【完結】正統王家の管財人 ~王家の宝、管理します~

九條葉月

文字の大きさ
5 / 74

別れと、追放

しおりを挟む

 ――昨日。お父様が亡くなった。

 特に感動的な場面があったわけではない。最期に言葉を交わせたわけでも、奇蹟が起きて意識を取り戻したわけでもない。ただ、ただ、意識のないまま、静かに息を引き取った。

 前世を含めればそれなりに『人の死』というものを経験してきたけれども、それでも『親』が死んだのは初めての経験であり。

 涙は出なかった。
 正確に言えば、泣いている暇などなかった。

 この世界にはまだドライアイスなんてものはないけれど、氷系の魔法があるので遺体の保存はできる。できるけど、遺体そのものを凍らせるわけにはいかないのでどうしても限界はある。――三日。三日以内に葬儀をあげなければならなかった。

 前世のように車や電車があるわけでもないし、転移魔法は使用者が限られているので、遠くに住む人を待っている暇はない。近場に住む親戚などを中心にとりあえずの葬儀を執り行い、お別れの会というか告別式は王都で大々的に執り行うのが通例となる。

 執事長に指示を出し、すぐに手紙を親戚中に送り、王家にも報告して――など忙しく動いているうちに、葬儀当日となってしまった。

 そして、葬儀当日。

「――貴様はもうギュラフ公爵家とは何の関わりもない! さっさと出て行け!」

 葬儀会場。参列者が注目する中。我が義理の息子(ただし年上)は高らかに宣言したのだった。まったく、葬儀の準備も手伝わないで何を言い出すかと思えば……。

 新しい公爵として、前公爵の妻が邪魔だというのは理解できる。それが自分より若い後妻となれば尚更でしょう。

 でも、まさかこんな衆人環視の中、しかも父親の葬儀中に追放宣言するだなんて……。

 ざわめきに包まれる葬儀会場。参列者の感情としては興味、期待、嘲りが大部分を占めており、私への同情はごく僅かといったところか。

 まぁ、私なんて親戚連中からしてみれば『お飾りの妻のくせに公爵家の遺産を持って行く若造』でしかないものね。むしろこの展開は願ったり叶ったりなのでしょう。

 さて、どうしたものかしら?

 この雰囲気では、たとえ取り乱しての泣き真似をしても無駄でしょう。

 お父様が亡くなられた今、私がギュラフ公爵家に留まる理由はない。王都で行われるお父様の告別式をきちんとやり遂げたいという想いもあるにはあるけれど、それは実の息子に任せればいいだけのことだし。

 ……お父様が亡くなる前に、すでに『夫婦』、あるいは『親子』として必要なやり取りは済ませた。
 今、この場にあるのは魂が抜けた亡骸のみ。粗末に扱うつもりはないけれど、無理をしてこだわる必要もない。と思う。

 この様子だと遺産の相続もできなさそうだけど……もうすでにかなりの金額・資産を生前分与されているし、公爵家の運営の手伝いに関しては月給をもらっていたので一生遊んで暮らせるだけのお金は持っている……、……あら? もしかしてこういう展開を予想していたのかしらお父様? 老いてもさすがは氷の宰相と恐れられた人物と言ったところかしら?

 …………。

 お父様とのお別れも済ませて。お金もある。

 ……なんだ、別に悩む必要もなさそうね。

 今まで一緒に働いていた公爵家の人たちのことはちょっと気になるけれど……彼らも私ではなく公爵家に仕える身。雇い主でもない私が心配してもしょうがないでしょう。

 心を決めた私は『元』義理の息子と改めて向かい合った。

「では、もはや私はギュラフ公爵家と何の関わりもないと? 離縁されてしまうと?」

「あぁ! その通りだ!」

 はい、言質取った。
 こんなこともあろうかと持ち歩いている魔導具で録音も完了。
 今後、このバカ息子が何をやらかしても私には一切関係ございません。

「――承知いたしました。ギュラフ公爵家のますますのご発展を期待しております」

 公爵令嬢時代に鍛え上げたカーテシーを決めてから、私は振り返ることなく葬儀会場をあとにしたのだった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

叶えられた前世の願い

レクフル
ファンタジー
 「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

【完結】悪役令嬢は婚約破棄されたら自由になりました

きゅちゃん
ファンタジー
王子に婚約破棄されたセラフィーナは、前世の記憶を取り戻し、自分がゲーム世界の悪役令嬢になっていると気づく。破滅を避けるため辺境領地へ帰還すると、そこで待ち受けるのは財政難と魔物の脅威...。高純度の魔石を発見したセラフィーナは、商売で領地を立て直し始める。しかし王都から冤罪で訴えられる危機に陥るが...悪役令嬢が自由を手に入れ、新しい人生を切り開く物語。

悪役令嬢エリザベート物語

kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ 公爵令嬢である。 前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。 ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。 父はアフレイド・ノイズ公爵。 ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。 魔法騎士団の総団長でもある。 母はマーガレット。 隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。 兄の名前はリアム。  前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。 そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。 王太子と婚約なんてするものか。 国外追放になどなるものか。 乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。 私は人生をあきらめない。 エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。 ⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです

処理中です...