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閑話 椿
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信長から派遣された忍び・椿。
彼女にとって鉄介とはあくまで護衛対象。九鬼嘉隆が無茶を言わないよう守り、万が一大坂本願寺側が鉄介を害しようとしたときに命を賭けてでも止めることを使命としていた。
ただし、信長も、椿も、本気で本願寺側が襲撃してくるとは思っていない。大工を狙うくらいならその分の余力を別の人間暗殺に使うべきだからだ。
そもそも、本拠地を完全に包囲され、頼みの綱である各地の一向一揆も各個撃破された今の本願寺に本気で協力しようとする人間などほとんどいない。信仰に狂った人間なら別かもしれないが、そういう人間は纏っている空気が違うので近づいてくればすぐに分かる。
だからこそ。信長の主目的は別のところにあった。
椿を使って鉄介を籠絡し、九鬼から『織田水軍』に引き抜くこと。
たしかに九鬼は織田の支配下にあるが、名目上は別の家の当主となった息子・北畠信雄(織田信雄)の配下という形になっている。九鬼を使うならいちいち信雄に確認をしなければならないし、直接の家臣ならとにかく、北畠家の当主である信雄に無茶を強い続けるのはよろしくない。
なにより、信長という男は、気に入った人間は直接『使える』ようにしたがる癖があった。
(しかし、珍しい。強権を使って無理やり引き抜かぬとは……)
疑問に思う椿だが、それ以上考えることはない。忍びに自らの意思など必要ないからこそ。
彼女が今するべきなのは鉄介を籠絡し、織田に引き抜くこと。それだけを考えればいい。
椿としても簡単な仕事であるはずだった。なにせ飛ぶ鳥を落とす勢いの信長に直接仕えることができるのだ。そうなれば安土城の建築を任せられている岡部のように歴史に名を残すこともできるかもしれない。わざわざ椿が何かしなくとも、簡単に引き抜けるはずだったのだ。
しかし、この鉄介という男。予想以上に九鬼嘉隆に対する忠誠心が高かった。……いや、どちらかというと同士というか仲間意識の方が強いのかもしれないが、とにかく、そんな九鬼の首が飛ばないよう、連日夜遅くまで仕事をしていた。
これは並大抵のことでは引きはがせないなと判断した椿は、早々に次なる手段を使うことにした。
つまりは、自分の身体だ。
男女の情は、時には主従関係も超える。超えさせる自信が椿にはあった。
だというのに。
鉄介には、まったく、効果がなくて……。
(屈辱だ……)
密かに、必ずや振り向かせてやると誓う椿であった。
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