【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。

和島逆

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終章 浄化の聖女編

68.喧嘩

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 お互い相手の顔を見ないまま。
 日が暮れる前に、街に到着した。

「──この度は大変だったようだな。疲れているだろうに、呼び立てして申し訳ない」

 支部の応接室のようなところで、髭を生やしたダンディな軍人さんが私に会釈する。私も慌てて頭を下げた。

「こちらこそ、お世話になりました」

「礼には及ばない。犯罪に巻き込まれた市民を救うのが軍の役目だからな。……さて、それでは手短に済まそうか」

 穏やかに微笑み返した軍人さんが、一転して厳しい表情になる。私の傍らに立つマイカちゃんに視線を移した。
 マイカちゃんは頷くと、懐から白くなった種を取り出した。

「……っ! 報告通りだな、こんな種は今まで見たことが無い。……それに、これではまるで……」

 受け取った種をしげしげと眺め、脂汗を浮かべる。

 まるで……何だろう。
 やはり、に似ているのだろうか。

 不安になってディーンにすがりたくなるが、なんとかこらえた。我ながら、意地になってて馬鹿みたいだ。

「……すまない。やはりこれは、本部に報告すべき案件だと思う。こちらから護衛を付けるので、急ぎ王都へ向かってほしい」

「護衛は必要ありません。あたしたちが責任を持って送り届けますから。どのみち一度本部に戻らねばと思っていたところです」

 マイカちゃんの言葉に、髭の軍人さんはほっとしたように頷いた。私に視線を戻し、真摯に頭を下げる。

「足労をかけてすまない。こちらの都合で動いてもらうのだから、費用はもちろん軍で負担しよう」

「……ありがとうございます」

 仕方なくお礼を言った。
 そこまでされたら、さすがに断れない。

 顔を上げた軍人さんは、私の隣に立つディーンを意味ありげに見つめた。

「ところで、君も行くのか? 王都は君にとって鬼門だと思っていたがな、グレイ」

 ……グレイ?

 聞いたこともない名前に、不審に思いディーンを見上げる。男は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「無論、俺も向かうつもりです。──それから、その家名で呼ばないでいただきたい。もう縁が切れていますので」

 強ばった声で答えたディーンに、髭の軍人さんは困ったようにため息をつく。

「親子そろって意固地なことだ」

 ……どういうこと?

 初めて出会った時、ディーンは「レイシス」と名乗ったはずだ。本当の苗字がグレイなら、偽名を使っていたということなのか。

「──では、あたしたちはこれで。今日は宿屋に泊まって、明日の朝出立しますので」

 マイカちゃんはさっさと頭を下げると、ぐるぐる混乱している私をうながし部屋を出た。ディーンとルークさんも無言で後に続く。

 支部から出た瞬間にディーンを振り返ろうとするが、素早くマイカちゃんから止められた。

「ルーク、宿の手配は頼んだわよ。あたしとユッキーは別行動するから、あんたたちも好きなところで夕飯にしたら?」

 じゃね、と言い放ち私の腕を引く。ディーンが慌てたようにもう片方の腕をつかんで引き止めた。

「待っ──」

「ディーン。苗字はレイシスじゃなかったの?」

 振り向きざま、つい刺々しい声が出た。

 男は虚をつかれたように一瞬黙り込み、硬い顔で口を開く。

「……便宜上、使っていた名だ。生家と絶縁して、代わりの苗字が必要だったからな」

「なら、教えてくれてもよかったのに」

 事情全てを余さず教えろ、なんて言う資格はないけれど。
 軍にいたことも、ルークさんと親友だったことも。……苗字が偽名だったことすら知らなかった。

「……そんな必要はない。お前には、関係のないことだ」

 平坦な声で返され、言葉を失った。
 茫然と立ち尽くす。

(……関係、ない……)

 胸が鋭く痛んで、涙があふれそうになる。
 ぐっと唇を噛んでこらえた。

「お、おいっ! ディーンお前、そんな言い方はねぇだろ!」

 うつむく私を見かねたのか、ルークさんが助け舟を出してくれる。肩をつかまれたディーンは、荒々しくルークさんの手を振り払った。

「ユキ。そんな事はどうでもいいから、宿に向かうぞ。別行動なんて──」

「……らい」

「……は?」

 聞こえなかったのか、男がぽかんと私を見つめた。私はきっぱりと顔を上げ、もう一度同じ言葉を繰り返す。

「ディーンなんて、大っっっ嫌い」

「…………」

 うわぁ、とあきれたような声がマイカちゃんから漏れた。ルークさんも笑い出しそうな顔をしている。

 ……すみませんねぇ。
 子どもじみた言い方だって、一応自覚はあるんですよ。

 だが、ディーンは顔色を変えた。

「……大嫌い? 俺は確か、大好きだと聞いた覚えがあるが」

「はあ? そんなこと言ってないし」

「いいや、言った。誘拐公爵の息子に『私の大好きな人』だと確かに言っていた」

「…………」

 この、男。
 また……やりやがったな……!?

「……信っじらんない! 盗み聞き常習犯! 世界一の変態!!」

「誰が世界一の変態だ!?」

 怒りと恥ずかしさで真っ赤になって怒鳴ると、ディーンも負けじと怒鳴り返してきた。またもお互いぐぐぐと睨み合う。目を逸らした方が負けだ。

「ディーンなんてっ……私の事にはうるさく口出しするくせに……っ! 過保護なお父さんか!」

「……お父さん……!?」

 苦し紛れな私の言葉に、ディーンはなぜか愕然とした顔をする。……あれ、効いてる?

 ブフッと噴き出すような声が聞こえた。

「おとっ……お父さんっ……。ウケるっ……!」

「しぃっ、マイカ! 笑っちゃ悪いだろ……くくっ……」

 なぜかマイカちゃんとルークさんにも効いているようだ。
 ディーンは鬼のような形相になると、くるりとルークさんを振り返る。胸ぐらをつかみ上げた。

「ってオイ! オレに八つ当たりすんなよ!?」

 揉み合う二人の男を呆気にとられて眺めていると、マイカちゃんが私の腕を引っ張った。

「今よ、ユッキー! じゃあね、男共!」

 脱兎のごとく駆け出す。
 私も慌てて足を動かした。


 ◇


「あの盗聴男っ、秘密主義男っ、それからそれからっ関係ないって何なの、ふえぇっ……!」

「本当だ、面白ーい。もっと飲みなさい、ユッキー」

 マイカちゃんに勧められるがまま、ジョッキに注がれた飲み物をぐびぐびと飲む。ぷはっ。

 じんわりにじんだ涙を拭っていると、マイカちゃんがフード越しに頭を撫でてくれた。

「……隠すほどの事じゃないのにね。あんたに格好悪いと思われたくないとか、みっともないところは見せたくないとか、男のアホな見栄みたいなもんよ」

「そ、なの……?」

 霞んだ目で、ぼんやりとマイカちゃんを見つめる。マイカちゃんは苦笑しながら頷いた。

「そうよ。だから──」

「ねえねえ君たち。あっちでオレらと飲まない? 可愛いよねぇ」

 いきなり会話に割り込んできた男たちを、胡乱な表情で見上げた。ふむ、これがナンパというやつか。人生初である。

「あら。奢りなら構わないわよ」

「当っ然! じゃあ、あっちに──ぐぇっ」

 カエルのような声でナンパ男がうめいた。後ろから襟首をつかまれたらしい。
 今度は眠気が襲ってきていた私は、迎えに来た男に嫌味っぽく言ってやる。

「……あ。おとーさん」

「だから、誰がお父さんだ! マイカ! こいつに飲ませたのか!?」

「ええ。面白かったわぁ」

 マイカちゃんの人を食ったような返事に、男は額に青筋を立てた。私はひとつあくびをすると、ぽすんと頭を男に押し付ける。

「……眠い」

「こら、ここで寝るな!」

 慌てたような男の声が聞こえたが、構わずそのまま目を閉じた。だってふわふわして暖かいし。

 ……そのまま、意識が遠のいていった。
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