70 / 74
告別式の予定
しおりを挟む一年の猶予をもらって肩の荷が下りたのか、カイン殿下は自然な流れで私の対面に腰を下ろした。
まぁ、約束したばかりなのだから求婚してくることもないでしょうし、雑談くらいいいでしょう。私も四年の間どんなことがあったのか気になるし。
カイン殿下は色々な話をしてくれた。初めて私と出会った日のことや、その日以来私の姿を目で追うようになったこと。諫言してくる側近候補を何とか宥めて私とお話ししようとしたことなど。
いや私の話題が多いな? というか全部私だな? そして意外と早い段階から狙われていたんだな私? まったく、微塵も、これっぽっちも気づかなかったけど。
≪ちょっとこの少年に同情したくなってきました……≫
≪この子もまた、マスターの犠牲者だったのですね……≫
犠牲者ってあんた。
いやぁ、でも、幼い少年の恋心を無下にし続けてきたと知ると罪悪感があるというか申し訳なさが湧いてくるというか。……これからはもうちょっと優しくしてあげようと決意する私であった。
いや、我ながら、王太子殿下に対して偉そうだなと思わなくもないけれど。
◇
その後もたっぷりと私への惚気話(?)を聞かされたあと。
「そういえば、リリーナ嬢は公爵家を追放されたのでしたよね?」
「えぇ。葬儀の場で」
「葬儀の場で……。私でもそれはないと理解できますね」
「理解してくださり安心しましたわ」
実際、あのバカ義息に比べればカイン殿下はちゃんと人間の範疇にいるし。知的生命体として意思疎通ができるという意味で。
「リリーナ嬢への非道に対する報いは後々受けさせるとしまして……。故ギュラフ公の告別式について、何か聞いているでしょうか?」
「いいえ、なにも」
お父様の葬儀は近親者のみで執り行ったので、告別式は国中の貴族を招待して盛大に実施されるはずだ。……私はもう蚊帳の外だし、お父様への別れは個人的に済ませてあるから特に気にもならないけれど。
そう説明すると、カイン殿下は安心したような、でも少し悲しそうな顔をした。
「故ギュラフ公とは確かな絆を築いていたのですね……。気にしないというのなら安心しましたが、それでも一応お伝えしておきましょう。新たなる公爵予定者はこの迎賓館を貸し切って告別式を執り行うつもりです」
「はぁ……? 迎賓館を……?」
なんでわざわざ迎賓館? 告別式をやるなら教会の大聖堂とか、ギュラフ家の王都別邸を使うとかあるでしょうに。ちなみに一般的な流れとしては大聖堂で死者の魂を弔ったあと、屋敷で夜会を開き故人を偲ぶというのが一般的だ。
いや長年宰相として活躍したお父様だから、弔問に訪れる貴族も多くなるでしょうし王都別邸では手狭になるかもしれないけど……それにしたって迎賓館はないでしょう迎賓館は。この建物はデビュタントとか、国賓を招くとか、そういう『お祝い』の場なのだから。
「リリーナ嬢もご理解いただけたように、迎賓館で告別式を執り行うなど前代未聞です。しかし、故ギュラフ公の国家への貢献を加味し、開催を許可しました」
「はぁ、デビュタントをしたばかりで内装の取り替えが大変そうですね……」
「えぇ。しかも開催はもう二週間後に迫っていますから」
「……何をやっているのか、あのバカは……」
二週間も期間があれば会場の準備はできるだろうと考えるかもしれない。しかし、迎賓館の内装を変えるのは王城の人間。みんなそれぞれ普段の仕事があるのだし、降って湧いた別の仕事をこなす余裕なんてない。
しかも、本来の迎賓館として使うなら内装もそこまで変えなくてもいいけれど、告別式をやるなら大きく動かさなきゃいけない。なにせ今の迎賓館の内装は華美すぎて『故人との別れの場』としては相応しくないからだ。前世日本で言うと、夏祭り会場でお通夜をさせる感じ?
さらに言えば、あと二週間って、招かれる側の都合を考えていなさすぎだ。今から二週間ということは、お父様の死から一ヶ月後。もしもお父様の死の直後に告別式の案内を出したとしても、領地から王都への移動が間に合わない貴族が続出だろう。子供がデビュタントを迎えたので王都に滞在していた貴族や、政府の仕事をするために王都に住んでいる上位貴族なら大丈夫だろうけど。
そもそも貴族ってそこまで暇でもないし。急に『王都への往復の日数を開けてください』と言われても無理に決まっている。
何を考えているのやら。
ひどい頭痛がして頭を抱えてしまう私だった。お父様は「公爵家も次の代で終わりか」と嘆いていたけれど、冗談じゃなくなってきたわね……。
「リリーナ嬢は興味がないとおっしゃっていましたが」
少し言い出しにくそうにカイン殿下が口を開く。
「リリーナ嬢がよろしければ、告別式に参加することも可能ですが」
「え? でも、私は招待されないと思いますが……」
「私のパートナーとしての参加なら、何の問題もないかと」
「…………」
じっとー、っと。一年待つんじゃなかったんかいという目でカイン殿下を見つめてしまう私だった。
「し、下心はありません。神に誓ってもいい。……いえ、当初の予定ではデビュタントの場でエスコートをさせてもらおうと考えていたので、その代わりにという思いもあるにはあるのですが」
なんかメッチャ早口でまくし立てるカイン殿下だった。あなたもうちょっと腹黒キャラじゃなかったでしたっけ?
あと、デビュタントでエスコートってどういうこと? 私はもう五年も前にデビュタントが終わっていますよ? ……あぁ、公式の場で王太子殿下にエスコートされることによって、王家との和解をアピールしようと? で、直近の公式イベントはデビュタントだけであったと。
そんな予定を自白したカイン殿下は、困ったように眉尻を下げた。
「……実を言いますと、父上――陛下が強く望んでおりまして」
「陛下が?」
「はい。故ギュラフ公の告別式に、正妻であるリリーナ嬢が出席しないのは故人が寂しがるだろうと。父は最近何度も故ギュラフ公からの手紙を読み返しているようで……」
「…………」
お父様との別れは個人的に済ませてあるし、他の人に心配されることではない。
でも。よく考えてみれば、葬儀や告別式は故人のためだけに執り行われるものでもない。むしろ残された人たちが、心の整理をするための場となるという側面もあるのだ。
陛下の教育係はお父様であり、その後も宰相として長年支えてもらったのだという。
つまりは大恩人。陛下からすれば、正妻が王都にいるのに告別式に参加しないというのは故人に申し訳が立たないと思っているのだろう。
…………。
陛下には迷惑を掛けられたし、王家に対するわだかまりも解消されたわけではない。
ただ、ここで告別式への出席を断る強い理由もないわけであり。
ま、いいか。
参加するだけしてみましょうかと決めた私であった。
32
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
【完結】悪役令嬢は婚約破棄されたら自由になりました
きゅちゃん
ファンタジー
王子に婚約破棄されたセラフィーナは、前世の記憶を取り戻し、自分がゲーム世界の悪役令嬢になっていると気づく。破滅を避けるため辺境領地へ帰還すると、そこで待ち受けるのは財政難と魔物の脅威...。高純度の魔石を発見したセラフィーナは、商売で領地を立て直し始める。しかし王都から冤罪で訴えられる危機に陥るが...悪役令嬢が自由を手に入れ、新しい人生を切り開く物語。
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
悪役令嬢によればこの世界は乙女ゲームの世界らしい
斯波@ジゼルの錬金飴③発売中
ファンタジー
ブラック企業を辞退した私が卒業後に手に入れたのは無職の称号だった。不服そうな親の目から逃れるべく、喫茶店でパート情報を探そうとしたが暴走トラックに轢かれて人生を終えた――かと思ったら村人達に恐れられ、軟禁されている10歳の少女に転生していた。どうやら少女の強大すぎる魔法は村人達の恐怖の対象となったらしい。村人の気持ちも分からなくはないが、二度目の人生を小屋での軟禁生活で終わらせるつもりは毛頭ないので、逃げることにした。だが私には強すぎるステータスと『ポイント交換システム』がある!拠点をテントに決め、日々魔物を狩りながら自由気ままな冒険者を続けてたのだが……。
※1.恋愛要素を含みますが、出てくるのが遅いのでご注意ください。
※2.『悪役令嬢に転生したので断罪エンドまでぐーたら過ごしたい 王子がスパルタとか聞いてないんですけど!?』と同じ世界観・時間軸のお話ですが、こちらだけでもお楽しみいただけます。
《完結》当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!
犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。
そして夢をみた。
日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。
その顔を見て目が覚めた。
なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。
数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。
幼少期、最初はツラい状況が続きます。
作者都合のゆるふわご都合設定です。
日曜日以外、1日1話更新目指してます。
エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。
お楽しみ頂けたら幸いです。
***************
2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます!
100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!!
2024年9月9日 お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます!
200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!!
2025年1月6日 お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております!
ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします!
2025年3月17日 お気に入り登録400人達成 驚愕し若干焦っております!
こんなにも多くの方に呼んでいただけるとか、本当に感謝感謝でございます。こんなにも長くなった物語でも、ここまで見捨てずに居てくださる皆様、ありがとうございます!!
2025年6月10日 お気に入り登録500人達成 ひょえぇぇ?!
なんですと?!完結してからも登録してくださる方が?!ありがとうございます、ありがとうございます!!
こんなに多くの方にお読み頂けて幸せでございます。
どうしよう、欲が出て来た?
…ショートショートとか書いてみようかな?
2025年7月8日 お気に入り登録600人達成?! うそぉん?!
欲が…欲が…ック!……うん。減った…皆様ごめんなさい、欲は出しちゃいけないらしい…
2025年9月21日 お気に入り登録700人達成?!
どうしよう、どうしよう、何をどう感謝してお返ししたら良いのだろう…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる