三度目の庄司

西原衣都

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4 理想の家族

第3話

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 まあね、負けるよね。

 結局、全敗して悔しい気持ちをなんとかなだめた頃、祖父に尋ねてみた。

「ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんはどんな人だったの?」
 寝転んで逆さまに見上げるなんとも不躾な子孫であるが、どちらもなんとなく視線が合っている気がする。

「そうだなあ。子煩悩な人だったからおじいちゃんもお父さんも可愛がってもらった。だから、よく似てるんじゃないか、今のおじいちゃんと」
「そうね。おばあちゃんもひいおばあちゃんからお料理を教えて貰ったし、おばあちゃんの中にもひいおばあちゃんは一部としているのよ」
 
 祖父母が言うのに、向希がきちんと座りながら、ああ、と頷いた。

「父さんがよく言ってた。その人のことを知りたい時は二世代くらい遡らないとって。あれ、じいちゃんたちからの受け売りだったのか」
「二世代くらい遡れるの?」
「そう。やっぱり親や祖父母から受ける影響がデカ……大きいってことだよ。それと横の繋がりもって言ってた。僕で例えると、僕の事を知りたければじいちゃん、ばあちゃん、父さん母さん。横は有ちゃんや友達。とにかく、僕は僕だけで形成されてないってこと」
「なるほど。じゃあ、おじいちゃんを知りたければ、江戸くらいまで知らないといけないのね」
「……有ちゃん。江戸って。せいぜいおじいちゃんが生まれる50年前くらいまでだよ」
 わからない。年表が欲しいな。

「でも、おじいちゃんのおじいちゃんはそのまたおじいちゃんにも影響受けてるからずっとずっと遡らないと。それに、おじいちゃんだって私から影響を受けてるかもしないよ?」
「有ちゃん、屁理屈だなあ。一理あるかもね。まさかの有ちゃんから、影響があるなんて」
 ムッとして言い返す。
「向ちゃんは間違いなく、影響受けてるんだから」
「まあね」
 あっさりと肯定されては振り上げたこぶしが行き場を失くすってものだ。

「さて、そろそろお野菜取ってきて、夕食の準備にするわね」
 祖母が立ち上がると向希がすぐに反応した。

「手伝うよ」
「いいわよ。今日はおばあちゃんもお休みだしのんびり作るから。あなたたちもたまにはゆっくりしなさい」
「たまにはって、毎日こうだよ、おばあちゃん」
 向希がゴロゴロしてる私の足をコンと蹴った。
「おやついっぱい食べ過ぎたから夕ごはんちょっとでいい~」
 お腹を撫でながら言うと、祖母は「はいはい」と笑い、向希は呆れた目で私を見下ろした。

 祖父は碁盤に碁笥を乗せると元の場所へと運んで行った。

「有ちゃん、腹ごなしに散歩にでも行こう」
「ええ、面倒くさぁ」
「肥えるよ」
「こ、肥える? 肥えるって言った!?  肥えるって太るってことよね? 肥料の肥! 」

 私がブーブー言うのが可笑しかったらしく、向希は笑いながら勝手口に向かった。行くよ、行く。散歩に行く。

「まだ陽射しがきついよ。有ちゃん日傘いるんじゃない?」
「うーん。私、傘って使わない時邪魔って思っちゃう。帰りは日傘使わないだろうし」
「うん。じゃあ帰りは俺が持つよ」
「別に自分で持つけど」
「じゃあ、どこかに置いて帰らないように俺が注意しとく」

 お見通しのようだ。だが、そう言われては私は祖母の傘を開いた。カチと留め具の音がする。ジャワジャワ聞こえてくるセミの個体数を考えるとこれらを生み出す夏とは恐ろしいものだ。

 スニーカーを履いてきたからか、アスファルトから伝わる熱気はいくぶん控え目だったが、涼しい夕暮れにはほど遠かった。

「明日、水着買いに行く?」
「そうだね」
「そのまま川に直行しちゃう?」
「いや、明日に夕立も含め、雨が降らなければ明後日に行こう」
「ふうん、わかった」

 向希は勉強に忙しいのか、丸一日遊ぶとはいかないようだ。

「川の所まで歩こうか」
 向希の提案に結構歩くんだと思ったが、さっき食べたマドレーヌを思い出し、素直に頷いた。おばさんのお店は開いていて、飲み物を買うのにお金を持ってこなかったことが悔やまれた。

 ジャワジャワの中にカナカナも混じりだして、山の端が夕暮れを感じさせる色に変わっていく。何も話さない向希に、何か話があったわけでも、二人になりたかったわけでもなかったのだと深読みを恥じていた。なんだよ、もう。
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