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第四章 黒の子ども編
47.離れ離れ
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ふわりと、意識が浮上した。
(……ここは……)
薄暗い小部屋だった。
後ろ手に縛られ、荷物のように床に転がされている。
朦朧としながらも、なんとか顔だけ持ち上げた。その途端にズキリと頭が痛み、思わず顔をしかめる。
「よう、嬢ちゃん。お目覚めかい」
この場にそぐわない、呑気な声が聞こえてきて息を呑む。
恐怖よりも怒りが勝り、男の方を向いてあらん限りの力で睨みつけた。
「ローガン、さん……。一体……どういう、ことですか!?」
ローガンさんは、面白そうに私を見やる。
そのままあぐらをかいて座り込んだ。
「……さあ? オレも知らねぇよ。目的はもちろん、依頼主が誰なのかさえな。裏仕事専門の仲介所があってな、そこで受けた依頼なんだ。トールの街のダガル薬店、タナカという黒髪の女を連れてこい……ってな」
何を言われたのか理解できず、ただ茫然とした。
「で、わざわざトールに行ったはいいものの、その女はすでに街から出て行っててよぉ。あきらめかけてたところで、あの遺跡で偶然出会えたってわけだ。ユキコって名前に変えてたみたいだが、無駄だったな?」
さもおかしそうに笑う。
誰が、どうして私なんかを……。
混乱するばかりで、思考がちっともまとまらない。男はそんな私に一切構わず、自慢げに続けた。
「苦労したぜぇ。報酬はべらぼうだったが、傷ひとつ付けず秘密裏に連れてこい、なんて無茶振りされて。せっかく見つけたと思ったら、凄腕の番犬が張りついてやがるし」
「──ディーンを、どうしたの!?」
怒りのまま問いかける。
よろめきながらも体を起こした。気分が悪くて、地面がぐらぐら揺れているような心持ちがする。
「街道に黒花が出たってのは本当だ。どうやってお前らを引き離そうか考えてた時に、あまりにちょうど良すぎてビックリしたぜ。……オレは本当にツイてる」
にやにやと笑う男に、吐き気がしてきた。
それでも必死に顔を上げ続ける。
「あいつと二人で黒花を挟み撃ちにする最中に、喰われたふりをして離脱したんだ。悲鳴を上げて、わざわざ血痕まで残してな」
包帯の巻かれた腕をひょいと上げる。
「ディーンはお人好し馬鹿だから、しばらくはオレを探してくれたはずだ。その間にミズリの隣町で、雇ったゴロツキから嬢ちゃんを受け取ったんだよ。……それが、昨日の話な。あれからもう一日以上経ってんだよ」
「……うそっ……!」
血の気が引いていくのが自分でもわかった。
ディーンは、絶対に私を探してくれたはず。
それなのに一日以上経っているということは……完全に、私を見失ったってこと……?
「帰してっ……。ディーンのところに!!」
「無理。あきらめな、嬢ちゃん」
非道に言い放つ。
それに、と続けて男は嘲笑った。
「もしかするとディーンも同じ依頼を受けて、お前さんを売り飛ばす道中だったのかもしれないぜ? あいつ借金があるって噂だったしな」
「ふざけないで! ディーンを、あんたみたいなクズと一緒にするな!!」
叫ぶ声がひび割れた。怒りのあまり体の震えが止まらない。
男は笑いながら立ち上がると、香炉のようなものを床に置いた。襲われた時に嗅いだ、不思議な匂いが立ちのぼる。
「船が着くまで、ゆっくり寝てるといい。怪我をされたら困るのはオレの方だしな」
(……船!? 嘘でしょ……)
揺れていると感じたのは、気のせいではなかったのだ。
必死に目を開けていようとするが、再び視界が暗く閉ざされた。
◇
船から降ろされたこと、馬車に乗せられたこと。
ぼんやりとは覚えているが、朦朧としていたのでよくわからない。
太陽の光が差し込む部屋で、はっと目覚めた。
久しぶりに意識が明瞭になっている。
起き上がると、ふかふかなベッドの上だった。服もワンピースのような夜着に着替えさせられている。
部屋の中には私ひとりきりで──
「……なに、ここ……」
ベッドから下りて、茫然と部屋の中を見渡した。
置かれている家具も、寝かされていたベッドも。
洗練されていてとんでもなく豪華だということは、私のような貧乏人にも一目でわかった。
身体から力が抜けて、がくりとしゃがみ込む。
震えながら左手首を見ると、虹糸の腕輪はちゃんとそこにあった。手首ごとぎゅっと握り締め、胸に当てて目を閉じる。
「……お目覚めですか?」
突然聞こえてきた声に、驚いて顔を上げる。
いつの間に入ってきたのか、白髪の男が顔を歪めて私を見下ろしていた。
「なに……誰……っ?」
パニックになりながら、しゃがんだままで必死に後ろに下がろうとする。すぐに背後のベッドにぶつかった。
「どうぞ、そのままで。危害を加える気はございません」
黒いスーツに蝶ネクタイを付けた初老の男は、膝を突いて私に目線を合わせた。
「手荒な真似をしたこと、どうかお許しくださいませ。主人に代わって、お詫び申し上げます」
深々と頭を垂れる。
ゆっくりとした口調に、私も徐々に落ち着きを取り戻した。ごくんと唾を飲み込んで、なんとか声を絞り出す。
「ここ……どこですか? どうして、私を……」
顔を上げた男は、苦渋の表情を浮かべていた。
「……その話は、後程。まずは食事をお召し上がりください。湯浴みの準備もさせますので」
うやうやしく一礼すると、部屋から出て行ってしまった。扉に鍵をかける音がする。
立ち上がろうとするが、足腰が立たない。震えながら、なおもその場にうずくまり続けた。
再び扉が開き、先程の男がテーブルの上に食事をセッティングする。ぼんやりとただそれを眺めた。
「どうぞ。お掛けください」
テーブルの前の椅子を引いてくれる。
私は無言で首を振ると、膝を抱え込んで目を閉じた。
「タナカ様。食べなければ、体に毒です」
近づいて来て、私に手を差し伸べる。その手を力の限り叩き落とした。
「触らないで! 一体どういうつもりなのっ。私を、帰してよ……っ!」
男は痛ましそうに私を見つめた。
誘拐犯の一味のくせに、そんな目で見るなんて意味がわからない。睨みつけていると、男はためらうように口を開いた。
「主人は……タナカ様の存在を、必要とされているのです。ご子息の……ノア様のために」
「……なんで、私を……?」
お金持ちのご主人様だの、その息子だの。
私は一切知らない。巻き込まれる意味がわからない。
「主人が、今こちらの屋敷に向かっております。直接お話させて頂きますので、今はしっかりと休養されてくださいませ」
その勝手な言い草に、頭が沸騰するような怒りを感じた。この慇懃な男をぶん殴ってやりたい。
深呼吸して、その衝動をやり過ごす。泣き叫んだところで、この状況は変わらないから。
──バンッ!
突然、音を立てて扉が開いた。
初老の男も驚いたように振り返る。
「いけません、ノア様っ!」
慌てたような女の声が聞こえたと同時に、小さな子どもが弾丸のように部屋の中に転がり込んできた。
「やだっ! ぼくにも、会わせてっ!」
目の前にやって来た子どもと目が合い……お互い、凍りついたように動きを止める。
子どもも私も、それぞれの髪に釘付けとなった。
言葉を発するのも忘れて、私は彼の……この世界に来て初めて見る、真っ黒な髪をただ見つめ続けた。
(……ここは……)
薄暗い小部屋だった。
後ろ手に縛られ、荷物のように床に転がされている。
朦朧としながらも、なんとか顔だけ持ち上げた。その途端にズキリと頭が痛み、思わず顔をしかめる。
「よう、嬢ちゃん。お目覚めかい」
この場にそぐわない、呑気な声が聞こえてきて息を呑む。
恐怖よりも怒りが勝り、男の方を向いてあらん限りの力で睨みつけた。
「ローガン、さん……。一体……どういう、ことですか!?」
ローガンさんは、面白そうに私を見やる。
そのままあぐらをかいて座り込んだ。
「……さあ? オレも知らねぇよ。目的はもちろん、依頼主が誰なのかさえな。裏仕事専門の仲介所があってな、そこで受けた依頼なんだ。トールの街のダガル薬店、タナカという黒髪の女を連れてこい……ってな」
何を言われたのか理解できず、ただ茫然とした。
「で、わざわざトールに行ったはいいものの、その女はすでに街から出て行っててよぉ。あきらめかけてたところで、あの遺跡で偶然出会えたってわけだ。ユキコって名前に変えてたみたいだが、無駄だったな?」
さもおかしそうに笑う。
誰が、どうして私なんかを……。
混乱するばかりで、思考がちっともまとまらない。男はそんな私に一切構わず、自慢げに続けた。
「苦労したぜぇ。報酬はべらぼうだったが、傷ひとつ付けず秘密裏に連れてこい、なんて無茶振りされて。せっかく見つけたと思ったら、凄腕の番犬が張りついてやがるし」
「──ディーンを、どうしたの!?」
怒りのまま問いかける。
よろめきながらも体を起こした。気分が悪くて、地面がぐらぐら揺れているような心持ちがする。
「街道に黒花が出たってのは本当だ。どうやってお前らを引き離そうか考えてた時に、あまりにちょうど良すぎてビックリしたぜ。……オレは本当にツイてる」
にやにやと笑う男に、吐き気がしてきた。
それでも必死に顔を上げ続ける。
「あいつと二人で黒花を挟み撃ちにする最中に、喰われたふりをして離脱したんだ。悲鳴を上げて、わざわざ血痕まで残してな」
包帯の巻かれた腕をひょいと上げる。
「ディーンはお人好し馬鹿だから、しばらくはオレを探してくれたはずだ。その間にミズリの隣町で、雇ったゴロツキから嬢ちゃんを受け取ったんだよ。……それが、昨日の話な。あれからもう一日以上経ってんだよ」
「……うそっ……!」
血の気が引いていくのが自分でもわかった。
ディーンは、絶対に私を探してくれたはず。
それなのに一日以上経っているということは……完全に、私を見失ったってこと……?
「帰してっ……。ディーンのところに!!」
「無理。あきらめな、嬢ちゃん」
非道に言い放つ。
それに、と続けて男は嘲笑った。
「もしかするとディーンも同じ依頼を受けて、お前さんを売り飛ばす道中だったのかもしれないぜ? あいつ借金があるって噂だったしな」
「ふざけないで! ディーンを、あんたみたいなクズと一緒にするな!!」
叫ぶ声がひび割れた。怒りのあまり体の震えが止まらない。
男は笑いながら立ち上がると、香炉のようなものを床に置いた。襲われた時に嗅いだ、不思議な匂いが立ちのぼる。
「船が着くまで、ゆっくり寝てるといい。怪我をされたら困るのはオレの方だしな」
(……船!? 嘘でしょ……)
揺れていると感じたのは、気のせいではなかったのだ。
必死に目を開けていようとするが、再び視界が暗く閉ざされた。
◇
船から降ろされたこと、馬車に乗せられたこと。
ぼんやりとは覚えているが、朦朧としていたのでよくわからない。
太陽の光が差し込む部屋で、はっと目覚めた。
久しぶりに意識が明瞭になっている。
起き上がると、ふかふかなベッドの上だった。服もワンピースのような夜着に着替えさせられている。
部屋の中には私ひとりきりで──
「……なに、ここ……」
ベッドから下りて、茫然と部屋の中を見渡した。
置かれている家具も、寝かされていたベッドも。
洗練されていてとんでもなく豪華だということは、私のような貧乏人にも一目でわかった。
身体から力が抜けて、がくりとしゃがみ込む。
震えながら左手首を見ると、虹糸の腕輪はちゃんとそこにあった。手首ごとぎゅっと握り締め、胸に当てて目を閉じる。
「……お目覚めですか?」
突然聞こえてきた声に、驚いて顔を上げる。
いつの間に入ってきたのか、白髪の男が顔を歪めて私を見下ろしていた。
「なに……誰……っ?」
パニックになりながら、しゃがんだままで必死に後ろに下がろうとする。すぐに背後のベッドにぶつかった。
「どうぞ、そのままで。危害を加える気はございません」
黒いスーツに蝶ネクタイを付けた初老の男は、膝を突いて私に目線を合わせた。
「手荒な真似をしたこと、どうかお許しくださいませ。主人に代わって、お詫び申し上げます」
深々と頭を垂れる。
ゆっくりとした口調に、私も徐々に落ち着きを取り戻した。ごくんと唾を飲み込んで、なんとか声を絞り出す。
「ここ……どこですか? どうして、私を……」
顔を上げた男は、苦渋の表情を浮かべていた。
「……その話は、後程。まずは食事をお召し上がりください。湯浴みの準備もさせますので」
うやうやしく一礼すると、部屋から出て行ってしまった。扉に鍵をかける音がする。
立ち上がろうとするが、足腰が立たない。震えながら、なおもその場にうずくまり続けた。
再び扉が開き、先程の男がテーブルの上に食事をセッティングする。ぼんやりとただそれを眺めた。
「どうぞ。お掛けください」
テーブルの前の椅子を引いてくれる。
私は無言で首を振ると、膝を抱え込んで目を閉じた。
「タナカ様。食べなければ、体に毒です」
近づいて来て、私に手を差し伸べる。その手を力の限り叩き落とした。
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男は痛ましそうに私を見つめた。
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「主人は……タナカ様の存在を、必要とされているのです。ご子息の……ノア様のために」
「……なんで、私を……?」
お金持ちのご主人様だの、その息子だの。
私は一切知らない。巻き込まれる意味がわからない。
「主人が、今こちらの屋敷に向かっております。直接お話させて頂きますので、今はしっかりと休養されてくださいませ」
その勝手な言い草に、頭が沸騰するような怒りを感じた。この慇懃な男をぶん殴ってやりたい。
深呼吸して、その衝動をやり過ごす。泣き叫んだところで、この状況は変わらないから。
──バンッ!
突然、音を立てて扉が開いた。
初老の男も驚いたように振り返る。
「いけません、ノア様っ!」
慌てたような女の声が聞こえたと同時に、小さな子どもが弾丸のように部屋の中に転がり込んできた。
「やだっ! ぼくにも、会わせてっ!」
目の前にやって来た子どもと目が合い……お互い、凍りついたように動きを止める。
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