25 / 48
5 かくし玉
第1話
しおりを挟む
ショッピングモールから家に帰るまで、私たちはずっと他愛のないことを話していた。ずっと他愛のないことを話していたのに、家に着く寸前になって向希は
「俺だって勇気を出したんだからな」
と、私に水着の入ったショッピングバッグと日傘を強く押し付けた。
「それなら、私もちゃんと考えてみるね」
私は向希のことをもう少し知ろうと思った。向希の事を知るには、父や母や、祖父母、私について知らなければならなかった。
私は勉強し始めた向希の横でルーズリーフを1枚取り出す。
「……何してんの」
「向ちゃんは気にしないで。あれを書こうと思って」
「あれって? 」
「先祖の、トーナメント表みたいなやつ」
向希ちゃんは、ぶふっと吹き出してテーブルに突っ伏した。
「家系図かよ! 何で?」
「だって、向ちゃんのことを知ろうと思って」
「ものすごいバックグラウンドから始めるんだな、有ちゃん。でもいいや、俺も有ちゃんのことを知りたいし。二人でわかる分を書いてみようか」
「ごめん。勉強の邪魔しちゃった」
「いいよ。今日は有ちゃんの選んだ水着のことで頭がいっぱいで勉強にならないと思うから」
今度は私がテーブルに突っ伏すことになったけど、二人してクスクス笑った。
この作業はきっと、楽しいだけで終わらないものだから、こうやって笑ってするほうが都合がいい。
家系図はやっぱり父と母のところでもたもたしてしまい、向希や私を中心に書けば父に並ぶ母ではない女性の存在は受け入れがたいが、その女性は確実に向希の母親であるのだから無視することは出来なかった。
私の父の欄も同じだった。もう亡くなってしまった父親の名前を向希が知ってることに驚いたが、私は一度もその名字になったこともなく、ただの文字として無機質に目に映った。
私の父親の上の世代や向希の母の上の世代、もしくは向希の母親の今の配偶者や子供の有無は情報として必要でなく割愛されたが、もしかするとこの世には向希の本当の弟妹がいるのかもしれないと思った。
「よし、こんなものか」
「うん」
私たちはそれを同時に眺めていたが、顔を見合わせた。
「わざわざ書くほどでもなかったな」
「ほんと、ほんと。だいたい知ってたわ。私は死んだお父さんに似てるのかな? お母さんも美人だし、似てないもん」
「あー、でも留さんには少し似てるからそうかもね」
向希はそう言いながら、亡くなった父親の上の世代、父親の母にあたる部分の長方形の中に書かれた文字を指した。
“今津留美”と書かれていた。
「え、どなた? 」
「あれ。有ちゃん、それも知らなかったの? 留さん、有ちゃんのおばあちゃんだよ」
心臓が、ばくばくしてきた。嘘でしょ。そしたらお母さんは姑と働いてるってことなのか。
ショックというより、衝撃だった。
「留さん、源氏名だって言ったじゃん」
「うん。源氏名はジョークだろうけど、あだ名なんだろうね。留美の留の字を取って“とめさん”」
「留美の方か源氏名ぽいじゃんよう、あの人~」
もう、嬉しいやら悲しいやら、悔しいやら、おかしいやら。感情が忙しい。
「面白い人だね。いいなあ。ばあちゃん三人もいて。俺なんか二人だよ」
「普通は二人だわ! って、今シリアスな気持ちなのに!」
とにかく、複雑な感情からおかしいって思うのが表面に出て来て、私も向希も何がおかしいのか、ツボに入っていた。
「これ、合ってますか? ねえ」
向希が遺影に家系図を掲げて訊くから、私はまたツボに入ってしまった。私とは血の繋がりがない人たちだ。会ったこともない人たちなのに、血の繋がりがないことを悲しく思うのは、向希と兄妹でありたかったと思うからなのだろうか。
兄妹であれば、向希は私を心配してここへ来ただろうか。私は向希と過ごして、こんなに笑っただろうか。
「もうすぐお盆だから、みんな帰ってくるよ、有ちゃん」
「そうだね。お母さんのおじいちゃんおばあちゃんとこにも長く行ってないし。本当のお父さんのお墓参りも一度もしたことないや」
「うん。有ちゃんの気持ちが落ち着いてからでもいいと思うよ」
「うん、そうだね」
向希が心配そうな視線を寄越したので、私は笑顔を作って見せた。
「父さん、お盆にはここに来ると思うよ」
そっか。あの人、ちゃんとお参りしそうだものな。非常に気まずい。のは、父も同じだろう。いや、父の方がより一層だ。
「俺だって勇気を出したんだからな」
と、私に水着の入ったショッピングバッグと日傘を強く押し付けた。
「それなら、私もちゃんと考えてみるね」
私は向希のことをもう少し知ろうと思った。向希の事を知るには、父や母や、祖父母、私について知らなければならなかった。
私は勉強し始めた向希の横でルーズリーフを1枚取り出す。
「……何してんの」
「向ちゃんは気にしないで。あれを書こうと思って」
「あれって? 」
「先祖の、トーナメント表みたいなやつ」
向希ちゃんは、ぶふっと吹き出してテーブルに突っ伏した。
「家系図かよ! 何で?」
「だって、向ちゃんのことを知ろうと思って」
「ものすごいバックグラウンドから始めるんだな、有ちゃん。でもいいや、俺も有ちゃんのことを知りたいし。二人でわかる分を書いてみようか」
「ごめん。勉強の邪魔しちゃった」
「いいよ。今日は有ちゃんの選んだ水着のことで頭がいっぱいで勉強にならないと思うから」
今度は私がテーブルに突っ伏すことになったけど、二人してクスクス笑った。
この作業はきっと、楽しいだけで終わらないものだから、こうやって笑ってするほうが都合がいい。
家系図はやっぱり父と母のところでもたもたしてしまい、向希や私を中心に書けば父に並ぶ母ではない女性の存在は受け入れがたいが、その女性は確実に向希の母親であるのだから無視することは出来なかった。
私の父の欄も同じだった。もう亡くなってしまった父親の名前を向希が知ってることに驚いたが、私は一度もその名字になったこともなく、ただの文字として無機質に目に映った。
私の父親の上の世代や向希の母の上の世代、もしくは向希の母親の今の配偶者や子供の有無は情報として必要でなく割愛されたが、もしかするとこの世には向希の本当の弟妹がいるのかもしれないと思った。
「よし、こんなものか」
「うん」
私たちはそれを同時に眺めていたが、顔を見合わせた。
「わざわざ書くほどでもなかったな」
「ほんと、ほんと。だいたい知ってたわ。私は死んだお父さんに似てるのかな? お母さんも美人だし、似てないもん」
「あー、でも留さんには少し似てるからそうかもね」
向希はそう言いながら、亡くなった父親の上の世代、父親の母にあたる部分の長方形の中に書かれた文字を指した。
“今津留美”と書かれていた。
「え、どなた? 」
「あれ。有ちゃん、それも知らなかったの? 留さん、有ちゃんのおばあちゃんだよ」
心臓が、ばくばくしてきた。嘘でしょ。そしたらお母さんは姑と働いてるってことなのか。
ショックというより、衝撃だった。
「留さん、源氏名だって言ったじゃん」
「うん。源氏名はジョークだろうけど、あだ名なんだろうね。留美の留の字を取って“とめさん”」
「留美の方か源氏名ぽいじゃんよう、あの人~」
もう、嬉しいやら悲しいやら、悔しいやら、おかしいやら。感情が忙しい。
「面白い人だね。いいなあ。ばあちゃん三人もいて。俺なんか二人だよ」
「普通は二人だわ! って、今シリアスな気持ちなのに!」
とにかく、複雑な感情からおかしいって思うのが表面に出て来て、私も向希も何がおかしいのか、ツボに入っていた。
「これ、合ってますか? ねえ」
向希が遺影に家系図を掲げて訊くから、私はまたツボに入ってしまった。私とは血の繋がりがない人たちだ。会ったこともない人たちなのに、血の繋がりがないことを悲しく思うのは、向希と兄妹でありたかったと思うからなのだろうか。
兄妹であれば、向希は私を心配してここへ来ただろうか。私は向希と過ごして、こんなに笑っただろうか。
「もうすぐお盆だから、みんな帰ってくるよ、有ちゃん」
「そうだね。お母さんのおじいちゃんおばあちゃんとこにも長く行ってないし。本当のお父さんのお墓参りも一度もしたことないや」
「うん。有ちゃんの気持ちが落ち着いてからでもいいと思うよ」
「うん、そうだね」
向希が心配そうな視線を寄越したので、私は笑顔を作って見せた。
「父さん、お盆にはここに来ると思うよ」
そっか。あの人、ちゃんとお参りしそうだものな。非常に気まずい。のは、父も同じだろう。いや、父の方がより一層だ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
Husband's secret (夫の秘密)
設楽理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる