【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。

和島逆

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第四章 黒の子ども編

59.ノア君の宝物

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「しーっ、だよ。こっち、こっち!」

 頬を上気させたノア君が、私の腕を引っ張った。

 夜着にショールを羽織っただけでは、寒くて体の震えが止まらない。あれからずっと、微熱と体の怠さが続いていた。
 それでもノア君が嬉しそうなので、ふらつく足を懸命に動かした。

「ここ! カギもねぇ、ここにあるの」

 ノア君は首から下げたチェーンを得意げに示す。
 チェーンにふたつ付いている鍵のうち、ひとつをその扉の鍵穴に差し込んだ。

(……ここは……)

 あの日、虹糸を断ち切られた書斎だった。

 あの時の悔しさと悲しさが蘇り、心臓が痛くなってくる。ぎゅっと目を閉じうつむいた。

「……ユキコ?」

 心配そうに私を見上げるノア君に気付き、慌てて微笑んでみせた。

「ここに、ノア君の宝物があるの?」

 このぐらいの子どもの宝物って何だろう。

 人形とか、模型とかかな。
 ……まさか、虫じゃないよね?

 顔を引きつらせる私に、ノア君はにっこりと頷く。

「そう! 見えないところに、かくしてあるの。そこの絵の後ろに、があるんだよ」

 ……とって?

 きょとんとしながらも、書斎に明かりを灯す。ノア君に言われるがまま、壁に掛けられた額縁を外してみた。

「……これ……!」

 絵画に隠されていた部分の壁は、長方形に凹んでいた。中にあるのは、ハンドルのような、レバーのような……

「……ああ! これが、取手とってかぁ」

 感心していると、ノア君が「それをひっぱるのー!」と新たな指示をくれる。なんだかわくわくしてきて、嬉々としてレバーをつかみ引き下げてみた。

 ──ギィ……

「わっ!?」

 背後から軋むような音がして、驚いて振り向く。

「今度はねぇ、こっちだよー!」

 窓際の机に誘導され、机の前に置いてある椅子を引きずってどかす。机の下に潜り込むノア君を、後ろから興味津々で見守った。
 ノア君が床板をスライドさせると、床下からオルゴールのような箱が出てくる。

「ほら、これー! ぼくの、宝物」

 ノア君から差し出された箱を受け取り、宝石の嵌め込まれた美しい細工をうっとりと眺める。アンティークというやつかもしれない。

「……すごい。素敵なオルゴールだね?」

 しゃがみこみ、ノア君に目線を合わせて微笑んだ。充分鑑賞したのでオルゴールを返そうとするが、ノア君は静かにかぶりを振る。

「あけてみて? オルゴールはこわれてるけど、なかに宝物がはいってるから」

 チェーンに付いていたもうひとつの鍵を渡してくれた。戸惑いながらも鍵を差し込み、そっとオルゴールの蓋を開けてみる。

 中に入っているのは──

「……石?」

 手のひらに乗るくらいの、乳白色の石だった。ビー玉みたいに綺麗な球形で、表面はつやつやと輝いている。窓からの月明かりにかざして、つくづくと眺めてみた。

「綺麗……。これが、ノア君の宝物かぁ」

「うん! これがあれば、悪いモノから守ってくれるんだよ。せーなる泉からとれる、せーなる石なんだって!」

 ノア君の言葉に、思考が停止する。

 ……聖なる泉の、聖なる石……?
 それってもしや……。

「──聖輝石せいきせき!?」

 慌てふためき、手の中の石を取り落としそうになる。
 が、ノア君はきょとんとした。

「……せいき……? そういえば、そんな名前だったかも」

「…………」

 マジか。

 絶句して、もう一度石をじっくり眺める。
 街から離れたこの屋敷が無事だったのは、ここに聖輝石があるからだったのか。

 茫然としている私には気付かず、ノア君が嬉しそうに私を揺さぶった。

「それ、ユキコにあげる!」

「……いやいや! もらえないよ!?」

 トンデモ発言にぎょっとする。

 壊れたオルゴールに聖輝石を戻し、しっかりと鍵をかけた。しゃがんでノア君に鍵とオルゴールを返す。

「これは、この屋敷のお守りだから。元の場所に戻しておこう?」

「……でも……」

 ノア君が半べそをかく。

「カギをくれたのは父様だけど……開けかたを、おしえてくれたのは母様なの。これがあれば、ぼくから悪いモノが消えてなくなるからって」

「…………」

 絶句してしまった。

 悪いモノって……黒い色のこと? もしそうだとしたら、酷すぎる。
 怒りに震えている私には気付かずに、ノア君はしょんぼりとうつむく。

「だから、これならユキコの病気をなおしてくれるって思ったの。もうずっと、あえなかったから心配だったんだもん……」

「ノア君……」

 我慢できずに、ノア君をぎゅっと抱き締めた。
 ぽんぽんと優しく背中を叩く。

「大丈夫。これがなくても、ノア君のおかげで元気になったから」

「……ホントに!?」

 顔を明るくするノア君に、自信たっぷりに頷いてみせた。

「本当本当。……だから、これは戻しておこうね?」


 ◇


 なんて、ノア君に宣言してみたものの。

 真夜中の宝探しの翌日も、体調はやはり思わしくなかった。
 一日をまた寝て過ごし、夜になってやっとベッドから起き上がる。

 メイドさんに頼んで入浴場に連れて行ってもらい、広い湯船でのびのびと手足を伸ばした。高熱が続いた間は体を拭いてもらうだけだったので、お風呂に入ることが気持ちよくてたまらない。

「はー……。こういう時に、日本人だなって感じるなぁ……」

 セツコさんも、そうだったのかな。
 お風呂がこんなに広いのは、もしや彼女のためだったりして。

 くすりと笑って、湯船から上がる。
 お風呂は気持ちいいけれど、体力的にはやっぱりきつい。ほどほどで切り上げることにした。

 入浴場から出て部屋に戻ろうとすると、廊下の角を曲がるエイダさんの後ろ姿が見えた。メイドさんに断って、ひとりで彼女の後を追う。

 こっちの方角にあるのは──

「こんばんは。お邪魔しますわね」

「ああ、エイダ様! どうですか、何かありましたか?」

 厨房の前で、エイダさんの声が聞こえた。答えているのは、おそらく料理人さんだろう。

「ええ。欲しい物を、こちらの紙に書いておきましたわ」

「どれどれ。おお、ドライフルーツをこんなにたくさん」

「フルーツケーキにしようと思いますの」

 楽しそうにおしゃべりしている。
 邪魔をするのも申し訳ないので、微笑みながら壁に寄りかかった。エイダさんの用事が済んでから、一緒に二階へ戻ればいい。

「食材の配達は、明日の昼過ぎぐらいの予定ですから。エイダ様の注文もお任せください」

 料理人さんの言葉に、はっと目を見開いた。
 心臓がバクバクする。

「…………」

 踵を返し、足音を立てないようにその場から離れた。
 急いで自分の部屋に戻り、扉を閉めた途端にへなへなと座り込む。

(……明日の、昼過ぎ……)

 食材の配達なら、おそらく荷馬車だろう。
 それに乗ることができれば。そうしたら、もしかしたら──

「……あし、た……」

 何もなくなった左手首をじっと見つめる。
 顔が強ばっていくのが、自分でもわかった。
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