4 / 5
第四話
しおりを挟む
騎獣舎は、これまで以上にジェラルドにとって心安らげる場所となった。
朝、騎獣舎へと向かうジェラルドの足取りは至極軽い。
「おはようございます、殿下」
「……ふん。おはよう」
ゆるみそうになる顔を引き締め、ジェラルドはエヴェリーナへ無愛想に挨拶を返す。
ライオネルは気持ちよさそうな顔で、エヴェリーナからブラッシングされている最中だった。
「ブラッシングが終わったら、俺とライオネルは軽く上空を見回ってくる」
朝の飛行にエヴェリーナを同行させるのは、天候の良い日を選んで週に一度といったところだ。毎朝だとありがたみがなくなりそうだし、ジェラルドの心臓が保たない気がするからだ。
エヴェリーナは特に不満そうな様子もなく、心得たように頷いた。「もう少しで終わります」と真剣にブラシを動かす。
(いつもながら丁寧な仕事でよいな)
心の中でつぶやいた褒め言葉は、実際にジェラルドの口から出たことはない。どんな顔をして伝えればいいかわからないからだ。
「ライオネル様、今日の毛並みもつやつやでございますね。好き。好きすぎます」
(エヴェリーナの髪だって美し……いや、まあライオネルには負けるがなっ!?)
ジェラルドはぶんぶん首を振り、己の思考を追い払った。
そんな不審な行動をしていても、今日もエヴェリーナは少しも気づかない。彼女が見ているのはいつだってライオネルだけなのだ。
ジェラルドにはそれが不満で、ふう……と聞こえよがしにため息をついてみる。なんて悩ましげなのかしら、と数多の女たちを虜にしてきた吐息である。
『へきちっ』
「まあ! ライオネル様のくしゃみは何と可愛らしいのでしょうっ」
「…………」
ライオネルのくしゃみに負けた。
ブラッシングで飛んだ毛が、ライオネルの鼻をくすぐったらしい。エヴェリーナはくすくす笑いながら、ライオネルの鼻を優しく拭いてやる。
「……さ、終わりましたわ。あら? どうかされましたか、ジェラルド殿下?」
「いや……行ってくる」
ライオネルを連れてすごすごと騎獣舎から出かけて、ジェラルドはすぐに足を止めた。
エヴェリーナに言わねばならないことがあるのを思い出したのだ。
「エヴェリーナ嬢。来月の城の舞踏会にはむろん出席するのだろう?」
「え? いいえ、出ませんけれど」
「えっ!?」
ジェラルドは目を剥いた。
何ということだ。王である兄から「お前もたまには令嬢をダンスに誘え」と毎回叱られることに辟易し、けれども今回はエヴェリーナがいるじゃないか、と己を奮起させたというのに。
(肝心のエヴェリーナがいない、だと……!?)
エヴェリーナが困ったように微笑する。
「わたくしが出席すれば、弟がわたくしをエスコートせねばならなくなるでしょう? 舞踏会は出会いの場。行き遅れの姉が側にいては、弟の邪魔になりますもの」
「なっならば、この俺がエスコートしよう!」
考える間もなくジェラルドは叫んだ。
己の発言に驚き、顔が一気に熱くなる。
それでも、引くことはできない。
エヴェリーナの手を取って、ジェラルドはその瞳をじっと覗き込む。エヴェリーナの目が泳いだ。
「それは……わたくしは、殿下にご迷惑をおかけするのも嫌なので……」
「迷惑などではない!」
「……駄目なのです。どうぞ、わかってくださいませ」
エヴェリーナは静かな口調ながら、きっぱりと拒絶した。ジェラルドは絶句する。
初めてこれほどまでに他者を求めたのに、受け入れてもらえなかった。
絶望感を味わうジェラルドの背後で、ライオネルが低く唸った。ジェラルドははっと目を見開く。
(……そうだ!)
「――エヴェリーナ嬢! じっ実は、当日はライオネルも連れて行く予定なのだ! 舞踏会仕様で見栄え良く着飾ってやるつもりで」
「行きます」
エヴェリーナは食い気味に身を乗り出し、すぐさま前言を翻した。
朝、騎獣舎へと向かうジェラルドの足取りは至極軽い。
「おはようございます、殿下」
「……ふん。おはよう」
ゆるみそうになる顔を引き締め、ジェラルドはエヴェリーナへ無愛想に挨拶を返す。
ライオネルは気持ちよさそうな顔で、エヴェリーナからブラッシングされている最中だった。
「ブラッシングが終わったら、俺とライオネルは軽く上空を見回ってくる」
朝の飛行にエヴェリーナを同行させるのは、天候の良い日を選んで週に一度といったところだ。毎朝だとありがたみがなくなりそうだし、ジェラルドの心臓が保たない気がするからだ。
エヴェリーナは特に不満そうな様子もなく、心得たように頷いた。「もう少しで終わります」と真剣にブラシを動かす。
(いつもながら丁寧な仕事でよいな)
心の中でつぶやいた褒め言葉は、実際にジェラルドの口から出たことはない。どんな顔をして伝えればいいかわからないからだ。
「ライオネル様、今日の毛並みもつやつやでございますね。好き。好きすぎます」
(エヴェリーナの髪だって美し……いや、まあライオネルには負けるがなっ!?)
ジェラルドはぶんぶん首を振り、己の思考を追い払った。
そんな不審な行動をしていても、今日もエヴェリーナは少しも気づかない。彼女が見ているのはいつだってライオネルだけなのだ。
ジェラルドにはそれが不満で、ふう……と聞こえよがしにため息をついてみる。なんて悩ましげなのかしら、と数多の女たちを虜にしてきた吐息である。
『へきちっ』
「まあ! ライオネル様のくしゃみは何と可愛らしいのでしょうっ」
「…………」
ライオネルのくしゃみに負けた。
ブラッシングで飛んだ毛が、ライオネルの鼻をくすぐったらしい。エヴェリーナはくすくす笑いながら、ライオネルの鼻を優しく拭いてやる。
「……さ、終わりましたわ。あら? どうかされましたか、ジェラルド殿下?」
「いや……行ってくる」
ライオネルを連れてすごすごと騎獣舎から出かけて、ジェラルドはすぐに足を止めた。
エヴェリーナに言わねばならないことがあるのを思い出したのだ。
「エヴェリーナ嬢。来月の城の舞踏会にはむろん出席するのだろう?」
「え? いいえ、出ませんけれど」
「えっ!?」
ジェラルドは目を剥いた。
何ということだ。王である兄から「お前もたまには令嬢をダンスに誘え」と毎回叱られることに辟易し、けれども今回はエヴェリーナがいるじゃないか、と己を奮起させたというのに。
(肝心のエヴェリーナがいない、だと……!?)
エヴェリーナが困ったように微笑する。
「わたくしが出席すれば、弟がわたくしをエスコートせねばならなくなるでしょう? 舞踏会は出会いの場。行き遅れの姉が側にいては、弟の邪魔になりますもの」
「なっならば、この俺がエスコートしよう!」
考える間もなくジェラルドは叫んだ。
己の発言に驚き、顔が一気に熱くなる。
それでも、引くことはできない。
エヴェリーナの手を取って、ジェラルドはその瞳をじっと覗き込む。エヴェリーナの目が泳いだ。
「それは……わたくしは、殿下にご迷惑をおかけするのも嫌なので……」
「迷惑などではない!」
「……駄目なのです。どうぞ、わかってくださいませ」
エヴェリーナは静かな口調ながら、きっぱりと拒絶した。ジェラルドは絶句する。
初めてこれほどまでに他者を求めたのに、受け入れてもらえなかった。
絶望感を味わうジェラルドの背後で、ライオネルが低く唸った。ジェラルドははっと目を見開く。
(……そうだ!)
「――エヴェリーナ嬢! じっ実は、当日はライオネルも連れて行く予定なのだ! 舞踏会仕様で見栄え良く着飾ってやるつもりで」
「行きます」
エヴェリーナは食い気味に身を乗り出し、すぐさま前言を翻した。
476
あなたにおすすめの小説
うっかり結婚を承諾したら……。
翠月 瑠々奈
恋愛
「結婚しようよ」
なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。
相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。
白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。
実際は思った感じではなくて──?
突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。
橘ハルシ
恋愛
ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!
リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。
怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。
しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。
全21話(本編20話+番外編1話)です。
【完結】余命半年の元聖女ですが、最期くらい騎士団長に恋をしてもいいですか?
金森しのぶ
恋愛
神の声を聞く奇跡を失い、命の灯が消えかけた元・聖女エルフィア。
余命半年の宣告を受け、静かに神殿を去った彼女が望んだのは、誰にも知られず、人のために最後の時間を使うこと――。
しかし運命は、彼女を再び戦場へと導く。
かつて命を賭して彼女を守った騎士団長、レオン・アルヴァースとの再会。
偽名で身を隠しながら、彼のそばで治療師見習いとして働く日々。
笑顔と優しさ、そして少しずつ重なる想い。
だけど彼女には、もう未来がない。
「これは、人生で最初で最後の恋でした。――でもそれは、永遠になりました。」
静かな余生を願った元聖女と、彼女を愛した騎士団長が紡ぐ、切なくて、温かくて、泣ける恋物語。
余命×再会×片恋から始まる、ほっこりじんわり異世界ラブストーリー。
婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った
葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。
しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。
いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。
そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。
落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。
迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。
偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。
しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。
悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。
※小説家になろうにも掲載しています
王太子殿下の想い人が騎士団長だと知った私は、張り切って王太子殿下と婚約することにしました!
奏音 美都
恋愛
ソリティア男爵令嬢である私、イリアは舞踏会場を離れてバルコニーで涼んでいると、そこに王太子殿下の逢引き現場を目撃してしまいました。
そのお相手は……ロワール騎士団長様でした。
あぁ、なんてことでしょう……
こんな、こんなのって……尊すぎますわ!!
待ち伏せされた悪役令嬢、幼馴染み騎士団長と初恋をやり直す。
待鳥園子
恋愛
悪役令嬢クラウディア・エズモンドとして転生し、前世の記憶が婚約破棄の夜会数日前に戻った。
もう婚約破棄されることは避けられない。覚悟を決めて夜会が開催される大広間に向かう途中、騎士団長であるオルランド・フィンリーに呼び止められ……。
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
図書館でうたた寝してたらいつの間にか王子と結婚することになりました
鳥花風星
恋愛
限られた人間しか入ることのできない王立図書館中枢部で司書として働く公爵令嬢ベル・シュパルツがお気に入りの場所で昼寝をしていると、目の前に見知らぬ男性がいた。
素性のわからないその男性は、たびたびベルの元を訪れてベルとたわいもない話をしていく。本を貸したりお茶を飲んだり、ありきたりな日々を何度か共に過ごしていたとある日、その男性から期間限定の婚約者になってほしいと懇願される。
とりあえず婚約を受けてはみたものの、その相手は実はこの国の第二王子、アーロンだった。
「俺は欲しいと思ったら何としてでも絶対に手に入れる人間なんだ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる