
「……っ。ぱ、ぅっ」
胸が詰まって言葉が出なくて、私はただ何度もこくこくと頷いた。小さな手を握り、必死で彼にしがみつく。
この感情は何だろう。
苦しいのに、つらくない。泣きたいのに、悲しくない。ヴィクターの温かな胸の中、ぎゅううと目を閉じた。
「……しっぽが、揺れてる」
不意にヴィクターがぼそりと呟く。えっ?
驚いて体をひねると、確かにしっぽがぱったぱったと左右に揺れていた。う、うわわっ!?
えぇと確か犬って、嬉しい時にしっぽを振るんだっけ。いや私は、シーナちゃんは犬じゃないんだけど。でもでもっ。
(は、恥ずかしすぎるっ!)
――そうだ。私、嬉しいんだ。
人間だったらきっと真っ赤になっているところ。ヴィクターの胸に顔をうずめ、ぱうぅと悶える。
頭上から、くくっと押し殺した笑い声が聞こえた。いや笑わないでよ!
恥ずかしくて腹が立って、ぽふぽふ力まかせに彼を殴りつける。
ヴィクターは体を震わせると、なだめるように私を撫でた。そのらしくもなく優しい手つきに、体から徐々に力が抜けていく。
「ぱあぁ……」
大きく息を吸い、目を閉じた。
自分でもびっくりするぐらい気持ちが軽くなって、羽が生えたみたいにふわふわする。すり、と最後に頬ずりをして、心地いい睡魔に身をゆだねた。
あなたにおすすめの小説
目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした
エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ
女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。
過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。
公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。
けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。
これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。
イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん)
※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。
※他サイトにも投稿しています。
死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話
みっしー
恋愛
病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。
*番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!
キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる
藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。
将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。
入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。
セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。
家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。
得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。
【完結】竜王の息子のお世話係なのですが、気付いたら正妻候補になっていました
七鳳
恋愛
竜王が治める王国で、落ちこぼれのエルフである主人公は、次代の竜王となる王子の乳母として仕えることになる。わがままで甘えん坊な彼に振り回されながらも、成長を見守る日々。しかし、王族の結婚制度が明かされるにつれ、彼女の立場は次第に変化していく。
「お前は俺のものだろ?」
次第に強まる独占欲、そして彼の真意に気づいたとき、主人公の運命は大きく動き出す。異種族の壁を超えたロマンスが紡ぐ、ほのぼのファンタジー!
※恋愛系、女主人公で書くのが初めてです。変な表現などがあったらコメント、感想で教えてください。
※全60話程度で完結の予定です。
※いいね&お気に入り登録励みになります!
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
婚約破棄された没落寸前の公爵令嬢ですが、なぜか隣国の最強皇帝陛下に溺愛されて、辺境領地で幸せなスローライフを始めることになりました
六角
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、王立アカデミーの卒業パーティーで、長年の婚約者であった王太子から突然の婚約破棄を突きつけられる。
「アリアンナ! 貴様との婚約は、今この時をもって破棄させてもらう!」
彼の腕には、可憐な男爵令嬢が寄り添っていた。
アリアンナにありもしない罪を着せ、嘲笑う元婚約者と取り巻きたち。
時を同じくして、実家の公爵家にも謀反の嫌疑がかけられ、栄華を誇った家は没落寸前の危機に陥ってしまう。
すべてを失い、絶望の淵に立たされたアリアンナ。
そんな彼女の前に、一人の男が静かに歩み寄る。
その人物は、戦場では『鬼神』、政務では『氷帝』と国内外に恐れられる、隣国の若き最強皇帝――ゼオンハルト・フォン・アドラーだった。
誰もがアリアンナの終わりを確信し、固唾をのんで見守る中、絶対君主であるはずの皇帝が、おもむろに彼女の前に跪いた。
「――ようやくお会いできました、私の愛しい人。どうか、この私と結婚していただけませんか?」
「…………え?」
予想外すぎる言葉に、アリアンナは思考が停止する。
なぜ、落ちぶれた私を?
そもそも、お会いしたこともないはずでは……?
戸惑うアリアンナを意にも介さず、皇帝陛下の猛烈な求愛が始まる。
冷酷非情な仮面の下に隠された素顔は、アリアンナにだけは蜂蜜のように甘く、とろけるような眼差しを向けてくる独占欲の塊だった。
彼から与えられたのは、豊かな自然に囲まれた美しい辺境の領地。
美味しいものを食べ、可愛いもふもふに癒やされ、温かい領民たちと心を通わせる――。
そんな穏やかな日々の中で、アリアンナは凍てついていた心を少しずつ溶かしていく。
しかし、彼がひた隠す〝重大な秘密〟と、時折見せる切なげな表情の理由とは……?
これは、どん底から這い上がる令嬢が、最強皇帝の重すぎるほどの愛に包まれながら、自分だけの居場所を見つけ、幸せなスローライフを築き上げていく、逆転シンデレラストーリー。
【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。
和島逆
ファンタジー
七年前、私は異世界に転移した。
黒髪黒眼が忌避されるという、日本人にはなんとも生きにくいこの世界。
私の願いはただひとつ。目立たず、騒がず、ひっそり平和に暮らすこと!
薬師助手として過ごした静かな日々は、ある日突然終わりを告げてしまう。
そうして私は自分の居場所を探すため、ちょっぴり残念なイケメンと旅に出る。
目指すは平和で平凡なハッピーライフ!
連れのイケメンをしばいたり、トラブルに巻き込まれたりと忙しい毎日だけれど。
この異世界で笑って生きるため、今日も私は奮闘します。
*他サイトでの初投稿作品を改稿したものです。
婚約破棄されたので田舎の一軒家でカフェを開くことにしました。楽しく自由にしていたら居心地が良いとS級冒険者達が毎日通い詰めるようになりました
緋月らむね
ファンタジー
私はオルレアン侯爵令嬢のエルティア。十四歳の頃、家の階段を踏み外して頭を打った衝撃で前世を思い出した。
前世での名前は坂島碧衣(さかしまあおい)。祖父母の引退後、祖父母の経営していた大好きなカフェを継ぐつもりでいたのに就職先がブラック企業で過労の挙句、継ぐ前に死んでしまった。そして、自分が息抜きでやっていた乙女ゲーム「星屑のカンパニー」の悪役令嬢、オルレアン侯爵令嬢エルティアに転生してることに気がついた。
エルティアは18歳の舞踏会で婚約破棄を言い渡される。それだけならまだしも、婚約者から悪役令嬢として断罪され、婚約破棄され、父親から家を追い出され、よからぬ輩に襲われて殺される。
前世だってやりたかったことができずに死んでしまったのに、転生してもそんな悲惨な人生を送るなんて、たまったもんじゃない!!それなら私は前世継ごうと思っていた祖父母のやっていたようなカフェを開いて楽しく自由な人生を送りたい。
そして私は王都と実家を飛び出して森が開けた自然豊かな場所で念願のカフェを侍女のシサとともに開くことができた。
森が開けた自然豊かな場所で楽しく自由にカフェをやっていたら、個性豊かなS級冒険者たちが常連として私のカフェにやってくるようになりました!