好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆

文字の大きさ
5 / 5

最終話

しおりを挟む
 それでも、エヴェリーナはジェラルドのエスコートだけは断固として断った。

 ジェラルドは不満気だったが、エヴェリーナにだってちゃんとわかっているのだ。
 貴族令嬢でありながら騎獣舎で働く自分が、ひどく異質な存在であるということを。変わり者の行き遅れなどをエスコートすれば、ジェラルドが失望されてしまう。

「姉様。とてもお綺麗です」

 舞踏会当日。

 弟であるトーミが、大げさにエヴェリーナを褒め上げる。
 エヴェリーナはこれまで伯爵家当主代行として、年若だからといって舐められぬよう年配の夫人が好むような地味なドレスばかりをまとっていた。化粧もあえて老けて見えるよう厚塗りしていたほどだ。

 けれど今日のエヴェリーナは、父が存命だったころのドレスに久しぶりに袖を通した。
 化粧は淡く、エヴェリーナ本来の美しさを引き立てる程度にとどめている。

 エヴェリーナは弟の賛辞にはにかんだ。
 弟のためにも、今日は『普通の』令嬢に徹して目立たぬよう気をつけようと誓う。

 そんなエヴェリーナの決意は、王城の大広間に到着した瞬間にもろくも崩れ去った。

「ライオネル様ッ!! はああ、はああ……っ何という素敵なお姿なのでしょうっ」

 ライオネルが得意気に胸を膨らませた。

 金のたてがみは品よく編み込まれ、その立ち姿はいつも以上に凛々しく見える。
 首には絹の深紅のリボンが巻かれていた。たてがみに隠れるのを考慮してか、たっぷりとした長さで金の毛並みに良く映えている。

「素敵。好きです。好きすぎます」

「姉様。落ち着いてください」

 はあはあと息を荒くするエヴェリーナを、困ったようにトーミが止める。周囲から明らかな嘲笑が聞こえた。

「さすが、『バーレイ伯爵家の行き遅れ』ですわね」

「お見苦しいこと。ジェラルド殿下とお近付きになるために、殿下の騎獣にまで色目を使われるなんて」

「仕方ありませんわ、あのお年なのですもの。後がないと必死なのですわよ」

 エヴェリーナはきつく唇を引き結ぶ。
 顔色を変えた弟の手を掴んで止めようとした瞬間、「……後がない?」と低く冷え切った声が割って入った。

 エヴェリーナははっとして振り返る。

「後がない……後がない、だと? 貴様らは、エヴェリーナの一体何を見ているのだ?」

 碧と琥珀のオッド・アイに、怒りをたぎらせたジェラルドだった。
 いつもの騎士服ではなく、王弟らしく今日は漆黒の礼服を身に着けている。エヴェリーナに暴言を吐いた令嬢たちが真っ青になった。

「ジェラルド殿下――」

 エヴェリーナをかばうように立ち、ジェラルドが令嬢たちを睨み据える。

「エヴェリーナは前しか向いていない。いっそ清々しいほど、己の欲望に忠実なのだ。なぜだと思う?――エヴェリーナには『後』ではなく、無限に広がる『この先』があるからだ」

 ぴしゃりと告げて、ジェラルドはエヴェリーナに向き直った。
 うやうやしく己に差し伸べられた手に、エヴェリーナは目を見開く。

「――エヴェリーナ嬢。どうかわたしと踊っていただけませんか?」

「…………」

 エヴェリーナは声もなく、ただジェラルドを見つめ返す。
 胸が高鳴り、エヴェリーナの瞳がぼうっと熱に浮かされる。

「……困ります」

「えっ?」

 ジェラルドはぎょっとした。
 まさかこの状況で、断られることは想定していなかった。焦るジェラルドをよそに、エヴェリーナは困惑したように自身の胸を押さえる。

「困るのです……どうしましょう? わたくし、ライオネル様に負けないぐらい、ジェラルド殿下が素敵に見えてしまいました。わたくし……ジェラルド殿下を、お慕いしてしまったのかもしれません」

「はああッ!?」

「どうしましょう……。ジェラルド殿下は、女性がお得意ではありませんのに。もしやわたくし、騎獣舎を首になってしまいますか?」

 泣きそうな顔を向けられて、ジェラルドの思考が焼き切れる。
 はくはくと口を開くばかりで何もしゃべれない。嬉しさよりも驚きが勝って、どう答えればいいのか少しもわからない。

『――ガウッ!!』

「っ!」

 背後からライオネルに吠えられ、ジェラルドはビクッと肩を揺らした。
 悠然と歩み寄ってきたライオネルが、鼻先で荒々しくジェラルドの背中を押す。慣れ親しんだ、銀の星が散る瞳で見つめられ、ジェラルドは急激に落ち着きを取り戻していく。

「……エヴェリーナ」

 静かに呼びかけると、エヴェリーナは覚悟したように顔を上げた。悲痛な覚悟を決めた表情だった。

 小さく笑い、ジェラルドは強引にエヴェリーナの手を取る。

「何の問題もない。……言っただろう? 女性は不得意でも、お前だけは別だと」

「……え……」

「――俺も、心からお前を慕っている」

 耳元にささやきかければ、エヴェリーナの体が激しく震え出した。
 その体を衝動のまま抱き寄せて、ジェラルドはきつく目を閉じる。温かな幸福感に浸っていたら、背後から突然体当たりをかまされた。

『ガウガウ~ガウッ』

「わかった、わかった!……エヴェリーナ。ライオネルもお前を慕っているそうだぞ」

『ガウッ!』

 元気いっぱいな返事に、こわばっていたエヴェリーナの表情がゆるんでいく。
 それを見て、まだまだライオネルには敵いそうにないな、とジェラルドは苦笑した。

「……ジェラルド! ようやく、ようやくお前も身を固める気になってくれたか!?」

「あっ、兄上!?」

 国王である兄が、歓喜に顔を輝かせて駆け寄ってくる。慌てて周囲が道を開けた。

 ジェラルドは思いっきり顔をしかめる。
 このままでは、暴走した兄がこの場で婚姻を命じるのは想像に難くない。それは断じて嫌だった。

 王命などではなく、エヴェリーナには自分自身の言葉で求婚したい。
 そう思った途端、ジェラルドはエヴェリーナの手を取って走り出していた。ライオネルもすぐさま追ってくる。

「おいっジェラルド!?」
「姉様~~~~っ!?」

「今宵の舞踏会、我らはこれにて失礼させていただきます!」

 振り返りもせずに告げて、ジェラルドはバルコニーに飛び出した。
 エヴェリーナと共にライオネルの背中に飛び乗り、ライオネルはすぐさま力強く床を蹴る。

「……っ。わ、あ……っ」

「今日はロープがないからな。俺にしっかりしがみついていろ、エヴェリーナ」

 力強く抱き寄せれば、エヴェリーナが頬を染めて頷いた。
 闇の中で輝く王城を眼下に見下ろし、二人は冷たい夜の空気を吸い込んだ。ほてった体が冷えていくのが心地いい。

(ジェラルド殿下が、好きすぎます)

 どうしてか照れくさくて、ライオネルに愛を捧げるようには素直に口に出せない。

 だから今はまだ、心の中でひっそりと。
 エヴェリーナは噛みしめるようにしてつぶやいた。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

みみ
2025.11.13 みみ

いつか ライオネル視点の物語も読みたいです♡

 硬派な主と 情熱的なお世話係の縁を結んだ 気高い騎獣ライオネルを主人公にして。

2025.11.13 和島逆

ありがとうございます!
本当にライオネルが2人の縁を結んでいますよね(*^^*)
コメントいただき、本編その後のライオネルの視点など考えてみたいと思いました♪

解除

あなたにおすすめの小説

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月 瑠々奈
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

【完結】余命半年の元聖女ですが、最期くらい騎士団長に恋をしてもいいですか?

金森しのぶ
恋愛
神の声を聞く奇跡を失い、命の灯が消えかけた元・聖女エルフィア。 余命半年の宣告を受け、静かに神殿を去った彼女が望んだのは、誰にも知られず、人のために最後の時間を使うこと――。 しかし運命は、彼女を再び戦場へと導く。 かつて命を賭して彼女を守った騎士団長、レオン・アルヴァースとの再会。 偽名で身を隠しながら、彼のそばで治療師見習いとして働く日々。 笑顔と優しさ、そして少しずつ重なる想い。 だけど彼女には、もう未来がない。 「これは、人生で最初で最後の恋でした。――でもそれは、永遠になりました。」 静かな余生を願った元聖女と、彼女を愛した騎士団長が紡ぐ、切なくて、温かくて、泣ける恋物語。 余命×再会×片恋から始まる、ほっこりじんわり異世界ラブストーリー。

婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った

葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。 しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。 いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。 そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。 落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。 迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。 偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。 しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。 悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。 ※小説家になろうにも掲載しています

王太子殿下の想い人が騎士団長だと知った私は、張り切って王太子殿下と婚約することにしました!

奏音 美都
恋愛
 ソリティア男爵令嬢である私、イリアは舞踏会場を離れてバルコニーで涼んでいると、そこに王太子殿下の逢引き現場を目撃してしまいました。  そのお相手は……ロワール騎士団長様でした。  あぁ、なんてことでしょう……  こんな、こんなのって……尊すぎますわ!!

待ち伏せされた悪役令嬢、幼馴染み騎士団長と初恋をやり直す。

待鳥園子
恋愛
悪役令嬢クラウディア・エズモンドとして転生し、前世の記憶が婚約破棄の夜会数日前に戻った。 もう婚約破棄されることは避けられない。覚悟を決めて夜会が開催される大広間に向かう途中、騎士団長であるオルランド・フィンリーに呼び止められ……。

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました

鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。 素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。 とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。 「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。