ぐうたら姫は、ただいま獣の陛下と婚約中

和島逆

文字の大きさ
49 / 87
第三章

第48話 その先にあるもの。

しおりを挟む
 クッキーの籠を自室に置いた私は、すぐにもう一度部屋を出た。
 花の種の入った包みだけ握り締め、うわの空で歩き続ける。脳裏を占めるのは『精霊の手』を持つと言われる庭師のおじいさん――そして、コハクについて。

 睨むように前方を見据え、唇を噛んで考え込む。

(コハクが嘘をついていた? ……ううん、決めつけるのはよくないわ)

 血が繋がっていないだけで、コハクにとっては実のおじいさんも同様という可能性だってある。
 よしんば彼が嘘をついていたとしても――きっと何か事情があるに違いない。

 重苦しく嘆息して、のろのろと足を止めた。そのまま冷たい壁に寄りかかる。

(……だけど……)

 それ以外にも、おかしなことはあった。

 ガイウス陛下との城下町デートで初めて知った。――獣人は人型をとっているとき、耳やしっぽなど生やせはしないのだと。

 コハクにはいつだってうさぎの耳が生えていた。私は獣人について詳しく知らなかったから、疑問に思ったことなんて一度もなかったけれど。

「…………」

「リリアーナ?」

 はっと顔を上げると、廊下の曲がり角でガイウス陛下が訝しげに立ち尽くしていた。言葉を失って見返すばかりの私に、きびきびと大股で歩み寄ってくる。

「大丈夫か? どこか具合でも――……」

「いいえっ。何でもありません!」

 大急ぎで笑顔を作って、しゃんと背筋を伸ばした。途端にくしゃみが飛び出してしまい、ぞわりと背筋に悪寒が走る。

 ……いけない、すっかり凍えてしまったみたい。

 震えながらショールをかき合せていると、陛下が牙を剥き出しにした恐ろしい顔になった。荒々しく私を抱き寄せる。

「きゃっ……?」

「リリアーナ、こんなに冷えきって……。すぐに暖めなければっ」

 お姫様抱っこで駆け出した彼の顔をぽかんとして見上げた。そろりそろりと手を伸ばし、手の平いっぱいに彼の服を握り込む。

(……どうしよう)

 やわらかな毛並みに包まれて、ぎゅっと力強く抱き締められて。

 こうしてもらっているだけで暖かいわ、なんて正直に言っては駄目よね。恥ずかしがり屋な彼は、きっとすぐに私を降ろしてしまうに違いないから。

 声を出さずにこっそり笑い、目をつぶる。ふかふかの胸に顔を埋めた。

 伝わってくる優しい心音に、さっきまで感じていた心細さが溶けるように消えていった――……



***


「精霊廟でよかったのか? 執務室ならば暖炉もあるのに」

「平気です。……こっちの方が、暖炉よりもずうっと暖かいもの」

 精霊廟のいつもの場所、階段に並んで腰掛けて。

 ガイウス陛下の大きな体に身を委ねる。
 わざと小さく身震いすると、慌てたように太い腕を回してくれた。温かな腕の中、もぞもぞと動いて収まりのいい位置に落ち着く。

「ふふっ。しあわせ」

 いたずらっぽく見上げると、陛下は途端にぶわわと毛並みを逆立てた。そのまま及び腰になりかけたので、すかさず「くしゅんっ」と聞こえよがしにくしゃみをする。

 狙い通り、陛下はすぐさま私を抱き締めた。しめしめ。

「……リリアーナ。今、しめしめって言わなかったか?」

「あら。もしや声に出てました?」

 わざとらしく目をまんまるに見開くと、陛下は思いっきり脱力する。巨体にのしかかられてきゃあっ悲鳴を上げた。

 くすくす笑いながら、彼の胸に頬を押し当てる。陛下もゆっくりと私の背中を撫でてくれた。

 じんわりした温みが広がっていく。きっと、体だけじゃなくて心がぽかぽかしてるのだ。

 もう一度だけ、すり、と頬ずりして体を離した。深呼吸して陛下を見上げる。

「……あのね。ガイウス陛下」

 まだ小さいのにどこか大人びた、獣人の男の子と精霊廟で出会ったの。
 その子は人型なのにうさぎの耳が生えていて、すべてを見透かすような不思議な瞳をしているわ。
 おじいさんがいるって言っていたのに、それは嘘かもしれないの。

 勇気を出して相談しようとした瞬間、頭の中に声が響いた。


 ――僕のこと、誰にもナイショにしてくれる?


(……コハク……)

「リリアーナ?」

 ガイウス陛下が不思議そうに私の顔を覗き込む。我に返った私は曖昧に微笑んだ。

 小刻みに震える手を伸ばし、懐に入れていた白い包み紙を取り出す。

「……えぇっと、そう。――あのね? 庭師のサイラスから、花の種を貰ったんです」

 ぷにぷにの肉球の上に載せてあげると、陛下は興味津々といった様子で包み紙を開いた。しばし物珍しそうに細長い種を眺め、声を弾ませる。

「そうか、どのような花が咲くか楽しみだな。どこに植えようか?」

「そうね……。春に蒔くよう言われたから、まだ慌てて決めなくても大丈夫だと思うわ。二人で一緒に育てましょうね?」

 肉球の上に手を重ねて笑いかけると、陛下はぴきんとおひげを伸ばして硬直した。すぐにぶんぶんとたてがみを揺らして頷く。

「そっ、そうだな! 二人、二人だけで……」

「ガイウス陛下?」

 急に言葉を止めてしまった彼を不審に思い、そっと肩を揺さぶった。
 それでも無反応なので、今度は鬣に指を絡めて撫でてみる。まだ無反応。
 大胆に体を寄せて、やわらかな毛並みにぐりぐり頭突きする。やっぱり無反応。

「…………」

 だんだん調子に乗ってきた私は、陛下の体に抱き着いたまま人差し指を伸ばした。黒ぐろとした鼻の頭を、電光石火の早業でちょんと突く。

「にゃっ!?」

 素っ頓狂な悲鳴を上げて、ぶるると鬣を震わせた。やったわ、私の勝ちね!

 上機嫌で笑う私を、陛下は恨めしそうな上目遣いで眺めた。無言ですっくと立ち上がったので、慌てて私も腰を上げる。

「ごめんなさい。怒りました?」

「……いや。そうではなく……」

 呟くように答えて、陛下はじっと私を見下ろした。しばしうろうろと視線をさまよわせた挙げ句、ようやっと決意したようにたくましい腕を差し伸べる。

「リリアーナ。誰にも秘密にできる場所が、ひとつだけあるんだ」

 硬い声音でそう告げて、陛下はゆっくりと振り向いた。彼の眼差しを追うと、そこに佇んでいたのは――……

「……扉……?」

 精霊廟の最奥。
 私達の座っていた階段の先にある、びっしりと蔦の絡まる古ぼけた扉。

 ガイウス陛下は固く閉じた扉だけを一心に見据えていた。――あたかも、挑みかかるように。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

天才すぎて追放された薬師令嬢は、番のお薬を作っちゃったようです――運命、上書きしちゃいましょ!

灯息めてら
恋愛
令嬢ミーニェの趣味は魔法薬調合。しかし、その才能に嫉妬した妹に魔法薬が危険だと摘発され、国外追放されてしまう。行き場を失ったミーニェは隣国騎士団長シュレツと出会う。妹の運命の番になることを拒否したいと言う彼に、ミーニェは告げる。――『番』上書きのお薬ですか? 作れますよ? 天才薬師ミーニェは、騎士団長シュレツと番になる薬を用意し、妹との運命を上書きする。シュレツは彼女の才能に惚れ込み、薬師かつ番として、彼女を連れ帰るのだが――待っていたのは波乱万丈、破天荒な日々!?

【完結】ハメられて追放された悪役令嬢ですが、爬虫類好きな私はドラゴンだってサイコーです。

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
 やってもいない罪を被せられ、公爵令嬢だったルナティアは断罪される。  王太子であった婚約者も親友であったサーシャに盗られ、家族からも見捨てられてしまった。  教会に生涯幽閉となる手前で、幼馴染である宰相の手腕により獣人の王であるドラゴンの元へ嫁がされることに。  惨めだとあざ笑うサーシャたちを無視し、悲嘆にくれるように見えたルナティアだが、実は大の爬虫類好きだった。  簡単に裏切る人になんてもう未練はない。  むしろ自分の好きなモノたちに囲まれている方が幸せデス。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

処理中です...