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第2章
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「さて、話を戻すとだな、水筒さんは悲しんだわけさ。ホームセンターで安売りされるわ、そなたに”あ、安いから買っちゃえ”みたいなこと言われて買われるわ、洗わないで置いていかれるわ」
「そりゃ誤解だよ」
と、僕は大きく否定した。
「僕の水筒、安かったのは確かだけれど、買った理由はそれだけじゃないって。性能良さそうで、好みの色だったからだよ」
「そなたはいま、浮気男が言い訳しているような顔をしているな」
「そのたとえ、わけわからないよ」
「持ち主に忘れられて置いてけぼりになるのは、どれくらい悲しいものか」
恐竜の時代から始まったコーヒーさんの声は、今や大切な友達のためにかなりのボリュームになっていた。胃から口に戻ってきそうだった。
けほっ、と、僕はいちど咳をした。
そして、
「わかりましたよわかりました。明日いちばんで水筒さんにごめんなさいを言って、で、きちんと洗います」
と、頭を下げた。
「しかしながらコーヒーさん」
「どうした」
「水筒に残っているコーヒーさんのほんの数滴は、流しに流れていくことになるけれど」
「いたしかたあるまい。しかしワシらはどんなに遠く離れても同じ場所に居ると言える」
「どういうこと?」
コーヒーは、「うむ」としばらく考えてから言った。
「いま、ワシとそなたは同じ家にいる。それは間違いない」
「うん、まあね」
「コーヒーの残りは土にかえる。土はそなたの家と同じ地球にある。それも間違いない」
「つまり…」
「つまり、ワシらは常に同じ場所にいるのだ。寂しがることはない」
「かなりワールドワイドな話になっちゃったけどね」
「ワシらは離れ離れになっても、互いを忘れぬよ」
「僕は忘れるのかなあ」
「人間は忘れるからなあ」
地球に溶けるコーヒーの一滴。僕の家との距離。もしも地図上で10センチなら本当の距離はどれくらいか。
僕の頭では想像の限界を超え、なんだか汗をかいてきたので、涼しさを求めて窓を開けた。
虫の声。
遠くにぼんやりと光る星。
世の中には、コーヒー以外のものも存在する。
「あの星々はな、ワシがかつて土だったころ、土から掘り出された石から作られたロケットで向かった先に浮かんでいて」
話がワールドワイドを通りこしてついに宇宙に行ってしまった。
星は宇宙に存在する。僕の家は地球に存在する。そして地球も宇宙に存在する。
と、いうことは。
と、いうことは、
みんなグルだな。
僕が耳を澄ますと、なにかがポンプの中を通って出ていったり、引っ込んだりしている音がした。
ひんやりとした空気に、僕の汗がひと息ついて休んでいる。
その空気の中に、コーヒーの香りが静かに佇んでいた。
コーヒーの香りは、夜の闇を突き抜けて走っていく電車みたいに思えるんだ。
「ねえ」
と、僕は言った。
「僕とは友達になってくれる?」
コーヒーさんは、ほお、とひとこと言って沈黙した。
「いや、気を悪くするではない。ワシは単純に驚いたのだ」
そして、コーヒーさんはうなずいた。
「うむ、そなたと友達になろう」
コーヒーさんはあっはっはっと、豪快に笑った。
すると、コーヒーさんの中のカフェインさんも一緒にあっはっはっと笑った。僕の体の中に吸い込まれたはずのカフェインさんが。
「どうも、こんにちは、カフェインです」
カフェインさんはとても元気で、語尾にスタッカートがついていた。
ああ、無限に友達が増えそうだ。
カフェインさんまで元気に笑ったので、僕の目は非常に活性化して、遠くの星の笑い顔まで見えた。
仕方ないから僕も笑うか。
「そりゃ誤解だよ」
と、僕は大きく否定した。
「僕の水筒、安かったのは確かだけれど、買った理由はそれだけじゃないって。性能良さそうで、好みの色だったからだよ」
「そなたはいま、浮気男が言い訳しているような顔をしているな」
「そのたとえ、わけわからないよ」
「持ち主に忘れられて置いてけぼりになるのは、どれくらい悲しいものか」
恐竜の時代から始まったコーヒーさんの声は、今や大切な友達のためにかなりのボリュームになっていた。胃から口に戻ってきそうだった。
けほっ、と、僕はいちど咳をした。
そして、
「わかりましたよわかりました。明日いちばんで水筒さんにごめんなさいを言って、で、きちんと洗います」
と、頭を下げた。
「しかしながらコーヒーさん」
「どうした」
「水筒に残っているコーヒーさんのほんの数滴は、流しに流れていくことになるけれど」
「いたしかたあるまい。しかしワシらはどんなに遠く離れても同じ場所に居ると言える」
「どういうこと?」
コーヒーは、「うむ」としばらく考えてから言った。
「いま、ワシとそなたは同じ家にいる。それは間違いない」
「うん、まあね」
「コーヒーの残りは土にかえる。土はそなたの家と同じ地球にある。それも間違いない」
「つまり…」
「つまり、ワシらは常に同じ場所にいるのだ。寂しがることはない」
「かなりワールドワイドな話になっちゃったけどね」
「ワシらは離れ離れになっても、互いを忘れぬよ」
「僕は忘れるのかなあ」
「人間は忘れるからなあ」
地球に溶けるコーヒーの一滴。僕の家との距離。もしも地図上で10センチなら本当の距離はどれくらいか。
僕の頭では想像の限界を超え、なんだか汗をかいてきたので、涼しさを求めて窓を開けた。
虫の声。
遠くにぼんやりと光る星。
世の中には、コーヒー以外のものも存在する。
「あの星々はな、ワシがかつて土だったころ、土から掘り出された石から作られたロケットで向かった先に浮かんでいて」
話がワールドワイドを通りこしてついに宇宙に行ってしまった。
星は宇宙に存在する。僕の家は地球に存在する。そして地球も宇宙に存在する。
と、いうことは。
と、いうことは、
みんなグルだな。
僕が耳を澄ますと、なにかがポンプの中を通って出ていったり、引っ込んだりしている音がした。
ひんやりとした空気に、僕の汗がひと息ついて休んでいる。
その空気の中に、コーヒーの香りが静かに佇んでいた。
コーヒーの香りは、夜の闇を突き抜けて走っていく電車みたいに思えるんだ。
「ねえ」
と、僕は言った。
「僕とは友達になってくれる?」
コーヒーさんは、ほお、とひとこと言って沈黙した。
「いや、気を悪くするではない。ワシは単純に驚いたのだ」
そして、コーヒーさんはうなずいた。
「うむ、そなたと友達になろう」
コーヒーさんはあっはっはっと、豪快に笑った。
すると、コーヒーさんの中のカフェインさんも一緒にあっはっはっと笑った。僕の体の中に吸い込まれたはずのカフェインさんが。
「どうも、こんにちは、カフェインです」
カフェインさんはとても元気で、語尾にスタッカートがついていた。
ああ、無限に友達が増えそうだ。
カフェインさんまで元気に笑ったので、僕の目は非常に活性化して、遠くの星の笑い顔まで見えた。
仕方ないから僕も笑うか。
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