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終章 浄化の聖女編
85.本心
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研究室に戻った教授と、教授に連行されたジョンさん以外、全員がハラハラしながら会議室の扉を眺めている。
親子会議開始から一時間は経過したが、未だ二人が出てくる気配はない。
話し合いが難航しているのだろうか。
「──遅い。遅すぎる」
ギルバートさんが苛ついたようにつぶやいた。
ルークさんも目を泳がせて、困ったような顔で笑う。
「……殴り合いでもしてたりして」
「…………」
あり得る。
無言でマイカちゃんと顔を見合わせていると、ギルバートさんが決断した。
「ユキコさん。わたしと、あなただけで入りましょう。キャロル中尉たちは、ここで待っているように」
厳しく命じて、そっと会議室の扉を開ける。
私もギルバートさんの後に続き、会議室の中へと滑り込んだ。
目に入った光景に絶句する。
出て行った時の状況そのままに、似た者親子は突っ立って無言で睨み合っていた。
……まさかと思うけど、一時間ずっとこうしてたんスか?
あきれ果てていると、前に立つギルバートさんがうなり声を発する。
「兄上。あなたはディーンに伝えなければならない事があるでしょう。それとも、もう伝えたのですか?」
オリバーさんはギクリと体を強ばらせると、ぶんぶんと首を横に振った。……本当に一時間ひたすら睨み合っていただけらしい。
「ならば、今すぐ話しなさい!!」
弟に大喝されて、オリバーさんは直立不動の姿勢になった。うろうろと視線をさまよわせ、ごくりと唾を飲み込む。
「ディ、ディーン……。実、は……ゴホッゲホッ! グェーホッホッホッ!!」
「…………」
長いこと黙り込みすぎて、むせてしまったらしい。
私は軽やかに背後の扉を開けた。
「すみませーん。誰か、お茶を持って来てくれませんかぁ?」
◇
結局、再び全員が会議室に集合した。
テーブルについてずずずとお茶を飲む。やっと咳の止まったオリバーさんが、ちらりとディーンを見て、強ばった顔で目を逸らす。
「ディーン。実は、だな……一度しか言わないから、よく聞くように……」
ギッと鋭くディーンに視線を戻した。
「──この三年間っわたしも罰金を納め続けていたのだっもう全額払い終わったからっお前は自由に生きていいっ」
ぜえはあ。
一息に言い放ち、オリバーさんは清々しい顔で笑った。やりきった感満載である。
……これが早口言葉大会ならば、上位に食い込めるかもしれないけれど。
「…………」
恐る恐る隣に座る男に目をやると。
──般若の形相になっていた。
(駄目だぁ……。すっごい怒ってる……)
頭を抱えてがっくりとテーブルに倒れ伏す。
うつむく私の耳に、静かな口調で語りかけるギルバートさんの声が聞こえてきた。
「……ディーン。思う所はあるだろうが、兄上も反省しているのだ。お互い水に流して──」
「そんな気はない。他人に罰金を肩代わりしてもらう謂れもない」
取り付く島もない言葉に、思わずカッとなって立ち上がった。座ったままの男を強い目線で見下ろす。
「なに、それっ……! お父さんに対して、酷いよディーン!!」
「だから、もう縁は切れて──……ユキ!?」
苛立った声で反論しかけたディーンが、驚いたように小さく叫んだ。おろおろと立ち上がる。
「どうしてお前が泣くっ!?」
「泣いてなっ……ふっ……」
自分でも今気がついたが、確かに泣いていた。
──私はもう二度と、日本の両親にもダガルさんにも会えないのに。
改めて実感すると悲しくて、素直にならない男が悔しくて、大粒の涙がぼろぼろとあふれる。
しばらく茫然としていた男が、我に返ったように私の肩を抱いた。そのまま抱き寄せようとするのを、腕を突っ張って抵抗する。
驚いて息を呑む男を、みっともなく泣きながら睨みつけた。
「お父さんと、仲直りしてよっ……。してくれないなら……っ」
「……してくれないなら?」
男が心細そうな顔で問いかける。捨てられた子犬のような目だ。
私は大きく息を吸い込んだ。
「──王都一の、モテ自慢と駆け落ちしてやるんだからっ!!」
『…………』
会議室に沈黙が満ちる。
ぐすぐす泣く私の声しか聞こえない。
一拍置いて、ガタンッと椅子を蹴倒す音がした。立ち上がったミランダさんが、キラキラとこぼれんばかりの笑みで両手を広げる。
「──もちろんだとも、ユキコ! 喜んで君の愛を受け入れようじゃないか!!」
……ノリがいいなぁ。
しかも、いつもより低めの声でありがとう。
私もあふれる涙を拭い、満面の笑みでミランダさんの元へと駆け寄……れなかった。血相を変えたディーンに、激しく腕をつかまれたから。
「待て、どういうことだ!? なんだあの男は!!」
女です。
「……何って、王都一のモテ自慢よ。思えば初めて会った瞬間から、ユッキーはそれはそれはときめいていたわねぇ」
「だよな。それは浮気だから駄目だって止めたけど、ユキコちゃんは聞いちゃくれなかった」
したり顔で口を挟んだマイカちゃんに、ルークさんも重々しく同意した。
さっきまで鬼の形相だったディーンが、みるみる無表情になっていく。……怖い。そして腕が痛い。
「……お父さんと、仲直りして。お願い」
ビビりながらも、必死で男に訴える。
男は苦しそうな顔で目を閉じると、浅い呼吸を繰り返した。ややあって目を開ける。
「──俺、は……。あくまで自分のけじめのために、罰金を払うと決めたんだ。……父にまで、それを強いるつもりはなかった」
……父!!
私が反応するより早く、オリバーさんが弾かれたように立ち上がった。
「違うっ! それは違うぞ、ディーン!!」
向かい側のテーブルから大きく身を乗り出す。
「お前が居なくなったこの三年間、わたしも罰金を納め続けて……そのお陰で、少しずつ心の整理をする事ができたのだ。あの子の死と、正面から向き合えるようになった。だから──」
一度言葉を切り、赤くなった目元をごしごしと擦った。かすれた声で息子に呼びかける。
「ディーン……帰って来い。ユキコさんと一緒に……」
ディーンはやっと私の腕を放すと、ぎゅっとこぶしを握りしめた。ややあって、オリバーさんを見つめて小さく頷き返す。
ようやく和解した親子に感動して、また涙が出てきそうになる。
喜びのあまり男に抱き着こうとすると、ぐいっと後ろに引っ張られた。
「……それは、出来かねるな。ユキコは私を選んだのだから」
にっこりと微笑むミランダさんだった。
──えええええっ!?
「ちょっ……ミランダさんっ。もうお芝居はいいからっ」
こそこそとささやきかけるが、ミランダさんは私なんか見ちゃいない。よく見ると口角が上がっているだけで、目は全く笑っていなかった。
(……これはもしや)
だらだらと冷や汗が流れる。
ディーンが殺気のこもった目でミランダさんを見た。地を這うような低い声で威嚇する。
「モテ男だかなんだか知らんが、今すぐそいつを離せ。──ユキ。こちらへ……」
さんかい、とミランダさんが小さくつぶやいた。
その声音に、私の頭の中で警戒警報が鳴り響く。ミランダさんの腕が外れたのをいいことに、すすすすと二人から距離を置いた。
「……は?」
怪訝な顔をする男に向かって、ミランダさんが激しく椅子を蹴り飛ばした。ディーンが慌てたように椅子を避ける。
「──三回だっ、三回っ! 四年前に一回、それから今日は二回! よくも男呼ばわりしてくれたな!? それから、元同僚の顔ぐらい覚えておけ、ディーン・グレイッ!!!」
「……あ」
ディーンがぽんと手を打った。
ぽんじゃねぇよ。
「キャロルか、見違えたぞ! ますます男ぶりに磨きがかかったな」
「…………」
ミランダさんは笑顔でこぶしを振り上げた。そのまま勢いをつけてディーンに殴りかかる。
「──なんでだっ!?」
……なんでだろねぇ?
親子会議開始から一時間は経過したが、未だ二人が出てくる気配はない。
話し合いが難航しているのだろうか。
「──遅い。遅すぎる」
ギルバートさんが苛ついたようにつぶやいた。
ルークさんも目を泳がせて、困ったような顔で笑う。
「……殴り合いでもしてたりして」
「…………」
あり得る。
無言でマイカちゃんと顔を見合わせていると、ギルバートさんが決断した。
「ユキコさん。わたしと、あなただけで入りましょう。キャロル中尉たちは、ここで待っているように」
厳しく命じて、そっと会議室の扉を開ける。
私もギルバートさんの後に続き、会議室の中へと滑り込んだ。
目に入った光景に絶句する。
出て行った時の状況そのままに、似た者親子は突っ立って無言で睨み合っていた。
……まさかと思うけど、一時間ずっとこうしてたんスか?
あきれ果てていると、前に立つギルバートさんがうなり声を発する。
「兄上。あなたはディーンに伝えなければならない事があるでしょう。それとも、もう伝えたのですか?」
オリバーさんはギクリと体を強ばらせると、ぶんぶんと首を横に振った。……本当に一時間ひたすら睨み合っていただけらしい。
「ならば、今すぐ話しなさい!!」
弟に大喝されて、オリバーさんは直立不動の姿勢になった。うろうろと視線をさまよわせ、ごくりと唾を飲み込む。
「ディ、ディーン……。実、は……ゴホッゲホッ! グェーホッホッホッ!!」
「…………」
長いこと黙り込みすぎて、むせてしまったらしい。
私は軽やかに背後の扉を開けた。
「すみませーん。誰か、お茶を持って来てくれませんかぁ?」
◇
結局、再び全員が会議室に集合した。
テーブルについてずずずとお茶を飲む。やっと咳の止まったオリバーさんが、ちらりとディーンを見て、強ばった顔で目を逸らす。
「ディーン。実は、だな……一度しか言わないから、よく聞くように……」
ギッと鋭くディーンに視線を戻した。
「──この三年間っわたしも罰金を納め続けていたのだっもう全額払い終わったからっお前は自由に生きていいっ」
ぜえはあ。
一息に言い放ち、オリバーさんは清々しい顔で笑った。やりきった感満載である。
……これが早口言葉大会ならば、上位に食い込めるかもしれないけれど。
「…………」
恐る恐る隣に座る男に目をやると。
──般若の形相になっていた。
(駄目だぁ……。すっごい怒ってる……)
頭を抱えてがっくりとテーブルに倒れ伏す。
うつむく私の耳に、静かな口調で語りかけるギルバートさんの声が聞こえてきた。
「……ディーン。思う所はあるだろうが、兄上も反省しているのだ。お互い水に流して──」
「そんな気はない。他人に罰金を肩代わりしてもらう謂れもない」
取り付く島もない言葉に、思わずカッとなって立ち上がった。座ったままの男を強い目線で見下ろす。
「なに、それっ……! お父さんに対して、酷いよディーン!!」
「だから、もう縁は切れて──……ユキ!?」
苛立った声で反論しかけたディーンが、驚いたように小さく叫んだ。おろおろと立ち上がる。
「どうしてお前が泣くっ!?」
「泣いてなっ……ふっ……」
自分でも今気がついたが、確かに泣いていた。
──私はもう二度と、日本の両親にもダガルさんにも会えないのに。
改めて実感すると悲しくて、素直にならない男が悔しくて、大粒の涙がぼろぼろとあふれる。
しばらく茫然としていた男が、我に返ったように私の肩を抱いた。そのまま抱き寄せようとするのを、腕を突っ張って抵抗する。
驚いて息を呑む男を、みっともなく泣きながら睨みつけた。
「お父さんと、仲直りしてよっ……。してくれないなら……っ」
「……してくれないなら?」
男が心細そうな顔で問いかける。捨てられた子犬のような目だ。
私は大きく息を吸い込んだ。
「──王都一の、モテ自慢と駆け落ちしてやるんだからっ!!」
『…………』
会議室に沈黙が満ちる。
ぐすぐす泣く私の声しか聞こえない。
一拍置いて、ガタンッと椅子を蹴倒す音がした。立ち上がったミランダさんが、キラキラとこぼれんばかりの笑みで両手を広げる。
「──もちろんだとも、ユキコ! 喜んで君の愛を受け入れようじゃないか!!」
……ノリがいいなぁ。
しかも、いつもより低めの声でありがとう。
私もあふれる涙を拭い、満面の笑みでミランダさんの元へと駆け寄……れなかった。血相を変えたディーンに、激しく腕をつかまれたから。
「待て、どういうことだ!? なんだあの男は!!」
女です。
「……何って、王都一のモテ自慢よ。思えば初めて会った瞬間から、ユッキーはそれはそれはときめいていたわねぇ」
「だよな。それは浮気だから駄目だって止めたけど、ユキコちゃんは聞いちゃくれなかった」
したり顔で口を挟んだマイカちゃんに、ルークさんも重々しく同意した。
さっきまで鬼の形相だったディーンが、みるみる無表情になっていく。……怖い。そして腕が痛い。
「……お父さんと、仲直りして。お願い」
ビビりながらも、必死で男に訴える。
男は苦しそうな顔で目を閉じると、浅い呼吸を繰り返した。ややあって目を開ける。
「──俺、は……。あくまで自分のけじめのために、罰金を払うと決めたんだ。……父にまで、それを強いるつもりはなかった」
……父!!
私が反応するより早く、オリバーさんが弾かれたように立ち上がった。
「違うっ! それは違うぞ、ディーン!!」
向かい側のテーブルから大きく身を乗り出す。
「お前が居なくなったこの三年間、わたしも罰金を納め続けて……そのお陰で、少しずつ心の整理をする事ができたのだ。あの子の死と、正面から向き合えるようになった。だから──」
一度言葉を切り、赤くなった目元をごしごしと擦った。かすれた声で息子に呼びかける。
「ディーン……帰って来い。ユキコさんと一緒に……」
ディーンはやっと私の腕を放すと、ぎゅっとこぶしを握りしめた。ややあって、オリバーさんを見つめて小さく頷き返す。
ようやく和解した親子に感動して、また涙が出てきそうになる。
喜びのあまり男に抱き着こうとすると、ぐいっと後ろに引っ張られた。
「……それは、出来かねるな。ユキコは私を選んだのだから」
にっこりと微笑むミランダさんだった。
──えええええっ!?
「ちょっ……ミランダさんっ。もうお芝居はいいからっ」
こそこそとささやきかけるが、ミランダさんは私なんか見ちゃいない。よく見ると口角が上がっているだけで、目は全く笑っていなかった。
(……これはもしや)
だらだらと冷や汗が流れる。
ディーンが殺気のこもった目でミランダさんを見た。地を這うような低い声で威嚇する。
「モテ男だかなんだか知らんが、今すぐそいつを離せ。──ユキ。こちらへ……」
さんかい、とミランダさんが小さくつぶやいた。
その声音に、私の頭の中で警戒警報が鳴り響く。ミランダさんの腕が外れたのをいいことに、すすすすと二人から距離を置いた。
「……は?」
怪訝な顔をする男に向かって、ミランダさんが激しく椅子を蹴り飛ばした。ディーンが慌てたように椅子を避ける。
「──三回だっ、三回っ! 四年前に一回、それから今日は二回! よくも男呼ばわりしてくれたな!? それから、元同僚の顔ぐらい覚えておけ、ディーン・グレイッ!!!」
「……あ」
ディーンがぽんと手を打った。
ぽんじゃねぇよ。
「キャロルか、見違えたぞ! ますます男ぶりに磨きがかかったな」
「…………」
ミランダさんは笑顔でこぶしを振り上げた。そのまま勢いをつけてディーンに殴りかかる。
「──なんでだっ!?」
……なんでだろねぇ?
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