三度目の庄司

西原衣都

文字の大きさ
20 / 48
4 理想の家族

第2話

しおりを挟む
 向希がうーとかあーとか言って悔しさを味わっていると、台所から甘い香りが漂ってきた。

「終わった?」
 ひょっこりと祖母が顔を出す。
「終わったよー、向ちゃんの負けー」
「あら、手加減してあげたんじゃないの?」
「何を言うか」
 祖母に祖父が反論し、祖母が可笑しそうに笑った。
「おやつにしましょう。ここに持ってくるわね」
 祖母が縁側から向ちゃんの使ってる方の和室の障子を開けた。

「あ、避けるね」
 向希が座敷机の上を片付けてる間に私は祖母の手伝いに台所へと向かった。

「わあ、マドレーヌ! おばあちゃんいつの間に」
「簡単なのよ」

 祖母は謙遜という形をとってはいるが、得意気だ。もちろん私もそんな祖母を見ているのが嬉しい。

「アイスコーヒーにする?」
「そうしよう」
「アイスコーヒーに牛乳入れる人ー?」
 台所から尋ねると、誰も返事をしなかった。
「おじいちゃんにもちょっと入れてやって。こうでもしないとカルシウム取らないんだから」

 言われた通り祖父と自分のアイスコーヒーに牛乳を注いだ。

「気をつけてね」

 アイスコーヒーの乗ったお盆を引き受けた私に祖母が背中から声を掛けてくる。私は返事をする余裕もなく細身のグラスを見守りながらそろりそろりと歩いた。

「はい。おじいちゃんのはカルシウム入り」
 祖父は牛乳の入ったグラスを丁寧に受け取った。どうやら牛乳を入れられることは想定していたらしい。ふむ、おばあちゃんの愛の勝利である。

 まさに、理想の家庭である。少し遅くに子どもを授かったと想定するとこのくらいの年の差の親子関係も成り立つ。どうだっただろうかと考えてみる。休日に父と息子が縁側で囲碁を打ち、母親は、面倒な工程をちゃんと成し遂げて作られた間食を運んでくる。

 市販では味わえない優しい甘さ、バターを100%使った贅沢な香り。保存料、香料、無添加。

「僕、これ大好き」

 向希がそう言うと、はっと現実に戻った。

「そう思って作ったのよ。お父さんも大好きだったのよ」

 そうか、向希もお父さんも食べたことあるのか。焼きたてのマドレーヌは縁のところがサクサクしている。焼きたてだから味わえる今日だけの食感だ。

 祖母は私たちの前では父のことを『お父さん』と呼ぶ。父の前では祖父のことを『お父さん』と呼ぶ。そして、祖父のことは『おじいちゃん』と呼ぶのだ。当然のことを今さらながらに実感した。

 向希も『僕』に戻ってる。私も向希も祖父母の前ではいつもより幼くなってしまう気がする。

 私といる時の向希は子どもっぽくはあるけれど、祖父母の前の幼さとはまた違うのだ。

 「ねえ、あの人はおじいちゃんのお父さん?」
 長押の写真、一番右端のを指差した。おそらく、右にいけばいくほど新しいのだろう。

「そうよ。似てるでしょ」
 祖母に言われて見ると、確かに目の辺りが似ている。
「そんなに似てると思わなかったけど、年々似てくるもんだな」

 祖母が笑うものだから、不思議に思って祖母を見つめた。

「いやね、有ちゃん小さな頃にここへ来るたびに聞いてたわよ。あれは誰? こっちは誰? お仏壇には何が入ってるの? って。いつもお供え物してたから、中にはもっと美味しい物が入ってると思ったんでしょうね」
「そうだったな。供えた物は写真より数が少ないけど、みんなでわけるのか? って」

 可愛いじゃないか、私。そうは思うけど、私の覚えていない過去を暴露されることは恥ずかしいものだ。

「もっと古いものはどうしてるの? 江戸の人とか」
「有ちゃん、江戸に写真はないって。そもそもこの家は江戸くらいまで遡れるの?」
「ああ、わかると思うよ。戸籍が出来たのがもう少し後だけどそれ以前はお寺が管理していたからね。ここあたりはまだその寺がある」
「へえ」

 すごい、面白い。

「僕、何となく覚えてる。僕と有ちゃんもあそこに並ぶの? って聞いた覚えがあるな」

 面白いけど、気付いちゃった。その家系図、たぶん私は無関係だ。

 おじいちゃんもおばあちゃんも、幼い向ちゃんに聞かれて何て答えたんだろう。

「もう、陰気臭いわね。私たちだってまだまだなのに。ねえ?」
「そりゃあそうだ」
 祖父が祖母に同意した。確かに曾祖父の遺影を見る限り、今の祖父より年上だ。私と向希が小さな頃はまだ健在だったらしいが、私の記憶には残っていなかった。今、生きていたら90歳くらいだろうか。あり得るではないか。ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんて、どんな感じなのかな。
 早くに子どもを産むのも悪くないと思わせる。自分本位だけれど。そして、もしそうするなら私、もしくは向希が早く結婚しなくちゃな。

 向希はいつかあそこに並ぶ。私があそこに並ぶには……考えるのを止めた。

 ぼうっと遺影の並びを見ている向希は何を思うのだろうか。

「美味しい」
「そう? まだあるけど……」
「食べる!」

 食事が食べられなくなるかもしれないけど、手作りのおやつならと、手作りは普通のお菓子より別格の扱いを受けるのだ。最後の一つを口に入れ、ありがたくいただく。レシピを聞こうかと思ったが、これはきっと祖母が作ったということが美味しくさせているのだろうと、やめた。

「よし、有ちゃん五目並べしよう」
 向希に誘われて、私は囲碁盤の前に座った。白い碁石を碁盤に置くと控え目に音がなった。

 よし、勝ちに行こう、私も。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...