そいつは、不思議の国から、鯖の味噌煮缶を

naokokngt

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第1章

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秋分の日が間近に迫った土曜日のことだった。

「やっと休暇がとれたんだ。1週間のんびりしたくて、で、ここに来たんだ。ちゃんと確認してますよ、あなたが一人暮らしだってね」
と、そいつは荷物をよいしょっ、という掛け声とともに床に置いた。1LDKアパートの僕の部屋の床だ。
「待ってくださいよ」
と、僕は言った。
「休暇だったらホテル泊まれば良いじゃないですか。なんで僕の部屋なんです?」
「ホテル泊まったらお金かかるじゃないですか」
と、彼は素早く僕の家に入って言った。
「だからと言って知らない家に来ます?普通」
「俺、普通じゃないもんなあ」
彼の口調がいきなりくだけた。くだけすぎて粉になったクッキーのように、僕の喉に引っかかる。
「あ、俺、エビアニイ・シウン。名前がエビアニイ。苗字がシウン。よろしく。このリビングのソファで寝るからいいよ。タオルケットはお客様用があったよな。それ貸して。大丈夫、君の寝室は邪魔しないから」
そいつは勝手に言い続ける。
「エビ兄貴だかなんだか知らないけどな」
僕は言ってやった。
「エビアニイ」 
と、そいつはにっこりと修正した。
「なんでおまえ勝手に寝るとこ決めてんだよ」 
「じゃあ寝室よこせって言ったほうがよいのか?」
「嫌に決まってるだろ」
「じゃ、俺、ソファな」 
僕は大声をあげたくなったが、近所への迷惑を考えてやめた。
そして慌てて玄関の扉を閉めた。近所への迷惑を考えて。

エビアニイ野郎はソファにどっかり座り、
「魔法の玉はちゃんと置いていくから」
と、人差し指を立てて言った。
「当たり前だ」 
と僕はなるべく冷たく言った。

なんとかという「不思議の国」と国交を樹立して3年になった。
本当は長ったらしい名前で、僕らの間では「不思議の国」とだけ呼んでいる人が多かった。
それは、地球に全く存在しない国だった。他の星だった。
しかし宇宙船で移動するわけではなく、いまのところバスターミナルから、バスで行き来している。
政治家などは、特別な自動車で移動するらしい。だがバスを含め車はすべて「不思議の国」が用意し、「不思議の国」の人間が運転する。そうすると、いつのまにか、国の壁を超えて到着しているとのことだ。

国交の樹立は、「不思議の国」の(たぶん外務省の)官僚がこちらにやってきたことから始まった。
「不思議の国」は、「科学」と「魔法」の進んだ国であり、紳士的であり、さまざまな「科学技術」や「魔法」が我々の地球に無料で提供された。
無料って、そんな地球に都合の良いことばかり起こるのだろうか、そんなわけないな。
向こうさんには、僕ら一般の地球人の個人データが渡されていたのだ。かなり細かい部分まで渡されたらしい。
らしい、というのは正確にどこまで渡されてしまったのかは僕ら一般庶民には「内緒だよ」とされているからだ。
「なんかさ、個人個人の恋人からフラれた人数も渡されたらしいよ」
という噂もあった。そんな自分でも正確に覚えてない何の役に立つのかわからない個人データは、地球の政治家と多国籍企業と「不思議の国」の絶妙なチームワークでくっきりはっきり判明してしまい、「不思議の国」が管理することになったらしい。

何を目的とするのかはよくわからないが、そんな不気味なことよく許したよね?と思ったが、しかし、向こうさんからの「科学技術」と「魔法」の提供により、いくつか難しい病気の治療法が確立したこともあり、どこの国も「ま、個人情報くらいいっか」というくらいの気持ちになったという。

そして、なによりも、彼らの言うことを聞くと、…個人レベルでもなかなか美味しい見返りもあるのだ。
それが、先ほどエビアニイ野郎が言っていた「魔法の玉」である。

その幸運が僕に降り注いできたと考えれば、それはそれで良い。
の、だろうか、果たして。

エビアニイ野郎…いやエビアニイさんと呼ぼう。下品な呼び方は自分を下品にする。
しかしエビアニイさんは本当に図々しい。
人の家の冷蔵庫を開けてビールを飲み、物入れを開けて鯖の味噌煮缶を出して、ダイニングテーブルでそれをぱくぱく食べている。おい、座っているのは僕の椅子だろう。それに鯖の味噌煮だけじゃ味が濃すぎるだろう。ごはんも必要ではないのか。
「あ、悪いね」
と、彼は言った。僕がごはんをよそってあげたからだ。
「ごはんは食べた方がよいんだ」と力説してみたが、何やってんだ僕は。

エビアニイさんは、他の「不思議の国」の住人と同じで、見かけは地球人と変わらなかった。
特に、僕らアジア系と変わらない外見だった。僕と同じ「男性」に見える。
僕より少し背が高い。そして僕よりあっさりした顔立ちだが、知的な顔立ちと評価する人もいるだろうな。
だが。
僕は昔見たSF映画を思い出す。
そいつらの外見は地球人そっくりだった。だが一皮剥けば、トカゲみたいな本当の姿が隠れていた。
油断してはならないのだ。
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