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第58話「三周目〜出雲への旅路〜」
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「八神、八神っ」
斗哉は呼びかけられて、ハッとした。どうやら眠ってしまっていたようだ。
「立ったまま寝るなんて、本当器用ね。席空いてきたわよ」
大きな駅を通過し、乗客が少なくなったようだ。斗哉は心乃香に車内に促された。
「ここ座って」と心乃香が座席をポンポンと叩く。窓際には大量の駅弁の残骸が置いてあった。斗哉は本当に全部食べたのかと、呆れて溜め息をついた。斗哉が座ると心乃香は車内販売で買ったのか、お茶のペットボトルを差し出した。それから先程買っていた、駅弁の一つのサンドウィッチ。
「あげる。大船軒サンドウィッチ、美味しいわよ。岡山に着くまでまだあるし、少しお腹に入れておいた方がいい」
そう心乃香は斗哉にサンドウィッチを差し出すと、自分は車内で買ったのかアイスクリームの蓋を開けた。
「うわっ、まだ固い! もう食べ頃かと思ったのにっ。流石、新幹線のスゴイカタイアイス!」
「なんだ、それ」
「知らないの? 凄い有名なのに。一度、食べてみたかったのよね」
と、呑気にアイスを突いている。もうその間抜けな心乃香の有様に、斗哉はすっかり毒気が抜かれてしまった。さっきまで死にそうに悩んでいた自分が滑稽に思える程たった。
そこまで斗哉は腹が減っていなかったが、心乃香から受け取ったサンドウィッチの箱を開けた。中にはシンプルなハムとチーズのサンドウィッチが入っていた。食べ易く切ってあり、斗哉はそれを口に運んだ。懐かしいような、素朴な味でとても美味しいと感じた。ふっと顔が綻ぶ。こんなことがなければ出会えなかった味かもしれない。
何だかんだと世話を焼いてくれる心乃香に、斗哉は不思議な感覚を覚えた。こんな奴だと思わなかった。一見地味で暗く大人しくて、友達のいなさそうな陰キャ。これが心乃香の印象だった。
でも蓋を開けたら自分のスペックに見合わないプライドの持ち主で、自分を馬鹿にする者には容赦がない。相手が男だって、関節技を決めてくるような奴だった。
怖い女……ただ、それだけでもない。彼女は自分の信念に真っ直ぐな人なのだ。
(オレに対する『思いやり』も、恐らくそこから来ているんだろうな)
斗哉は始め、世の中の「敗者」足りえる彼女のような人間には、何をしてもいいと無意識に思っていた。だが彼女は本当に「敗者」だろうか。
いや、自分が「敗者」だと思ってきたすべての人間も、それぞれの生き方があり、決して「負けている者」ではなく、そんな区分で区切れないのではないかと斗哉は思った。
「何?」
「えっ」
彼女に話しかけられ、自分がじっと彼女を見つめていたことに斗哉は気が付いた。慌てて目を逸らす。
「あのさ。お前、家の人とか心配しないの? 最悪、今日行って、帰って来られないもしれないし……」
計算だと出雲に到着するのは、今日中に何とかなるだろうが、もし出雲で手間取ったら、今日中に地元に帰れないだろう。
(自分は今、心配する親もいないわけだが)
「大丈夫。両親は大きな花火大会を観に、地方に泊まりで出かけてるし、姉は合宿中で家に居ないから。何かあったら、スマホの方に連絡するように言ってあるし。私、元々家電出ないし」
そう淡々と話しながら、心乃香は何とか溶けてきたアイスを頬張った。
「花火大会? お前行かなくて良かったのか」
斗哉は家族旅行をボイコットしてまで、自分に着いて来てくれた心乃香に、申し訳なくなったが――
「別に? 毎年行ってないし。てか、人が混雑してる所、大嫌いだから」
花火大会が嫌いな奴なんているのかと、斗哉は唖然とした。
(待てよ――)
「……もしかして、デートにお祭り誘ったの、スゲー嫌だった?」
心乃香は、冷ややかに斗哉を睨んだ。
「あの話を蒸し返すなんて、あんたどう言う神経してるの? 逆に尊敬するわ。ドッキリでもなかったら絶対行かなかったし、そうでなかったとしても嫌だったわね」
うっ、そりゃそうだと斗哉は反省した。でも大嫌いな場所に、どんな理由であれ来てくれたわけだ。斗哉はそう考えると、不思議と顔がニヤけてきた。
つづく
斗哉は呼びかけられて、ハッとした。どうやら眠ってしまっていたようだ。
「立ったまま寝るなんて、本当器用ね。席空いてきたわよ」
大きな駅を通過し、乗客が少なくなったようだ。斗哉は心乃香に車内に促された。
「ここ座って」と心乃香が座席をポンポンと叩く。窓際には大量の駅弁の残骸が置いてあった。斗哉は本当に全部食べたのかと、呆れて溜め息をついた。斗哉が座ると心乃香は車内販売で買ったのか、お茶のペットボトルを差し出した。それから先程買っていた、駅弁の一つのサンドウィッチ。
「あげる。大船軒サンドウィッチ、美味しいわよ。岡山に着くまでまだあるし、少しお腹に入れておいた方がいい」
そう心乃香は斗哉にサンドウィッチを差し出すと、自分は車内で買ったのかアイスクリームの蓋を開けた。
「うわっ、まだ固い! もう食べ頃かと思ったのにっ。流石、新幹線のスゴイカタイアイス!」
「なんだ、それ」
「知らないの? 凄い有名なのに。一度、食べてみたかったのよね」
と、呑気にアイスを突いている。もうその間抜けな心乃香の有様に、斗哉はすっかり毒気が抜かれてしまった。さっきまで死にそうに悩んでいた自分が滑稽に思える程たった。
そこまで斗哉は腹が減っていなかったが、心乃香から受け取ったサンドウィッチの箱を開けた。中にはシンプルなハムとチーズのサンドウィッチが入っていた。食べ易く切ってあり、斗哉はそれを口に運んだ。懐かしいような、素朴な味でとても美味しいと感じた。ふっと顔が綻ぶ。こんなことがなければ出会えなかった味かもしれない。
何だかんだと世話を焼いてくれる心乃香に、斗哉は不思議な感覚を覚えた。こんな奴だと思わなかった。一見地味で暗く大人しくて、友達のいなさそうな陰キャ。これが心乃香の印象だった。
でも蓋を開けたら自分のスペックに見合わないプライドの持ち主で、自分を馬鹿にする者には容赦がない。相手が男だって、関節技を決めてくるような奴だった。
怖い女……ただ、それだけでもない。彼女は自分の信念に真っ直ぐな人なのだ。
(オレに対する『思いやり』も、恐らくそこから来ているんだろうな)
斗哉は始め、世の中の「敗者」足りえる彼女のような人間には、何をしてもいいと無意識に思っていた。だが彼女は本当に「敗者」だろうか。
いや、自分が「敗者」だと思ってきたすべての人間も、それぞれの生き方があり、決して「負けている者」ではなく、そんな区分で区切れないのではないかと斗哉は思った。
「何?」
「えっ」
彼女に話しかけられ、自分がじっと彼女を見つめていたことに斗哉は気が付いた。慌てて目を逸らす。
「あのさ。お前、家の人とか心配しないの? 最悪、今日行って、帰って来られないもしれないし……」
計算だと出雲に到着するのは、今日中に何とかなるだろうが、もし出雲で手間取ったら、今日中に地元に帰れないだろう。
(自分は今、心配する親もいないわけだが)
「大丈夫。両親は大きな花火大会を観に、地方に泊まりで出かけてるし、姉は合宿中で家に居ないから。何かあったら、スマホの方に連絡するように言ってあるし。私、元々家電出ないし」
そう淡々と話しながら、心乃香は何とか溶けてきたアイスを頬張った。
「花火大会? お前行かなくて良かったのか」
斗哉は家族旅行をボイコットしてまで、自分に着いて来てくれた心乃香に、申し訳なくなったが――
「別に? 毎年行ってないし。てか、人が混雑してる所、大嫌いだから」
花火大会が嫌いな奴なんているのかと、斗哉は唖然とした。
(待てよ――)
「……もしかして、デートにお祭り誘ったの、スゲー嫌だった?」
心乃香は、冷ややかに斗哉を睨んだ。
「あの話を蒸し返すなんて、あんたどう言う神経してるの? 逆に尊敬するわ。ドッキリでもなかったら絶対行かなかったし、そうでなかったとしても嫌だったわね」
うっ、そりゃそうだと斗哉は反省した。でも大嫌いな場所に、どんな理由であれ来てくれたわけだ。斗哉はそう考えると、不思議と顔がニヤけてきた。
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