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第二章 家出お嬢様編
18.対峙
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一夜明けて。
セレナの部屋で一緒に朝食を取り、本日のスケジュールを確認する。
「午後から糸目さんにラザロの街を案内するんだよね?」
「ええ。父も糸目男もお昼まで商談で忙しいみたい。街に出掛ける時は、もちろんユキコもついてきてね!」
私は昨日と同じく紺色メイド服を着ている。お嬢様ゆえ、デートの時もメイドが付き添って構わないらしい。どうやってビビらせてやろうかと、今からわくわくしてしまう人の悪い私であった。
「ハンスさんは何か言ってた?」
参謀役の助言が気になり尋ねてみるが、セレナは無言で首を振る。
「……ハンスってば今朝からいないの。私のことが心配じゃないのかしら」
膝を抱えて拗ねている。
それなら私だって、と不満が口をついて出た。
「ディーンのやつ『婚約者が来るまでには戻る』とか言っておいて、全然帰ってこないし! 帰ってきたら一発殴らないと!」
わざと笑いを交えて言って、胸の中に膨らむ不安は見ないふりをした。
(だって、考えたくない……)
何かあったのかも、なんて不吉なこと。
考えてしまったせいで、現実になったらどうすればいい?
首を振り、暗い考えを追い払ったその時。
──コンコン。
ノックの音がして、「失礼します」と扉がゆっくり開いた。
空色の服を着た女性……確か、アイサとかいったか。ハーブティーに薬を入れていたメイドである。
「お嬢様、旦那様がお呼びです。書斎に来るように、と」
アイサを見て顔を引きつらせるセレナ。薬については知らぬふりをするようにハンスさんから言われているので、問い詰めるわけにもいかない。
「すぐに行くわ。──ユキコ、あなたもついてきて頂戴」
書斎に着くと、扉の前にはなぜか糸目成金が立っていた。
戸惑うセレナをうながして中に入ったかと思うと、「君はいい」と言われ目前で扉を閉められた。
「──ちょっと!!」
慌てて扉を開けようとするが、鍵をかけられたようでノブが回らない。扉に耳を付けても、中の会話を聞くことはできなかった。
踵を返し、書斎から離れる。
今すぐハンスさんを探さなくては。
◇
バタバタと邸宅の中を走り回り、手当たり次第に扉を開けた。お金持ちの家は広すぎて、人を探すには厄介だ。心の中で舌打ちをする。
使用人の皆さんがぎょっとしたように私を見るが、もちろん構ってはいられない。
「ハンスさんを見ませんでしたか!?」
私の勢いに押されたように、太ったメイドさんが目を白黒させながらも答えてくれた。
「今朝から出掛けられているようで……まだ戻られていませんよ」
──ああもうっ。ディーンといい、男って肝心なところで役に立たないんだからっ!
こうなったら街を探すしかないと、玄関の扉を開けようとすると。
「……ユキコさん? そんなに慌ててどうしたんです?」
探し人が私を見て目を丸くした。
傍らには見知らぬ初老の男がいる。顔色は悪く目線が定まっていない。えらく挙動不審だ。
「セレナがお父さんに呼ばれて! 私は糸目男に書斎から閉め出されちゃったんです!」
一気にまくしたてた私の言葉に、みるみる顔色を変えるハンスさん。傍らの男の腕をつかむと、引きずるようにして書斎へ向かう。
「旦那様っ! ハンスです!」
お話があります!と書斎の扉を激しくノックするが、中から返答はない。
ハンスさんはしばし無言で扉を見つめ、数歩下がると勢いをつけて激しく扉を蹴った。
ドゴォッ!!
「…………」
主人の書斎のドアを、あんなに蹴ってしまって大丈夫なのか……?
若干引きながら見ていると、扉が開いて中からセレナ父が出てきた。
「うるさいぞっ! 大切な話をしているのに、一体なんのつもりだ!?」
怒りで真っ赤になっている。
しかし、ハンスさんは動じない。
扉を蹴るために一度放していた男の腕を再びつかむと、セレナ父を押しのけて強引に部屋の中に入った。私もちゃっかり後ろに続く。
「……ハンス! ユキコも!」
ソファに座っていたセレナが、私たちを見てほっとしたように顔をほころばせた。
窓の側に立っていた糸目成金が、無表情にこちらを見ると、冷たく言い放つ。
「使用人の分際で無礼な。今すぐ出ていって──……」
突然言葉を失い、はっと瞠目する。見つめているのは……ハンスさんが連れてきた初老の男?
『…………』
初老の男も顔を上げて糸目成金を見る。
そしてひたすら見つめ合うふたり。
えっ何これ。おっさん・ミーツ・おっさん?
「あれ……? クロスナー先生?」
遅れて戻ってきたセレナ父が、男を見て不思議そうに首を傾げた。
「……旦那様。お嬢様の意思を無視して、結婚話を進めたのは何のためです?」
「えっ!? そ、それは……」
唐突に尋ねたハンスさんに、言葉を詰まらせるセレナ父。
困ったように、セレナと初老の男を見比べる。そして意を決したように話し出した。
「実は……わたしは、難しい病にかかっているらしくて……」
「──お父様が、病ですって!? 嘘でしょうっ!?」
悲痛な声を上げるセレナ。
ハンスさんが真剣な顔でうなずいた。
「そうですお嬢様。嘘です」
…………はい?
「う、嘘じゃない。腹の中に質の悪い腫瘍があるらしい。そのせいでずっと下痢も続いて」
「あ、それは単に下剤のせいです。一服盛られているところ、私この目で見ましたよ」
反射的に飛び出した私の言葉に、セレナ父はぽかんとした。
「……ち、違う! わしじゃないっ!」
突然、初老の男が叫び出す。
「わしは病なんて言ってない! ただ腹をじっくり触診して……悲痛な顔で首を横に振っただけだ!」
……そんなことしたら誰だって誤解するだろ……。
やっと状況がつかめてきた。
セレナも顔を険しくして立ち上がる。つかつかと糸目成金の側に行き、強い口調で言い放つ。
「お父様を騙して、ペールマン商会を乗っ取ろうとしてたのね!?」
「……乗っ取る? ひどい言いがかりだな」
セレナの怒りなど歯牙にもかけないように無表情に言う。
「確かにわたしはそちらのクロスナー医師と親交がある。だが彼にそんな依頼をしたことはないし、もちろん君の父上に薬を盛った覚えなどない。──第一」
一度言葉を切り、はっきりと侮蔑の目を向けた。
「ペールマン商会の先代は確かに素晴らしかった。だが二代目はどうだ? 落ち目の商会を乗っ取るために、そんな犯罪まがいな手間などかけると思うかね?」
糸目成金の言葉に、セレナは唇を噛む。
言い返す言葉を探すように、視線を泳がせていると──
「欲しかったのは『ペールマン』の名だろう? クラート商会の悪事がばれる前に、看板だけ掛けかえようとしたわけだ」
驚いて振り返る。
開きっぱなしだった書斎の入口から現れた男を見て。私は彼の名を呼んだ。
「──ディーンっ!?」
セレナの部屋で一緒に朝食を取り、本日のスケジュールを確認する。
「午後から糸目さんにラザロの街を案内するんだよね?」
「ええ。父も糸目男もお昼まで商談で忙しいみたい。街に出掛ける時は、もちろんユキコもついてきてね!」
私は昨日と同じく紺色メイド服を着ている。お嬢様ゆえ、デートの時もメイドが付き添って構わないらしい。どうやってビビらせてやろうかと、今からわくわくしてしまう人の悪い私であった。
「ハンスさんは何か言ってた?」
参謀役の助言が気になり尋ねてみるが、セレナは無言で首を振る。
「……ハンスってば今朝からいないの。私のことが心配じゃないのかしら」
膝を抱えて拗ねている。
それなら私だって、と不満が口をついて出た。
「ディーンのやつ『婚約者が来るまでには戻る』とか言っておいて、全然帰ってこないし! 帰ってきたら一発殴らないと!」
わざと笑いを交えて言って、胸の中に膨らむ不安は見ないふりをした。
(だって、考えたくない……)
何かあったのかも、なんて不吉なこと。
考えてしまったせいで、現実になったらどうすればいい?
首を振り、暗い考えを追い払ったその時。
──コンコン。
ノックの音がして、「失礼します」と扉がゆっくり開いた。
空色の服を着た女性……確か、アイサとかいったか。ハーブティーに薬を入れていたメイドである。
「お嬢様、旦那様がお呼びです。書斎に来るように、と」
アイサを見て顔を引きつらせるセレナ。薬については知らぬふりをするようにハンスさんから言われているので、問い詰めるわけにもいかない。
「すぐに行くわ。──ユキコ、あなたもついてきて頂戴」
書斎に着くと、扉の前にはなぜか糸目成金が立っていた。
戸惑うセレナをうながして中に入ったかと思うと、「君はいい」と言われ目前で扉を閉められた。
「──ちょっと!!」
慌てて扉を開けようとするが、鍵をかけられたようでノブが回らない。扉に耳を付けても、中の会話を聞くことはできなかった。
踵を返し、書斎から離れる。
今すぐハンスさんを探さなくては。
◇
バタバタと邸宅の中を走り回り、手当たり次第に扉を開けた。お金持ちの家は広すぎて、人を探すには厄介だ。心の中で舌打ちをする。
使用人の皆さんがぎょっとしたように私を見るが、もちろん構ってはいられない。
「ハンスさんを見ませんでしたか!?」
私の勢いに押されたように、太ったメイドさんが目を白黒させながらも答えてくれた。
「今朝から出掛けられているようで……まだ戻られていませんよ」
──ああもうっ。ディーンといい、男って肝心なところで役に立たないんだからっ!
こうなったら街を探すしかないと、玄関の扉を開けようとすると。
「……ユキコさん? そんなに慌ててどうしたんです?」
探し人が私を見て目を丸くした。
傍らには見知らぬ初老の男がいる。顔色は悪く目線が定まっていない。えらく挙動不審だ。
「セレナがお父さんに呼ばれて! 私は糸目男に書斎から閉め出されちゃったんです!」
一気にまくしたてた私の言葉に、みるみる顔色を変えるハンスさん。傍らの男の腕をつかむと、引きずるようにして書斎へ向かう。
「旦那様っ! ハンスです!」
お話があります!と書斎の扉を激しくノックするが、中から返答はない。
ハンスさんはしばし無言で扉を見つめ、数歩下がると勢いをつけて激しく扉を蹴った。
ドゴォッ!!
「…………」
主人の書斎のドアを、あんなに蹴ってしまって大丈夫なのか……?
若干引きながら見ていると、扉が開いて中からセレナ父が出てきた。
「うるさいぞっ! 大切な話をしているのに、一体なんのつもりだ!?」
怒りで真っ赤になっている。
しかし、ハンスさんは動じない。
扉を蹴るために一度放していた男の腕を再びつかむと、セレナ父を押しのけて強引に部屋の中に入った。私もちゃっかり後ろに続く。
「……ハンス! ユキコも!」
ソファに座っていたセレナが、私たちを見てほっとしたように顔をほころばせた。
窓の側に立っていた糸目成金が、無表情にこちらを見ると、冷たく言い放つ。
「使用人の分際で無礼な。今すぐ出ていって──……」
突然言葉を失い、はっと瞠目する。見つめているのは……ハンスさんが連れてきた初老の男?
『…………』
初老の男も顔を上げて糸目成金を見る。
そしてひたすら見つめ合うふたり。
えっ何これ。おっさん・ミーツ・おっさん?
「あれ……? クロスナー先生?」
遅れて戻ってきたセレナ父が、男を見て不思議そうに首を傾げた。
「……旦那様。お嬢様の意思を無視して、結婚話を進めたのは何のためです?」
「えっ!? そ、それは……」
唐突に尋ねたハンスさんに、言葉を詰まらせるセレナ父。
困ったように、セレナと初老の男を見比べる。そして意を決したように話し出した。
「実は……わたしは、難しい病にかかっているらしくて……」
「──お父様が、病ですって!? 嘘でしょうっ!?」
悲痛な声を上げるセレナ。
ハンスさんが真剣な顔でうなずいた。
「そうですお嬢様。嘘です」
…………はい?
「う、嘘じゃない。腹の中に質の悪い腫瘍があるらしい。そのせいでずっと下痢も続いて」
「あ、それは単に下剤のせいです。一服盛られているところ、私この目で見ましたよ」
反射的に飛び出した私の言葉に、セレナ父はぽかんとした。
「……ち、違う! わしじゃないっ!」
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「わしは病なんて言ってない! ただ腹をじっくり触診して……悲痛な顔で首を横に振っただけだ!」
……そんなことしたら誰だって誤解するだろ……。
やっと状況がつかめてきた。
セレナも顔を険しくして立ち上がる。つかつかと糸目成金の側に行き、強い口調で言い放つ。
「お父様を騙して、ペールマン商会を乗っ取ろうとしてたのね!?」
「……乗っ取る? ひどい言いがかりだな」
セレナの怒りなど歯牙にもかけないように無表情に言う。
「確かにわたしはそちらのクロスナー医師と親交がある。だが彼にそんな依頼をしたことはないし、もちろん君の父上に薬を盛った覚えなどない。──第一」
一度言葉を切り、はっきりと侮蔑の目を向けた。
「ペールマン商会の先代は確かに素晴らしかった。だが二代目はどうだ? 落ち目の商会を乗っ取るために、そんな犯罪まがいな手間などかけると思うかね?」
糸目成金の言葉に、セレナは唇を噛む。
言い返す言葉を探すように、視線を泳がせていると──
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