三度目の庄司

西原衣都

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4 理想の家族

第4話

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 川まで来ると夏の湿っぽい風が涼やかなものに変わった。立ち止まったせいで急に汗が吹き出てくる。
「はあ、もうマドレーヌは消費したかな?」
「何個食べたの」
「三個」

 ジロリと睨まれて白状した。

「五個」
「山、一周しなきゃなんないんじゃない?」
「ええ、おばあちゃんのマドレーヌはそんなにカロリーないはず」
「バターたっぷり」
「……美味しいんだもん。向ちゃんは昔からよく作ってもらった?」
「うん、そうだな。おじいちゃんも好きそうだった」
「うん。明日からこのくらいの時間に毎日歩こうかな。家でゴロゴロしてたら太るし。昼間はもう無理だな~」

 私は、一人で、のつもりだったが
「いいね、そうしよう」
 向希は一緒に、のつもりで頷いた。

「向ちゃん、勉強あるし、いいよ。のんびり一人で歩くよ」
 向希は返事もしなかったが、一緒に行くことになるのだろう。

 帰り道は、ほの暗い程度で危なくはない。土の道は踏みしめると、草の匂いがした。ジーとかコロコロとかセミとは違う虫が鳴いていた。

 行きは開いていた店は閉まっていて、明日からもこうやって出かけるならお金を持って行こうと思い出した。

 祖母の日傘はいつの間にか向希が持っていて、やっぱり私は閉じた傘を持つのは苦手なのだと思った。向希は、ちゃんとしてる。


 夜中に目覚めるというリズムが出来てしまったのか、私はまた夜中に目が覚めた。

 欄間からは光が漏れていたし、水を飲みに行くと、祖父の書斎からも光が漏れているのが見えた。

 こんな時間まで……。全く、勤勉な血統である。と思いつつ何事もなかったかのように私はすぐに眠りについた。


――――翌朝。

 この日は水着を買いに行く予定にしていたが、布団の上に寝転がったまま、向希はあんなに遅くまで起きていたのだから、また寝ているのではないかと耳をそばだててみた。

 が、私たちの間の襖ではなく縁側と反対側の引き戸がスパンと開いた。
「有ちゃん、早く起きなよ。もうじいちゃんもばあちゃんも仕事行ったよ」

 嘘でしょ。何時なの、今。時計は9時をまわっていた。夜中に目が覚めちゃったから、寝坊しちゃったんだ。

「いや、起きてるし」
 と、負け惜しみを言ったところで寝坊は寝坊だ。

「買い物行くんでしょ」
 小さく舌打ちをした後でそう言われ、私は自分が悪いのにふて腐れた態度で起き上がった。

「布団は明日干すかな」

 そう言いながら向希はサッサと私の布団を三つ折りにした。主婦みたいな男だ。

 価値ある女子高生が眠っている部屋に勝手に入ってくるなんて、どうかと思う。……布団の上げ下ろしまでしてもらってては、何も言えないけど。

 台所に朝食が用意されていて、ますます何も言えなかった。唯一言えたのは「いただきます」だった。


「こうちゃん、あんなに遅くまで起きてたのによく朝起きられるね」
「そう? 俺はいつもこんなんだよ。ショートスリーパーなんだ」
「へえ。そうなんだ」
「あんまり眠れないんだ」
「デリケートなんだね。ってそんなわけないか」
「有ちゃんのイビキがうるさくて」
「え、うそ!?」

 向希はふふんと笑うと私の食器をカチャカチャと洗い始めた。

「有ちゃん、着替えてきて。えーっと、白いワンピース以外で」

 ふっと、肩を揺らす後ろ姿が見えた。やっぱり性格悪いな、あいつ。

「はい。すみません」
 洗い物までしてもらっては、文句など言えない。手早くワンピース以外に着替えると、向希は既に準備を終えていた。

「有ちゃんは何もかもゆっくりだよね」
「ご、ごめん。昨日も夜中に目が覚めちゃったから」
「俺の部屋、眩しい?」 
「いや、そうじゃないと思う」
「そっか。よく寝るよね。夜中って言ったって俺はまだ起きてたし」
「……そうだね」

 そこから直ぐ寝てしまったし、向希よりは寝てることになる。向こうの家にいた時は光が漏れなかったから向希がこんなに遅くまで起きてるって知らなかった。お母さんは夜遅くても朝が遅いし、お父さんも夜更かしのイメージはないなあ。

「父さんも母さんもよく寝るもんな」
「あ、だよね」
「うん。ショートスリーパーかロングスリーパーかは遺伝らしいよ」
「へえ」

 私は勝手口でスニーカーかサンダルかで悩んでサンダルを履くことにした。

「おばあちゃんからお小遣い貰ったから。これで昼も食べてこいってさ」
 バス停まで歩きながら向希が言った。私は今日も日傘を差していた。いくら貰ったんだろうかと思いながら、傘を忘れないようにしなくちゃとも思った。

「有ちゃん、日焼け止めは持ってるの?」
「うん。あるよ、スプレーのやつ」
「そっか。他にもいるものがあれば、買っておいたら?」
「そうする」

 小さな頃は日焼けなど気にしなくて、限界まで黒くなっていたな。向希は色白なので、日に焼けると赤くなってしまっていた。赤くなるのが落ち着くとまた白い肌に戻っていた。

 大人たちが真っ黒に日焼けした私と白いままの向希を見て『有ちゃんは元気でいいね』と言ったのを間に受けて、元気でいいでしょって思ってたけど、今から考えたら全然よくねーわ。ずっと、比べられては、劣ってた。日焼け止めを塗っても私の方が黒くなるのだろう。

「そういえばさ。昔は有ちゃんみたいに日焼けするの、憧れたなあ。俺なんて真っ赤になって、夜に熱持って眠れなくなってさ。母さんと父さんがずっと冷やしてくれて、それからずっとラッシュガード着せられてた」

 嫌みかな?と思ったがそんなことは微塵もなさそうな向希に、白さに同情すべきかどうか考えあぐねていた。
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