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第三章 女装薬師編
27.施療院
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「どこに行くの!? 降ろしてってば!」
男の背中でわめいた。
あれから問答無用でおんぶされて、ルカさんの家から連れ出されたのだ。
「うるせぇっ! 大人しくしてろ!」
一喝されて、あえなく黙り込む。ヤンキーこわい。
しばらく走ると、立派な建物が見えてきた。ぐるりと塀に囲まれており、敷地もかなり広そうだ。
男は迷わず正面から入っていく。
「……ありゃ。何事ですか? ダンさん」
庭で洗い物をしていた女の子が、目を丸くして私たちを見た。茶髪を三つ編みにした、小柄な女の子だ。黒縁の大きな眼鏡をかけている。
「マイカちゃん、怪我人だ。院長先生を呼んでくれ」
マイカと呼ばれた女の子はうなずくと、機敏に立ち上がり駆け出した。
このヤンキー男はダンというらしい。
そしてここは……。
「……施療院?」
「そうだ。診察室に行くぞ」
建物の中に入ろうとする男を慌てて止めた。
私はこの街の住人ではないので、治療は受けられないはずだ。
「黙ってりゃわかんねぇよ。治療費は俺が払うから、いいから行くぞ」
えっ、治療費いいんですかぁ?
……じゃなく。勝手にこんなところに来て、ディーンにバレたら確実に怒られそうだ。想像するだけでげんなりしてしまう。
診察室の椅子に腰掛けて少し待つと、院長先生とやらが入ってきた。
灰褐色の髪の、四十代くらいの柔和そうな男の人だ。院長というから、もっと年配かと思っていた。
「こんにちは。今日はどうされましたか?」
私を見てにっこりと微笑んだ。
病院なんて久しぶりすぎて緊張していたが、優しそうな先生でほっとする。
「二日前に捻挫をしたんですけど、今日また同じ場所を痛めてしまって……」
今日は部屋着のブカブカズボンを履いていたので、右足の裾をまくり上げる。
先生は私の説明にうなずきながら、丁寧に診察してくれた。
「骨は折れてないようですね。お薬を塗って包帯で固定しますから、とにかく安静に!ですよ」
てきぱきと右足の手当てをしてくれるのを、恐縮しつつ眺める。
それまで黙っていた傍らの男が、怪訝そうに言った。
「……お前、なんでフード脱がねぇの? 診察室の中は暖かいだろ」
ぎくりっ。
何か良い言い訳……言い訳……。
「……実は、頭に大きな丸ハゲがありまして……」
それしか思いつかなかった。
リースさんの言葉が頭の中に残っていたのかもしれぬ。
「えええぇっ!?……そっか、余計なこと聞いて悪かった……」
すまなさそうに謝る男。
なんか、こっちの方がゴメン……。
そういうことなら、と院長先生がぽんと手を打った。診察室から出ていき、緑色の液体が入った小瓶を手にして戻ってくる。
「育毛剤です。一日一回、マッサージするように優しく塗ってくださいね。お近付きのしるしに差し上げますよ」
優しく微笑まれ、ぎょっとする。
違うんです!
サラサラの髪は私の唯一の自慢っていうか、最近ではルカさんにも褒められたっていうか!
だからそのお薬は、必要とする人にあげてください!
「……ありがたく使わせていただきます」
言えんかった。
◇
「マイカちゃん。悪いんだけど、こいつ預かっててくんない? 家に送るのに、荷車を借りてくるからさ」
施療院の中の、生活感のある部屋に連れて来られた。
マイカちゃんは山のような洗濯物を取り込んでいる最中だった。
「いいですよ! ダンさん、優しいですねぇ」
にこっと笑う。
……と、男が真っ赤になった。おお?
「べ、別にそんなんじゃねぇし! なるべく早く戻るから待ってろよ!」
後半の台詞は私に言うと、逃げるように部屋から出て行った。ほうほう。
マイカちゃんへと目をやれば、彼女も興味津々に私を見ていた。
「施療院で下働きをしている、マイカっていいます!」
「あ、私はユキコです。よろしくね」
マイカちゃんは十八歳だそうだ。
歳も近いし身長も近いので(といっても私よりは高そうだが)、初対面でもおしゃべりが盛り上がった。
座ったまま、私も洗濯物をたたむのを手伝う。
「──ところで、ダンさんってどういう人なの?」
マイカちゃんに探りを入れた。
なんだか有耶無耶になってしまったが、彼はニフェルを盗んだ容疑者である。マイカちゃんはきょとんとした。
「どういうって……ダンさんは薬師ですよ。施療院に薬を卸してる薬店の息子さんで、毎日じゃないけど施療院の仕事もされてます」
ルカさんの同業者なのか。
一体どういう関係なのだろう。
「おい、帰るぞ」
ヤンキー男が戻ってきたので、私はマイカちゃんに手を振った。
「今日はありがとう! よかったら、また遊びに来てもいいかな?」
「もちろん! あたしもユキコさんとおしゃべりできて楽しかったです」
にこにことうなずいてくれる。
外に出ると、男が私を荷車に乗せてくれた。
先に荷車に積まれているのは……松葉杖のようなもの?
「これを使えば、足にあまり負担をかけなくてすむ。足が治ったら返しに来いよ」
こんなものまで貸してくれるとは。やっぱり、悪いヤツではないのかも。
男がガラガラと荷車を引いて動き出したところで、意を決して問いかけた。
「……ね、どうしてルカさんの畑からニフェルを盗んだの?」
男はぐっとつんのめった。危なっ!
「盗んだっつーか……! しょうがねぇだろ! あいつを裏山から遠ざけるためには、それしかなかったんだから……!」
遠ざける……?
あえて黙っていると、男はバツが悪そうにぼそぼそ言い訳しだした。
「裏山の畑は、前から俺も手伝うことがあったんだ。まさか他にも畑があるとは知らなかったけどな。……ルカのやつ、ニフェルを悪用してる奴らがいるとか、密売されてるかもしれねぇから隣の港町を調べに行くとか、わけわかんねぇこと言い出しやがって」
男は一度言葉を切ると、憤然と私を振り返った。
「挙げ句、裏山に黒花が出ただと! そんな危険なところに、いくら薬のためでも行かせられねぇだろ!」
わからなくもないけど……。
「んで、大ゲンカ。だから今日も居留守使ってると思って……。アンタには悪かったな」
「それはいいけど。ルカさんにはちゃんと事情を話して謝ってね?」
男は黙り込んだが、ややあって仕方なさそうにうなずいた。
この件に関してはひとまず解決した。なので目下の懸念はあとひとつ。ディーンより先に帰り着かねば……!
リース薬店が見えてきた。よしっ!
「──ユキコ!? なんでダンと一緒にいるの!」
薬店の前には、今帰ってきたっぽいディーンとルカさんが立っていた。
……終わった。
「……ルカさん、ダンさんが話したいことがあるんだって。私とディーンは、先に中に入ってるから」
力なく言うと、ダンさんの手を借りて荷車から降りた。
松葉杖をてんてんと突いて、無言のディーンをうながし店内に入る。
「──で?」
はい、怒ってますね。想像通りですよ。
「待って、私のせいじゃないから。それに、おかげで新事実も判明したし。──ああ、そうだ! ディーンにお土産もあるの」
緑色の液体が入った小瓶を手渡す。
ディーンが不思議そうに瓶の中を覗き込んだところで、厳かに告げた。
「毛生え薬です」
「なんでだ!?」
将来、必要になるかもしれないじゃん?
男の背中でわめいた。
あれから問答無用でおんぶされて、ルカさんの家から連れ出されたのだ。
「うるせぇっ! 大人しくしてろ!」
一喝されて、あえなく黙り込む。ヤンキーこわい。
しばらく走ると、立派な建物が見えてきた。ぐるりと塀に囲まれており、敷地もかなり広そうだ。
男は迷わず正面から入っていく。
「……ありゃ。何事ですか? ダンさん」
庭で洗い物をしていた女の子が、目を丸くして私たちを見た。茶髪を三つ編みにした、小柄な女の子だ。黒縁の大きな眼鏡をかけている。
「マイカちゃん、怪我人だ。院長先生を呼んでくれ」
マイカと呼ばれた女の子はうなずくと、機敏に立ち上がり駆け出した。
このヤンキー男はダンというらしい。
そしてここは……。
「……施療院?」
「そうだ。診察室に行くぞ」
建物の中に入ろうとする男を慌てて止めた。
私はこの街の住人ではないので、治療は受けられないはずだ。
「黙ってりゃわかんねぇよ。治療費は俺が払うから、いいから行くぞ」
えっ、治療費いいんですかぁ?
……じゃなく。勝手にこんなところに来て、ディーンにバレたら確実に怒られそうだ。想像するだけでげんなりしてしまう。
診察室の椅子に腰掛けて少し待つと、院長先生とやらが入ってきた。
灰褐色の髪の、四十代くらいの柔和そうな男の人だ。院長というから、もっと年配かと思っていた。
「こんにちは。今日はどうされましたか?」
私を見てにっこりと微笑んだ。
病院なんて久しぶりすぎて緊張していたが、優しそうな先生でほっとする。
「二日前に捻挫をしたんですけど、今日また同じ場所を痛めてしまって……」
今日は部屋着のブカブカズボンを履いていたので、右足の裾をまくり上げる。
先生は私の説明にうなずきながら、丁寧に診察してくれた。
「骨は折れてないようですね。お薬を塗って包帯で固定しますから、とにかく安静に!ですよ」
てきぱきと右足の手当てをしてくれるのを、恐縮しつつ眺める。
それまで黙っていた傍らの男が、怪訝そうに言った。
「……お前、なんでフード脱がねぇの? 診察室の中は暖かいだろ」
ぎくりっ。
何か良い言い訳……言い訳……。
「……実は、頭に大きな丸ハゲがありまして……」
それしか思いつかなかった。
リースさんの言葉が頭の中に残っていたのかもしれぬ。
「えええぇっ!?……そっか、余計なこと聞いて悪かった……」
すまなさそうに謝る男。
なんか、こっちの方がゴメン……。
そういうことなら、と院長先生がぽんと手を打った。診察室から出ていき、緑色の液体が入った小瓶を手にして戻ってくる。
「育毛剤です。一日一回、マッサージするように優しく塗ってくださいね。お近付きのしるしに差し上げますよ」
優しく微笑まれ、ぎょっとする。
違うんです!
サラサラの髪は私の唯一の自慢っていうか、最近ではルカさんにも褒められたっていうか!
だからそのお薬は、必要とする人にあげてください!
「……ありがたく使わせていただきます」
言えんかった。
◇
「マイカちゃん。悪いんだけど、こいつ預かっててくんない? 家に送るのに、荷車を借りてくるからさ」
施療院の中の、生活感のある部屋に連れて来られた。
マイカちゃんは山のような洗濯物を取り込んでいる最中だった。
「いいですよ! ダンさん、優しいですねぇ」
にこっと笑う。
……と、男が真っ赤になった。おお?
「べ、別にそんなんじゃねぇし! なるべく早く戻るから待ってろよ!」
後半の台詞は私に言うと、逃げるように部屋から出て行った。ほうほう。
マイカちゃんへと目をやれば、彼女も興味津々に私を見ていた。
「施療院で下働きをしている、マイカっていいます!」
「あ、私はユキコです。よろしくね」
マイカちゃんは十八歳だそうだ。
歳も近いし身長も近いので(といっても私よりは高そうだが)、初対面でもおしゃべりが盛り上がった。
座ったまま、私も洗濯物をたたむのを手伝う。
「──ところで、ダンさんってどういう人なの?」
マイカちゃんに探りを入れた。
なんだか有耶無耶になってしまったが、彼はニフェルを盗んだ容疑者である。マイカちゃんはきょとんとした。
「どういうって……ダンさんは薬師ですよ。施療院に薬を卸してる薬店の息子さんで、毎日じゃないけど施療院の仕事もされてます」
ルカさんの同業者なのか。
一体どういう関係なのだろう。
「おい、帰るぞ」
ヤンキー男が戻ってきたので、私はマイカちゃんに手を振った。
「今日はありがとう! よかったら、また遊びに来てもいいかな?」
「もちろん! あたしもユキコさんとおしゃべりできて楽しかったです」
にこにことうなずいてくれる。
外に出ると、男が私を荷車に乗せてくれた。
先に荷車に積まれているのは……松葉杖のようなもの?
「これを使えば、足にあまり負担をかけなくてすむ。足が治ったら返しに来いよ」
こんなものまで貸してくれるとは。やっぱり、悪いヤツではないのかも。
男がガラガラと荷車を引いて動き出したところで、意を決して問いかけた。
「……ね、どうしてルカさんの畑からニフェルを盗んだの?」
男はぐっとつんのめった。危なっ!
「盗んだっつーか……! しょうがねぇだろ! あいつを裏山から遠ざけるためには、それしかなかったんだから……!」
遠ざける……?
あえて黙っていると、男はバツが悪そうにぼそぼそ言い訳しだした。
「裏山の畑は、前から俺も手伝うことがあったんだ。まさか他にも畑があるとは知らなかったけどな。……ルカのやつ、ニフェルを悪用してる奴らがいるとか、密売されてるかもしれねぇから隣の港町を調べに行くとか、わけわかんねぇこと言い出しやがって」
男は一度言葉を切ると、憤然と私を振り返った。
「挙げ句、裏山に黒花が出ただと! そんな危険なところに、いくら薬のためでも行かせられねぇだろ!」
わからなくもないけど……。
「んで、大ゲンカ。だから今日も居留守使ってると思って……。アンタには悪かったな」
「それはいいけど。ルカさんにはちゃんと事情を話して謝ってね?」
男は黙り込んだが、ややあって仕方なさそうにうなずいた。
この件に関してはひとまず解決した。なので目下の懸念はあとひとつ。ディーンより先に帰り着かねば……!
リース薬店が見えてきた。よしっ!
「──ユキコ!? なんでダンと一緒にいるの!」
薬店の前には、今帰ってきたっぽいディーンとルカさんが立っていた。
……終わった。
「……ルカさん、ダンさんが話したいことがあるんだって。私とディーンは、先に中に入ってるから」
力なく言うと、ダンさんの手を借りて荷車から降りた。
松葉杖をてんてんと突いて、無言のディーンをうながし店内に入る。
「──で?」
はい、怒ってますね。想像通りですよ。
「待って、私のせいじゃないから。それに、おかげで新事実も判明したし。──ああ、そうだ! ディーンにお土産もあるの」
緑色の液体が入った小瓶を手渡す。
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