コーヒーと笑う

naokokngt

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第1章

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胃がちくっと痛んだ。
「若人よ。ワシの言うことを聞いてみてくれないか?」
胃の中から、いや、胃の皮から声がする。
胃の皮ってなんだ?と思ったが、まあいいや、僕が胃の皮といえば、胃の皮だ。
僕の胃のことなど、僕以外だれも知るはずがない。

「そなたは大変なことを忘れている。水筒さんが怒っている」

僕は突然思い出した。
水筒を会社に置いてきたんだ。いつもアイスコーヒーを入れて行っている水筒を。
今日はとても忙しくて、帰り際まで慌てていた。だからロッカーに水筒を忘れたのだ。
明日は持っていけない。今はそれほど夏ではないけれど、蓋を開けたときにへんなにおいがしないといいなあと思う。

しかし、と思い返す。
僕は明日、何にアイスコーヒーを入れていけばよいのだろう。
たとえば今起きて、ほかに水筒を持ってなかったかなあと、ごそごそと引き出しをあさったりするのは現実的だろうか。非現実かなあ。

僕の胃の皮の声の主は、いまやわかる。
今日、水筒に入れていたコーヒーだ。
「なぜ、コーヒーさんが水筒のことを気にしているの?」
と、僕は聞いた。
「ワシは水筒さんと友達になったのだ」
と、コーヒー…さんは言った。

「さて、ワシと水筒さんがどうやって友達になったかだが。まず、ワシはコーヒーのビンからガッサリと水筒に適当に入れられた。そしてお湯を注がれ良い香りとなり、氷をぶん投げられ、氷さんはワシにこんにちはこんにちはと力強く挨拶し、そしてワシはアイスコーヒーとなった。すると水筒さんは言ったのだ。”わたしの持ち主は乱暴ものなんだよ。氷の入れ方も、まったくもって配慮が足らない。乱暴に入れた。コーヒーさんのことも氷のこともあいつは考えていない。会社の可愛い女のことでも考えていたのだろう。全く。毎日こうだ。あいつはわたしの体を傷つけ過ぎだろう。わたしへの扱いを見ていると、あいつが周囲にどれだけ思いやりのない行動をしているかが透けて見える”」

まずい。
これは僕についての陰口を水筒さんが言ったということだ。
つまり、僕は水筒さんに嫌われている。

「まあ、ワシもな、”いやいや、今度ワシから言っておくさな。あいつもな、良いところはたくさあるんだけどな”と、フォローしておいたのだが、そなたはその日に水筒さんを忘れおって。まったく」

ああ、そうか、水筒さんが僕への不満がピークに達したその日に、僕はやっちまったのか。
しかも、「代わりの水筒なかったかな」なんて、「あなたがいなくても、ほかにこの仕事をやりたい人はたくさんいるんですよ」などと言う情のない鬼上司のようなことも考えてしまった。

「そなたは、ワシがなぜ、一人称ワシなのか気になっているかもしれぬな」
いや、そこは特に気にしてないけれど。
「ワシというコーヒーの粉の元となるコーヒー豆は、この地から遠く海を隔てた農園の、土から生まれたもの。とおい過去、はるか遠い過去だが、恐竜たちが石になった土から」
「土?え?なに?」
「コーヒー豆の木は、その土から伸びていった。そして成長した木からワシというコーヒーの粉の元となるコーヒー豆は生まれた。だからワシの中にはその土の栄養も入っている。恐竜たちの時代から数万年生きてきたと同じことさ」 
「そういう考え方ね」
僕はベッドの上に腰掛けて足を組んだ。
なるほど、と僕は思う。

このコーヒーさんは、
話が長い、
かもしれない。
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