契約妹、はじめました!

和島逆

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7.お手をどうぞ、お兄様!

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「……ぅ……」

「あ。起きました?」

 三十分ほど経ってから、ようやくダレル様が目を開けた。
 状況がいまいち理解できていないようで、潤んだ瞳でぼんやりと私を見上げる。ナデナデと頭を撫でれば、ダレル様は幸せそうに頬をゆるめた。
 そのまま再び目をつぶりかけ――……たかと思うと、突然勢いよく起き上がる。

「わ、わわわわわたしは一体何をっ」

 赤くなったり青くなったりして、あわあわと慌てまくる。おお?

「大丈夫ですよ、お兄様。具合いが悪くなって、ちょっと目をつぶっていただけです。何も問題ありません」

 優しく言い聞かせれば、ダレル様は目を血走らせて私に詰め寄った。

「ほ、本当に!?」

「はいっ。ただここ、恋愛成就の噴水の側だったから、通行人さん達から『人前でイチャつきやがって』ってヒソヒソされました。兄妹じゃなくて恋人同士って思われたみたいです~」

「大惨事ではないですかあぁッ!?」

 この世の終わりみたいに絶叫する。
 打ちひしがれる彼はいったん放っておいて、私は立ち上がって大きく伸びをした。うぅん、体がバッキバキ。

 ダレル様がはっとして、決まり悪げに目を伏せる。

「あっ……。すみません。ご迷惑をおかけしました」

「いえいえ。どうします、そろそろ帰ります?」

 体調を気遣ってそう言ったのだが、ダレル様は「とんでもない!」と目を剥いた。

「このままで終われるものですか! 貴重な研究の時間を潰してまで来たというのに!」

 私はじっと彼を見上げ、手を伸ばす。
 乱れてしまった美しい黒髪を撫でつけて、額に手を当てて体温を確認した。うん、熱はナシ、と。

「リ、リリー?」

 なぜか頬を染めるダレル様。
 顔色もすっかり良くなったみたいだし、まあ大丈夫……かな?

「わかりました。その代わり、今日は早めに休んでくださいね? ううん、今日だけじゃなくて、睡眠は毎日しっかり取ること! その方が研究もはかどるってもんです」

 しかつめらしく言い聞かせ、彼の腕を引く。
 ダレル様は文句を言うでもなく黙って付いてきてくれた。

 大通りに戻ったら、もう大道芸は終わっていた。
 その代わり食べ物屋台をいくつか見つけて、私は目を輝かせて物色する。パンなどの軽食に甘いお菓子、果実のジュースなどよりどりみどりだ。

 ダレル様がうんざりしたみたいに顔をしかめた。

「屋敷で昼食を取ってから来たでしょう?」

「でも、おやつが食べたいです。せっかく今日は大きな財布も持ってることですし」

「……もしや、大きな財布とはわたしのことですか?」

 ご名答~。さすがはお兄様!

 笑って褒めそやすと、ダレル様がフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。ふむふむ、ここは妹らしく可愛く強請れってことですね?

 私はぶりっと小首を傾げ、背伸びしてダレル様にすがりつく。

「ダレルお兄様~、買って買ってぇ! リリーねぇ、あのドーナツが欲しいのぉ!」

「ぶっ!……し、仕方ありませんねっ」

 両手を上げてバンザイして、ダレル様は私の手を振りほどいた。逃げるように屋台に走っていくので、私もすかさず後に続く。

「粉砂糖はたっぷりでお願いします! ね、お兄様!」

「……ええ。可愛い妹がこう申しておりますので、何卒」

 低い声で加勢してくれる。

 上機嫌な私と、引きつり笑顔のダレル様。
 店員さんは私達を見比べて噴き出すと、気前よく砂糖を追加してくれた。小さくてまんまるのコロコロドーナツ。指でつまんでさっそく一つ口に放り込む。

「美味しいっ。はい、お兄様もあ~ん!」

「はっ、えっ!?」

「ほらほら、早く口を開けるっ!」

 ダレル様は目を白黒させながらも、私の言う通りにしてくれた。
 しばし無言で咀嚼して、「……美味しい」と小さく呟く。その目は驚いたように見開かれていた。

「ふふっ。もう一個いりますか?」

「……いり、ます」

 また恋愛成就の噴水に戻り、並んで座ってドーナツを分け合う。
 砂糖まみれになった指をしげしげと見つめると、ダレル様は思わずといったように頬をゆるめた。

「買い食いなど、生まれて初めてです。我ながら行儀が悪い……が、悪くはないですね」

「たいへん。私ったらお兄様を悪の道に引き入れちゃったみたい」

 大仰に悔やむ私に、ダレル様はまた笑う。

 二人で競い合うように食べたドーナツはすぐになくなった。
 次は何を買ってもらおうかと悩んでいたら、不意に広場の方から明るい音楽が響いてきた。音楽隊を囲むように人だかりができていて、みんな楽しそうに手拍子をしている。

 私達が着いたところでちょうど一曲終わり、音楽隊が笑顔で見物客を見回した。

「さあさあお集まりの皆さん、お次はお待ちかねのダンス曲だよ! 大人も子供も男も女も、好きなように組んで踊ってくれよっ!」

 言葉通り曲調が変わり、全員がわらわらと広がっていく。小さな男の子と女の子が手を繋いでスキップして、おじいさんとおばあさんまでもが向かい合って軽やかに舞い踊る。

「わ、楽しそう! お兄様、私達も踊りましょう!」

「は!? わ、わたしはダンスは不得手でして」

「深く考えなくて大丈夫ですったら。音楽に合わせて動けば良いんです、ね!」

 ステップを踏み、くるりと一回転。
 うやうやしく手を差し伸べれば、ダレル様はためらいながらも握ってくれた。

「ほら、お兄様。私と一緒に回って回って」

「……っ。こう、ですか」

「はいっ。上手、上手!」

 曲のテンポが速くなっていく。
 それにつれて踊るスピードもどんどん速くなり、付いていけなくなって脱落する人達も出てきた。地面にへたりこみ、みんな息を切らして笑い転げる。

「あははっ、私も足がもつれそう!」

「もう降参ですか、リリー? わたしはまだまだ余裕ですよ!」

 気づけば、残るは私とダレル様だけになっていた。
 周囲の拍手喝采を浴びながら、感覚だけの即興ダンスを披露し続ける。もはや音楽隊は私達のためだけに曲を奏でてくれていた。

 やがて、ジャンッという派手な音とともに曲が終わる。
 二人同時に足を止め、ダレル様は上気した顔で微笑んだ。私もくすくす笑いながら、ダレル様を誘って音楽隊と聴衆に深々とお辞儀する。

 広場にわあっと大きな歓声が弾けた。
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