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5.お兄様は出遅れ中?
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「クッ、なんということでしょう……!」
「そんなに落ち込まないでくださいよ、お兄様~」
机に突っ伏して打ちひしがれるダレル様を、クッキーをかじりつつおざなりに慰める。甘くて色とりどりのジャムクッキー。見た目もとっても可愛らしく、食感も軽くていくらでも食べられそう。
ほうっと至福のため息をついた瞬間、横から顔を覗き込まれた。
「どおどお、美味しい? 契約妹ちゃん?」
明るいオレンジ色の髪を、四方八方に元気に跳ねさせた男の人。
ダレル様の魔導研究所の同僚にして、友人でもあるエドワードさんというそうだ。
「はい、とっても! エドワードさんってお料理上手なんですね」
エドワードさんは照れたみたいに笑うと、自身もひょいとクッキーをつまんで口に入れる。
「まあね。分量を計って、決められた手順を守ってレシピ通りに作成する。発想力と応用力の求められる魔道具の開発よりよっぽど簡単だよ」
「へぇ~。今度私も挑戦してみようかなぁ」
以前働いていた食堂で料理を手伝ったことはあるものの、お菓子作りは未経験だ。
きっとお義母様もお菓子なんて作ったことないだろうから、誘ってみようかな。初心者二人で協力してクッキーを焼いたら楽しいかもしれない。
わくわくと計画を練っていたら、ダレル様がやおら顔を上げた。血走った目でエドワードさんを睨みつける。
「エド、どこで誰が聞いているかもわかりません。『契約妹』という単語は発言禁止です」
「へいへい。でもさー、早速計画行き詰まってんじゃん? 見ただろ、職員達のあの反応!」
「う……っ!」
ダレル様が苦しげに顔を歪めた。
またも机に突っ伏してしまうのを見て、エドワードさんが鼻で笑う。
「いやオレもさ、研究所内で唯一事情を知る友人としてフォローしたいとは思ったけどさ? あれは無理だろ、兄の存在感かき消えてんじゃん」
「あはは……」
私も力なく笑って同調した。
そうなのだ。
ダレル様は私を妹として紹介したものの、肝心の研究所の皆さんはというと――……
「ああ、噂は聞いています!」
「隠し子発覚に怒るどころか、お母上は広い心で受け止めてくださったんだって? 我が子同然にすんごい溺愛してるらしいな」
「リリーさん、ハイラント伯爵に『父親ヅラすんじゃねぇっ!!』って啖呵きったんでしょう? 格好いいわぁ!」
などなどなど。
話題に上るのはお義母様とアレックス様と私のことばかり。ダレル様の『ダ』の字も出てこない。
「おかしい、どうしてなのです……っ。わたしだって、こんなにも妹として可愛がっているというのに!」
「溺愛度がナタリア様に負けてんだろ、単純に」
エドワードさんがにべもなく切り捨てた。溺愛度。新しい言葉だ。
完全に沈黙してしまったダレル様の長い髪に、私はそっと指を絡ませる。つんつん引けば、ダレル様が恨めしげに私を見た。
「リリー。母とわたし、一体どちらを選ぶのです?」
「えっ。雇用主はダレル様ですもん、そこはもちろん、ダレル……様……?」
「なぜ言いよどむのですー!」
ダレル様がわあっと頭を抱え込む。まあまあまあ、拗ねないでよお兄様。
「元気出せ、ダレル。巻き返しをはかるしかねぇだろ。屋敷内や研究所内だけじゃなく、どっか目立つ場所でリリーちゃんを可愛がるんだ」
「馴れ馴れしく『ちゃん』付けで呼ばないでいただけますか?」
「今突っ込むとこそこ?」
エドワードさんがずっこけた。
私はお茶を楽しみつつ、二人の賑やかなやり取りに耳を傾ける。
……屋敷や研究所以外で、か。
だったら外に出掛けるべきなんだろうけど、仲の良い兄妹って普通どこで遊ぶものなんだろ? 残念ながら『普通』が私にはわからない。
悩む私をよそに、エドワードさんがのほほんと笑う。
「にしても、アレックス様があっさり娘と信じてくれて良かったよなぁ。第一関門はそこだったし」
「そうですね。裏工作が上手くいって何よりでした」
「裏工作っ?」
ぎょっとして口を挟めば、ダレル様が「ああ」と目をしばたたかせた。
「十六年前の日付で、偽の手紙を用意したのですよ。『アレックス様、あなた様の娘を産み落としました。隣町のエイムズ孤児院に預けましたので、どうぞ迎えに行ってあげてくださいまし』とね」
「女文字っぽくして書いたのはオレだよ。筆跡変えるの特技なんだ~」
「手紙は当時まだ子供だったわたしが父より先に発見し、母が悲しむと思って自室に隠した――……という設定です。最近になって引き出しの奥から手紙を発見したわたしは、後悔の念にかられ妹の消息を辿ることにした、といった筋書きですね」
ダレル様とエドワードさんが代わる代わる説明してくれる。
ちなみに手紙を十年以上前のものと偽装するために、ダレル様は紙をいい感じに風化させる魔導具まで開発してしまったらしい。なんという技術力の無駄遣い。
私は思わず真顔になる。
「……ダレル様って、実はアホなんですか?」
「はあッ!? 神童だ天才だともてはやされたことはあれど、アホ呼ばわりされたことなど一度もありませんけども!?」
めっちゃキレられた。すいません。
「そんなに落ち込まないでくださいよ、お兄様~」
机に突っ伏して打ちひしがれるダレル様を、クッキーをかじりつつおざなりに慰める。甘くて色とりどりのジャムクッキー。見た目もとっても可愛らしく、食感も軽くていくらでも食べられそう。
ほうっと至福のため息をついた瞬間、横から顔を覗き込まれた。
「どおどお、美味しい? 契約妹ちゃん?」
明るいオレンジ色の髪を、四方八方に元気に跳ねさせた男の人。
ダレル様の魔導研究所の同僚にして、友人でもあるエドワードさんというそうだ。
「はい、とっても! エドワードさんってお料理上手なんですね」
エドワードさんは照れたみたいに笑うと、自身もひょいとクッキーをつまんで口に入れる。
「まあね。分量を計って、決められた手順を守ってレシピ通りに作成する。発想力と応用力の求められる魔道具の開発よりよっぽど簡単だよ」
「へぇ~。今度私も挑戦してみようかなぁ」
以前働いていた食堂で料理を手伝ったことはあるものの、お菓子作りは未経験だ。
きっとお義母様もお菓子なんて作ったことないだろうから、誘ってみようかな。初心者二人で協力してクッキーを焼いたら楽しいかもしれない。
わくわくと計画を練っていたら、ダレル様がやおら顔を上げた。血走った目でエドワードさんを睨みつける。
「エド、どこで誰が聞いているかもわかりません。『契約妹』という単語は発言禁止です」
「へいへい。でもさー、早速計画行き詰まってんじゃん? 見ただろ、職員達のあの反応!」
「う……っ!」
ダレル様が苦しげに顔を歪めた。
またも机に突っ伏してしまうのを見て、エドワードさんが鼻で笑う。
「いやオレもさ、研究所内で唯一事情を知る友人としてフォローしたいとは思ったけどさ? あれは無理だろ、兄の存在感かき消えてんじゃん」
「あはは……」
私も力なく笑って同調した。
そうなのだ。
ダレル様は私を妹として紹介したものの、肝心の研究所の皆さんはというと――……
「ああ、噂は聞いています!」
「隠し子発覚に怒るどころか、お母上は広い心で受け止めてくださったんだって? 我が子同然にすんごい溺愛してるらしいな」
「リリーさん、ハイラント伯爵に『父親ヅラすんじゃねぇっ!!』って啖呵きったんでしょう? 格好いいわぁ!」
などなどなど。
話題に上るのはお義母様とアレックス様と私のことばかり。ダレル様の『ダ』の字も出てこない。
「おかしい、どうしてなのです……っ。わたしだって、こんなにも妹として可愛がっているというのに!」
「溺愛度がナタリア様に負けてんだろ、単純に」
エドワードさんがにべもなく切り捨てた。溺愛度。新しい言葉だ。
完全に沈黙してしまったダレル様の長い髪に、私はそっと指を絡ませる。つんつん引けば、ダレル様が恨めしげに私を見た。
「リリー。母とわたし、一体どちらを選ぶのです?」
「えっ。雇用主はダレル様ですもん、そこはもちろん、ダレル……様……?」
「なぜ言いよどむのですー!」
ダレル様がわあっと頭を抱え込む。まあまあまあ、拗ねないでよお兄様。
「元気出せ、ダレル。巻き返しをはかるしかねぇだろ。屋敷内や研究所内だけじゃなく、どっか目立つ場所でリリーちゃんを可愛がるんだ」
「馴れ馴れしく『ちゃん』付けで呼ばないでいただけますか?」
「今突っ込むとこそこ?」
エドワードさんがずっこけた。
私はお茶を楽しみつつ、二人の賑やかなやり取りに耳を傾ける。
……屋敷や研究所以外で、か。
だったら外に出掛けるべきなんだろうけど、仲の良い兄妹って普通どこで遊ぶものなんだろ? 残念ながら『普通』が私にはわからない。
悩む私をよそに、エドワードさんがのほほんと笑う。
「にしても、アレックス様があっさり娘と信じてくれて良かったよなぁ。第一関門はそこだったし」
「そうですね。裏工作が上手くいって何よりでした」
「裏工作っ?」
ぎょっとして口を挟めば、ダレル様が「ああ」と目をしばたたかせた。
「十六年前の日付で、偽の手紙を用意したのですよ。『アレックス様、あなた様の娘を産み落としました。隣町のエイムズ孤児院に預けましたので、どうぞ迎えに行ってあげてくださいまし』とね」
「女文字っぽくして書いたのはオレだよ。筆跡変えるの特技なんだ~」
「手紙は当時まだ子供だったわたしが父より先に発見し、母が悲しむと思って自室に隠した――……という設定です。最近になって引き出しの奥から手紙を発見したわたしは、後悔の念にかられ妹の消息を辿ることにした、といった筋書きですね」
ダレル様とエドワードさんが代わる代わる説明してくれる。
ちなみに手紙を十年以上前のものと偽装するために、ダレル様は紙をいい感じに風化させる魔導具まで開発してしまったらしい。なんという技術力の無駄遣い。
私は思わず真顔になる。
「……ダレル様って、実はアホなんですか?」
「はあッ!? 神童だ天才だともてはやされたことはあれど、アホ呼ばわりされたことなど一度もありませんけども!?」
めっちゃキレられた。すいません。
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