ぐうたら姫は、ただいま獣の陛下と婚約中

和島逆

文字の大きさ
43 / 87
第三章

第42話 それぞれの贈り物事情。

しおりを挟む
「そうだリリアーナ姫! その調子で力の限り混ぜるのだ!」

「はい師匠っ! 美味しくなぁれーーーっ!!」

 反復練習とは大事なようで。

 二日にいっぺんとはいえ、私はだんだんとクッキー作り(と熱血師匠)に慣れてきて、最初ほどバターを混ぜるのに苦労しなくなってきた。
 バターさえ混ぜてしまえばクッキーは九割方完成したも同然、というヴィルの言葉にも嘘はなく、このところは安定して美味しいクッキーが焼けるようになった。

 クッキーを盛った籠を抱えて、鼻歌交じりに厨房を後にする。一枚つまんでひょいと口に入れた。うん、私天才。

 ……でも、さすがに飽きてきたわ。

 はあ、と嘆息して籠を揺らした。

「問題はこの試作品の山よね……。本番を迎える前に、メイベル達に食べてもらうわけにもいかないし。と、いうか」

 いい加減、ガイウス陛下に何を贈るか決めなければ。

 他の皆と同じでクッキーというわけにはいかないだろう。彼は私の婚約者なのだから。

(……それに)

 なんとなく、彼には形に残るものをあげたい気がするのだ。
 獣型ならばたてがみを膨らませて、人型ならば顔を真っ赤にして喜んでくれるに違いない。きっとずっと大事にしてくれると思う。

 想像するだけで我知らず顔が緩んでしまう。
 ほわほわと笑いながら廊下を歩いた。そう、そのためにも何を贈るか早く決めなければ。

 彼が喜んでくれるもの、彼の欲しがっているもの――……

「…………」

 歩調がだんだんとゆっくりになり、やがてピタリと歩みを止めた。
 楽しい気分が跡形もなく消えてゆく。

 ガイウス陛下が何より求めているもの。

 それが何かを私は知っている。けれど、あげることなど到底不可能だ。

(精霊が見える、『眼』……)

 きゅっと唇を噛み締める。そのまま廊下の壁にもたれかかり――

「お~、お姫様じゃないかぁ~」

 のんびりした声が聞こえて、はっと意識をこの場に戻した。慌てて周囲を見回すと、窓の外から庭師のサイラスが嬉しそうに手を振っていた。

「あら、サイラス! ……あ」

 彼の髭もじゃの顔と、籠の中のクッキーとを見比べる。にんまり笑って廊下の窓から身を乗り出した。

「サイラス、ちょっとこれ持ってて! よいしょっ」

 クッキーの籠を彼に託し、いつぞやのように窓枠を乗り越える。二度目ともなれば慣れたもので、軽やかに地面に降り立った。

 その途端、冷たい空気にくしゃみが飛び出してしまう。

「くしゅっ……! さ、寒いわね……」

 ガチガチ震える私に、サイラスがすかさず自分のマフラーをはずして私に巻き付けてくれた。ほっかりした温かさに安堵の吐息をつく。

 マフラーを握り締め、彼に笑いかけた。

「ありがとう。あのね、サイラス」

「お姫様、話は後だぁ。こっちこっち!」

 ぐいぐい腕を引かれて導かれるまま、王城から離れた庭園の片隅へと移動した。大木の陰に隠れるようにして、丸太小屋が一軒ぽつりと立っている。

「王城庭師の休憩小屋だぁ。暖炉があるからぬくいぞ」

「へえ……。お邪魔しまーす」

 扉を開けた途端、サイラスの言葉通りぱちぱちと踊る暖炉の炎が見えた。包み込まれるような柔らかな暖気に、誘われるようにして中に足を踏み入れる。

 丸太小屋は外から見たときよりも広々していて、こざっぱりと片付いていた。暖炉の前には座り心地のよさそうな揺り椅子まである。

 嬉しさにくるりと一回転してサイラスを振り返った。

「ね、サイラス。あの椅子に座ってもい――……きゃっ!?」

「お姫様ぁ!?」

 床に散らばっていた何かを踏んづけて、危うく転びそうになってしまう。サイラスが慌てたように手を伸ばして支えてくれた。

「び、びっくりした……! ごめんなさい――ん?」

 床に落ちていた木切れを拾い上げる。どうやらこれにつまずいてしまったらしい。

 ゴツゴツした触り心地のそれは単なる木切れではなく、ぐるぐるととぐろを巻いたような不思議な意匠をしていた。これは、もしや――

「……蛇?」

 ようく見ると、木の彫像は口らしき先端からちろりと舌を覗かせていた。荒々しく彫られているものの、どことなく味があって可愛らしい。

「これ、とっても上手に出来てるわ。サイラスが作ったの?」

 弾んだ声音で問い掛ける。
 その途端、ぱっと横から伸びてきた手が私から蛇の像を奪い取った。

「いいえ、作ったのはわたしです。――見てしまいましたね、リリアーナ様」

 沈痛な声に驚いて顔を上げると、宰相エリオットが私を見下ろしていた。作り物のような美しい顔が、今は苦々しげに歪んでいる。

 深々とした嘆息と共に、長いまつ毛を震わせた。

「……せっかく見つからないように、こんな場所でこっそり作っていたのに。新年のお楽しみだったのに。あっと驚き喜ぶ顔が見たかったのに」

 私が目を丸くしている間にも、エリオットは平坦な声で切々と恨み言を並び立てる。……う。これって、もしかしてもしかしなくても……?

「……新年の贈り物だったり、する?」

 上目遣いで問い掛けると、エリオットは微かに首肯した。今度は悲しそうに眉を下げている。

「ごっ、ごめんなさい! 私、決してそんなつもりじゃあ」

「もうよいのです。わざとではないのはわかって――……むっ!?」

 突然、エリオットがカッと目を見開いた。その視線はクッキーが山と盛られた籠に釘付けだ。

 あっと思う間もなく、またもエリオットの腕が伸びてきた。

「クッキーですかリリアーナ様いただきます」
「ちょっ!? 待って待って待って!?」

 止める暇もあらばこそ。

 エリオットはひょいぱくひょいぱくと次々クッキーを口に放り込んでゆく。あら、片付いて良かったわ――……ではなく!

 慌てふためきながら籠を背中に隠した。

「食べちゃ駄目よ、これは新年の贈り物なのっ」

「ですが、リリアーナ様もわたしの贈り物を見たのでお互い様でもぐもぐ。それにこれは端が焦げていまもぐもぐ。失敗作はわたしが全て平らげて差し上げもぐもぐ」

 私の背中にぴったりと張り付いたエリオットは、素晴らしいスピードでクッキーを咀嚼している。サイラスもあんぐりと口を開けて彼を凝視していた。

 私は勢いよく回れ右してエリオットを睨みつける。

「だからって全部食べちゃ駄目っ。サイラスにもあげるんだから! それに立ったまま食べるだなんてお行儀が悪いですっ!!」

 まさか、この私が人様に礼儀作法を説く日がくるなどと。

 内心首をひねりながらも、特大級の雷を落とす私であった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

天才すぎて追放された薬師令嬢は、番のお薬を作っちゃったようです――運命、上書きしちゃいましょ!

灯息めてら
恋愛
令嬢ミーニェの趣味は魔法薬調合。しかし、その才能に嫉妬した妹に魔法薬が危険だと摘発され、国外追放されてしまう。行き場を失ったミーニェは隣国騎士団長シュレツと出会う。妹の運命の番になることを拒否したいと言う彼に、ミーニェは告げる。――『番』上書きのお薬ですか? 作れますよ? 天才薬師ミーニェは、騎士団長シュレツと番になる薬を用意し、妹との運命を上書きする。シュレツは彼女の才能に惚れ込み、薬師かつ番として、彼女を連れ帰るのだが――待っていたのは波乱万丈、破天荒な日々!?

【完結】ハメられて追放された悪役令嬢ですが、爬虫類好きな私はドラゴンだってサイコーです。

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
 やってもいない罪を被せられ、公爵令嬢だったルナティアは断罪される。  王太子であった婚約者も親友であったサーシャに盗られ、家族からも見捨てられてしまった。  教会に生涯幽閉となる手前で、幼馴染である宰相の手腕により獣人の王であるドラゴンの元へ嫁がされることに。  惨めだとあざ笑うサーシャたちを無視し、悲嘆にくれるように見えたルナティアだが、実は大の爬虫類好きだった。  簡単に裏切る人になんてもう未練はない。  むしろ自分の好きなモノたちに囲まれている方が幸せデス。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

処理中です...