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番外編
ミランダさんの変【前編】
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窓のカーテンを開くと、眩しい朝日が差し込んできた。
思わず「よっしゃ」と小さくつぶやく。間違いなく洗濯日和である。
ベッドの上で伸びをしている男を、うきうきと振り返った。
「朝ごはん食べたら洗濯してー、掃除してー。それからどうしよ? どっか出掛ける?」
今日は二人とも休日である。
お互い仕事はシフト制なので、なるべく私がディーンに合わせて休みを取るようにしている。
小さくあくびをした男は、首をひねってしばし考え込む。ぽんと手を打ち、目を輝かせてこちらを見た。
「いや。買い出しだけ行ったら、今日は家で自堕落に過ごそう。だらだらゴロゴロしたい」
私はどちらかと言えばインドア派なので、別段文句はない。楽しげに提案する男に笑って頷いた。
二人で手早く家事を終わらせて、市場へと買い物に出掛ける。
今日は自堕落デーに決定したので、昼食もテイクアウトで済ませる事にした。ついでに甘いものも仕入れて、談笑しながら貴族街の家へと戻る。
「よぉし、だらだらタイム開始だねっ」
リビングで宣言すると、ディーンはいそいそと図書館から借りてきた小説を開いた。私は本に集中する男に寄りかかり、雑誌を眺めたりお菓子をつまんだり、のんびりとくつろいで過ごす。
しばらく経つとちょっぴり飽きてきたので、男の腕を突いてちょっかいを出した。男はそんな私に気付くと、小さく笑いながら本を閉じる。
肩を抱き寄せられたところで、激しくドアベルが鳴り響いた。
「……お客さんかな?」
立ち上がる私を、ディーンがさっと腕をつかんで引き止めた。いたずらっぽく笑う。
「待て。居留守を使おう」
「ええー?」
うーん……。
ま、いっか。今日は一日怠けまくると決めたのだ。
あっさり納得して再びソファに座った途端、今度はけたたましく扉の叩かれる音がした。
ユキコオオオオオ!と大絶叫する声まで聞こえる。……この声は。
「…………」
ディーンが心底嫌そうな顔をする。
うん、やっぱりあの人だよね。
──どうかされましたか、モテ自慢さん?
◇
扉を開けた瞬間、ミランダさんがものすごい勢いで抱き着いてきた。衝撃で後ろに倒れ込みそうになるのを、すばやくディーンが支えてくれる。
「びっくりした……っ。どしたの、ミランダさん」
「ユッ、ユギゴォォ」
軍服姿のモテ自慢さんは、顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
驚愕に一瞬固まり、慌てて彼女をリビングに招き入れる。濡れタオルを手渡して顔に当てさせ、急ぎ甘い飲み物を用意した。
ぐしぐしという泣き声がやっと落ち着いた頃、恐る恐る彼女の顔を覗き込んだ。
「……ミランダさん?」
「す、すまない……。でもっ、聞いてくれ。実は……っ」
私の腕をつかんで言いながら、これみよがしにディーンへと視線を移す。
男は男で、胡乱な表情で彼女を見返した。お互いしばし無言で威嚇し合った後、ミランダさんが冷たく吐き捨てる。
「……そこの男。邪魔なのだが」
「奇遇だな。俺もさっきからそう思っていたところだ」
バチバチバチ。
目を吊り上げて睨み合う二人から、そんな幻聴が聞こえる気がする。
どうしたものかと困り果てていると、ミランダさんが再び私に抱き着いてきた。
「ユキコ。この男をどこかに片付けてくれ」
「ええと……」
無表情に怒っている男を、上目遣いに見て眉を下げる。
「ごめん、ディーン。本当に悪いんだけど、二階に行っててもらっても……」
ミランダさんが泣くところなんて初めて見たし、犬猿の仲なディーンに話を聞かれるのも嫌だろう。
男は仕方なさそうにため息をついた。
ソファから立ち上がると、ミランダさんをばりりと私から引き剥がす。
「……わかった。何かあればすぐに呼んでくれ」
私の頭にぽんと手を置いた。
その途端、電光石火の早業で、今度はミランダさんが男の手をはたき落とした。
「私の友に馴れ馴れしく触れないでもらおうか」
鼻息荒く言い放つ。
ディーンは一瞬あ然としてミランダさんを見た後、額にビキリと青筋を立てた。ドス黒いオーラを身にまとい、地を這うような低い声を出す。
「……ユキは、俺の妻なんだが?」
「自惚れるな。その前に私の友だ」
「その前に俺の妻だろうが!?」
「…………」
なんだろう。
低学年女子が「○○ちゃんはあたしのだもん!」と取り合っているような、この低次元なやり取りは。
あきれて二人を眺めていると、怒り心頭な様子の男が、再びドカリとソファに座り込んでしまった。
「えっ、ディーン!?」
「こんな奴のために移動してやる気が失せた。俺の事は壁だとでもムンクだとでも思っておいてくれ」
むっつりと言って目を逸らす。
……いや。
ムンクさんならムンクさんらしく、目と口をぽっかり開けておいてくれないと……。
ミランダさんはと目をやると、仏頂面な男に向かって思いきりあかんべえしていた。子どもか。
ため息をひとつつき、私はミランダさんに向き直った。
「──それで、何があったの。仕事は早退したの?」
ミランダさんは不思議そうに目を瞬かせる。
「いや、今日は休みだ」
えっ、ならどうして軍服を着ているの?
重ねて問いかけようとしたところで、不機嫌な壁が口を開いた。相変わらず私たちを見てはいないけれど。
「その暇人は、休みの日でも仕事に来る事がよくあるんだ。仕事中毒なのか遊ぶ相手が居ないだけなのか、俺は知らんし興味も無いが」
……多分、ギルバートさんに会いたいんじゃないのかな。
予想しつつミランダさんの顔色を窺うが、彼女はディーンの事を完全に無視していた。私に向かって身を乗り出す。
「しゃべる壁妖怪は置いておいて。──今日は休みだが、少しだけ本部で仕事をしたんだ。それで、もう帰ろうと……受付に通りかかったら……」
そこまで言ったところで、またもミランダさんの目から涙がぶわりと盛り上がる。慌ててタオルを彼女の顔に押し当てた。
「ミランダさんっ……!?」
「タラシ少将が……あの女の、手を、握っていて。今夜、いつもの場所で……って笑いかけて。いつもってなんだ、みっともなくデレデレして、あのタラシめ……っ」
ええと……?
しゃくり上げながら泣いているミランダさんをなだめつつ、彼女の言葉を心の中で反芻する。
「あの女って……?」
ぽつりと問いかけると、ミランダさんがバッとすごい勢いで顔を上げた。憎々しげに私を睨みつける。
「あの女は、あの女だ! 軍本部の受付嬢で、ゆるふわ系を装った、べちゃべちゃした話し方の、いけ好かないあの女だ!!」
どの女だ?
「ごめん、私はその人知らないんだけど……。要は事務方の軍人さんなんだよね? ギルバートさんは、軍の関係者は口説かないんじゃなかったっけ?」
言葉を選びながら、怒り泣きしているミランダさんの顔を窺う。ミランダさんはぶんぶんと首を縦に振った。
「そうなんだ、今まではずっとそうだったのに……! おかしいだろう!? なんであの女に限って……!」
「──本気なんじゃないのか。あの叔父にしては珍しく」
ディーンがさして興味なさそうな顔で口を挟む。ピシッと空気が凍りついた。
……お主。なんつー余計な事を……。
とっさにミランダさんの腕を引っつかむ。
喧嘩になると思ったからだが、案に相違して彼女は茫然と震えているだけだった。
ふえ、とその口から泣き声が漏れる。あっという間に決壊した。
「──うわあああああんっ!!!」
小さな子供のように泣き出したミランダさんを、慌てふためきながら慰める。ギッと失言男を睨みつけた。
「ディーンっ!! 黙っていられないなら、今すぐ二階に移動しなさーーーーいっ!!」
思わず「よっしゃ」と小さくつぶやく。間違いなく洗濯日和である。
ベッドの上で伸びをしている男を、うきうきと振り返った。
「朝ごはん食べたら洗濯してー、掃除してー。それからどうしよ? どっか出掛ける?」
今日は二人とも休日である。
お互い仕事はシフト制なので、なるべく私がディーンに合わせて休みを取るようにしている。
小さくあくびをした男は、首をひねってしばし考え込む。ぽんと手を打ち、目を輝かせてこちらを見た。
「いや。買い出しだけ行ったら、今日は家で自堕落に過ごそう。だらだらゴロゴロしたい」
私はどちらかと言えばインドア派なので、別段文句はない。楽しげに提案する男に笑って頷いた。
二人で手早く家事を終わらせて、市場へと買い物に出掛ける。
今日は自堕落デーに決定したので、昼食もテイクアウトで済ませる事にした。ついでに甘いものも仕入れて、談笑しながら貴族街の家へと戻る。
「よぉし、だらだらタイム開始だねっ」
リビングで宣言すると、ディーンはいそいそと図書館から借りてきた小説を開いた。私は本に集中する男に寄りかかり、雑誌を眺めたりお菓子をつまんだり、のんびりとくつろいで過ごす。
しばらく経つとちょっぴり飽きてきたので、男の腕を突いてちょっかいを出した。男はそんな私に気付くと、小さく笑いながら本を閉じる。
肩を抱き寄せられたところで、激しくドアベルが鳴り響いた。
「……お客さんかな?」
立ち上がる私を、ディーンがさっと腕をつかんで引き止めた。いたずらっぽく笑う。
「待て。居留守を使おう」
「ええー?」
うーん……。
ま、いっか。今日は一日怠けまくると決めたのだ。
あっさり納得して再びソファに座った途端、今度はけたたましく扉の叩かれる音がした。
ユキコオオオオオ!と大絶叫する声まで聞こえる。……この声は。
「…………」
ディーンが心底嫌そうな顔をする。
うん、やっぱりあの人だよね。
──どうかされましたか、モテ自慢さん?
◇
扉を開けた瞬間、ミランダさんがものすごい勢いで抱き着いてきた。衝撃で後ろに倒れ込みそうになるのを、すばやくディーンが支えてくれる。
「びっくりした……っ。どしたの、ミランダさん」
「ユッ、ユギゴォォ」
軍服姿のモテ自慢さんは、顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。
驚愕に一瞬固まり、慌てて彼女をリビングに招き入れる。濡れタオルを手渡して顔に当てさせ、急ぎ甘い飲み物を用意した。
ぐしぐしという泣き声がやっと落ち着いた頃、恐る恐る彼女の顔を覗き込んだ。
「……ミランダさん?」
「す、すまない……。でもっ、聞いてくれ。実は……っ」
私の腕をつかんで言いながら、これみよがしにディーンへと視線を移す。
男は男で、胡乱な表情で彼女を見返した。お互いしばし無言で威嚇し合った後、ミランダさんが冷たく吐き捨てる。
「……そこの男。邪魔なのだが」
「奇遇だな。俺もさっきからそう思っていたところだ」
バチバチバチ。
目を吊り上げて睨み合う二人から、そんな幻聴が聞こえる気がする。
どうしたものかと困り果てていると、ミランダさんが再び私に抱き着いてきた。
「ユキコ。この男をどこかに片付けてくれ」
「ええと……」
無表情に怒っている男を、上目遣いに見て眉を下げる。
「ごめん、ディーン。本当に悪いんだけど、二階に行っててもらっても……」
ミランダさんが泣くところなんて初めて見たし、犬猿の仲なディーンに話を聞かれるのも嫌だろう。
男は仕方なさそうにため息をついた。
ソファから立ち上がると、ミランダさんをばりりと私から引き剥がす。
「……わかった。何かあればすぐに呼んでくれ」
私の頭にぽんと手を置いた。
その途端、電光石火の早業で、今度はミランダさんが男の手をはたき落とした。
「私の友に馴れ馴れしく触れないでもらおうか」
鼻息荒く言い放つ。
ディーンは一瞬あ然としてミランダさんを見た後、額にビキリと青筋を立てた。ドス黒いオーラを身にまとい、地を這うような低い声を出す。
「……ユキは、俺の妻なんだが?」
「自惚れるな。その前に私の友だ」
「その前に俺の妻だろうが!?」
「…………」
なんだろう。
低学年女子が「○○ちゃんはあたしのだもん!」と取り合っているような、この低次元なやり取りは。
あきれて二人を眺めていると、怒り心頭な様子の男が、再びドカリとソファに座り込んでしまった。
「えっ、ディーン!?」
「こんな奴のために移動してやる気が失せた。俺の事は壁だとでもムンクだとでも思っておいてくれ」
むっつりと言って目を逸らす。
……いや。
ムンクさんならムンクさんらしく、目と口をぽっかり開けておいてくれないと……。
ミランダさんはと目をやると、仏頂面な男に向かって思いきりあかんべえしていた。子どもか。
ため息をひとつつき、私はミランダさんに向き直った。
「──それで、何があったの。仕事は早退したの?」
ミランダさんは不思議そうに目を瞬かせる。
「いや、今日は休みだ」
えっ、ならどうして軍服を着ているの?
重ねて問いかけようとしたところで、不機嫌な壁が口を開いた。相変わらず私たちを見てはいないけれど。
「その暇人は、休みの日でも仕事に来る事がよくあるんだ。仕事中毒なのか遊ぶ相手が居ないだけなのか、俺は知らんし興味も無いが」
……多分、ギルバートさんに会いたいんじゃないのかな。
予想しつつミランダさんの顔色を窺うが、彼女はディーンの事を完全に無視していた。私に向かって身を乗り出す。
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そこまで言ったところで、またもミランダさんの目から涙がぶわりと盛り上がる。慌ててタオルを彼女の顔に押し当てた。
「ミランダさんっ……!?」
「タラシ少将が……あの女の、手を、握っていて。今夜、いつもの場所で……って笑いかけて。いつもってなんだ、みっともなくデレデレして、あのタラシめ……っ」
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ぽつりと問いかけると、ミランダさんがバッとすごい勢いで顔を上げた。憎々しげに私を睨みつける。
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どの女だ?
「ごめん、私はその人知らないんだけど……。要は事務方の軍人さんなんだよね? ギルバートさんは、軍の関係者は口説かないんじゃなかったっけ?」
言葉を選びながら、怒り泣きしているミランダさんの顔を窺う。ミランダさんはぶんぶんと首を縦に振った。
「そうなんだ、今まではずっとそうだったのに……! おかしいだろう!? なんであの女に限って……!」
「──本気なんじゃないのか。あの叔父にしては珍しく」
ディーンがさして興味なさそうな顔で口を挟む。ピシッと空気が凍りついた。
……お主。なんつー余計な事を……。
とっさにミランダさんの腕を引っつかむ。
喧嘩になると思ったからだが、案に相違して彼女は茫然と震えているだけだった。
ふえ、とその口から泣き声が漏れる。あっという間に決壊した。
「──うわあああああんっ!!!」
小さな子供のように泣き出したミランダさんを、慌てふためきながら慰める。ギッと失言男を睨みつけた。
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