契約妹、はじめました!

和島逆

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8.順調な日々

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 魔導一筋の孤高の天才、ダレル・ハイラントが妹を大層溺愛しているらしい――

 そんな噂が少しずつ少しずつ、王都に浸透していった。
 ダレル様は有名人だし、今までが今までだけにかなり意外性があったみたい。『契約妹』として成果が出せて、私も嬉しい限りだ。

「ふふ、どうやらわたしの作戦は大成功のようですね」

「ですです~」

 夜、ダレル様の自室にて。

 満足気に頬をゆるめる彼に、私も調子よく相槌を打つ。
 二人並んでソファに腰掛けて、食後のデザートに手を伸ばす。お屋敷の厨房を借りて、お義母様と一緒に作ったクッキー。最初の頃は散々な出来だったけれど、最近ではだいぶ上達してきたと思う。

「うん、さすがはエドワードさんのレシピです。お兄様も、はいどうぞ」

「いただきましょう」

 サクサク、もぐもぐ。

 二人同時にお茶を口にして、ふうっと至福のため息をつく。ああ、しあわせ~。

 ハイラント伯爵家に来て、今日でちょうど一ヶ月が経った。
 今までの生活とは天と地ほどに違うというのに、我ながらびっくりするぐらいあっさり馴染んでしまった。
 偽物とはいえ生まれて初めて家族ができて、「お兄様」「お義母様」と呼べる誰かがいる。それが私にとってはたまらなく嬉しく、そしてちょっぴり気恥ずかしかったりもする。

「あ、そういえば」

 照れ隠しに笑いながら、からかうようにダレル様を見上げた。

「ダレル様、最近は随分いそいそと家に帰ってきてるそうですね? 私が来る前は職場に入り浸りで、一週間顔を見ないことも珍しくなかったのに、ってお義母様が笑ってましたよ」

「えっ!?……あ、ああそれは、もちろん演技のためですよ。大事な妹を放っておきながら縁談の断り文句に使ったら、説得力がなくなってしまいますからね!」

 ああ、なるほどね。

 妹を優先するあまり、自身の結婚は後回しにする。そういう設定だったもんね。

「でもお陰で、縁談の申込みは激減したんでしょう?」

「ええ、確かにもうほとんど来なくなりました。……が、残念ながら一人だけ、とてつもなくしつこいご令嬢がいらっしゃるのですよ……」

 ダレル様が整った眉をひそめ、嘆息する。
 さっきお茶とお菓子を口にした時とは全然違う、さも嫌そうな重苦しいため息。目をしばたたかせる私に、ダレル様は低い声で説明してくれた。

「――彼女の名は、クラリッサ・フォレット侯爵令嬢、年は十八です。金の巻き毛にエメラルド色の瞳、白磁のごとく真っ白な肌。その容姿はわたしの隣に立っても見劣りしないほどに美しい」

 ふぅん。
 でもそんなに美人さんなら、ダレル様じゃなくても相手は他にいくらでもいるんじゃない?
 例えば王子様に見初められたり、外国の貴族様から求婚されちゃったり。恋愛小説ではよくあるよね。

 目を輝かせる私に、ダレル様は思いっきり顔をしかめてみせた。

「いいえ、残念ながらそれはあり得ません。クラリッサ嬢には絶対的な欠点があるのです。高飛車でわがままな性格と、金遣いの荒さと金遣いの荒さと金遣いの荒さです。婚約の破談を繰り返し、最後に彼女……というよりもフォレット侯爵家が目をつけたのが、天才魔導技士として出世街道を邁進するわたしというわけで」

「あー、なるほど。こいつはきっと稼ぐぞと」

「そういうことです」

 そこに愛はないんかい。

 さすがに少し同情してしまって、私は彼の頭をよしよしと撫でる。ダレル様は「もっと慰めろ」と言わんばかりに、無言で顔をうつむかせた。

「大変な人に目をつけられちゃいましたねぇ、ダレル様」

「哀れと思うならわたしを助けてください、救世主の契約妹よ」

 ぱしっと手を取り、真摯な眼差しで見つめられる。
 なんだかやけに距離が近い。まつ毛の一本一本まではっきり見えて――……うん、ダレル様ってば本当に無駄に顔がいいなぁ。眼福、眼福。

 ほのぼの鑑賞してから、笑顔で大きく頷いた。

「もちろん、この私にお任せあれ! クラリッサ様なんかに金ヅル、もとい私のお兄様は絶対に渡しませんからね!」

「本音が漏れてますよ、そこ!!」

 冗談ですってばお兄様~。
 ぷんぷん怒るダレル様の頭を、大笑いしながら再び撫でる。ダレル様はまたもじっと頭を傾けた。

(……まあ、でも)

 茶化してはみたものの、渡したくないというのは紛れもなく本心だ。
 ダレル様が『契約妹』としての私を望んでくれる限り、今のこの日々を大切にしていきたい。手放したくない。

(ダレル様が心から結婚したいって願う、誰かと巡り合ってしまうその日までは、ね……)

 なんて、一抹の寂しさと共に決意を新たにしたその翌日。


 ――私は早速、くだんの「クラリッサ侯爵令嬢」と邂逅する羽目になったのであった。
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