船を建てた男 ~信長の鉄甲船 建造物語~

九條葉月

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椿と

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 鉄板作りの話は予想以上にすんなりと纏まった。これはおそらく鉄之介が『親心』を見せたからだろう。もしもこれが鉄介ではなく赤の他人からの話だったら「本当に織田信長関連の依頼なのか? 騙そうとしていないか?」という疑問を払拭することから始めなければならなかったはずだ。

 銭を受け取れるかも分からない。
 そもそも材料である鉄が本当に来るのかすら分からない。

 それを、息子を信じたからこそ鉄之介も受けたのだ。

(これが、親子というものか……)

 天涯孤独の椿からすればよく分からない感覚だ。子供とはいえしょせんは別の人間。そう簡単に信じていいものなのだろうか? そもそも鉄介は家を継がずに飛び出してしまった親不孝者であるはずで――

 そんなことを考えているうちに宴の準備は終わり、椿も鉄介と共に会場へと案内された。

(しまった。何か手伝うべきだったか)

 料理などまるでできない椿だが、こういうときに手伝わない人間がどういう目で見られるかは知っている。『なるべく目立たず、角を立てず』というのが忍びとしてのあるべき姿なのだ。

 恐縮しつつ、案内されるまま床に座る椿。
 だが、その場所がまた問題だった。

 入り口から一番遠い、いわゆる上座。
 そんな上座に椿と鉄介が並んで座らされていたのだ。

(……これでは、まるで祝言をあげるみたいではないか?)

 周りにいる人間も、企みをしている顔というか悪戯を成功させた子供というか、なんとも椿にとっては面白くない顔をしている。

 何か言うべきか。
 いやしかし、ここでことを荒げるのも……。

 椿が悩んでいるうちに次々と料理が運ばれてくる。……信長の元にいた椿でも滅多に見たことがないほどの豪勢さ。無論椿が食べたわけではなく、影ながらの護衛の最中に見たことがあるというだけだ。

 有名な鍛冶師集団とはいえ、民草であることには変わらない。これほど豪勢な料理など、一生のうちでも何度食べられるかどうか……それこそ祝言をあげるときのような……。

「ほぉ! これはまた見事な! やはり信長様は銭払いがいいのだろうか?」

 暢気な声を上げる鉄介。ここまで鈍いとわざとやっているのではないかと疑いたくなるが、彼がそんな人間ではないことは短い付き合いながらも理解している椿だ。

(まったく、この男は……)

 もはや呆れることしかできない椿であった。


                  ◇


 酒宴のあと。
 椿と鉄介は当然のように泊まっていくよう促された。それは当然の流れだろう。鉄介はずいぶんと酒を飲んでいたし……久しぶりに帰って来た息子がすぐに帰るというのもおかしいということは椿も理解していたからだ。

 そう。それは理解できる。
 理解の埒外にあるのは、椿と鉄介が同じ部屋に通されたことだ。

 なるほど、これから夫婦になる男女であれば、同じ部屋で寝るのが当然だろう。
 問題は、椿と鉄介はそんな関係ではないことだ。

「ははは、なに、布団は離しておくので安心されよ」

 酒のせいで判断力が鈍っているのか、あるいは微塵も妙な気を起こすつもりがないのか、ヘラヘラと笑う鉄介だった。ここまで来るとかつての目標を果たしてやろうかと思う椿だが、しかしさすがに鉄介の実家でそれをやる勇気はない。

「――ぐがーっ」

 椿が少し目を離した隙に熟睡してしまう鉄介だった。

「この、男は……」

 足蹴にしても許されるのではないか、と考えてしまう椿だった。

「――む?」

 部屋の外から気配を感じた椿は、用心しつつも勢いよく襖を開け放った。

「気づかれた!」
「ははっ! 嫁殿はずいぶんと鋭い!」
「ここは退散するか!」

 悪びれた様子もなく逃げ出す鉄之介、他数名であった。どうやら椿と鉄介が『いいこと』をするのを覗き見するつもりだったらしい。

「…………」

 なんなのだこの親子は、とため息をついてしまう椿であった。


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