【完結】正統王家の管財人 ~王家の宝、管理します~

九條葉月

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告別式当日

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 よく知らない貴族からのデートの申し出を断ったり、令嬢からのお茶会の誘いをいなしたりしているうちに二週間という時はあっという間に過ぎ去り。とうとうお父様の告別式当日となった。

 評判はすこぶる悪い。らしい。

 どこから情報を仕入れてくるのかは分からないけれど、公爵夫人がお茶会のたびにそういう系の噂話を教えてくださったのだ。会場の準備は何とか間に合ったけど、王城関係者から不満と怒りが溜まっているだとか。無茶な日程のせいで参加できない貴族が続出だとか。その辺を上手く利用してリチャードさんが暗躍しているだとか。

 伯爵家にもかかわらず公爵家を陥れようとするリチャードさんに感心するべきか。そんな情報を王都にいながら入手してしまう公爵夫人を恐れるべきか……。

 私としては、ギュラフ公爵家がどうなっても知ったことではない。恩義があるのはお父様であり、バカ息子ではないからだ。ただ使用人の皆さんの行く末は気になるので、護衛任務を終えてリチャードさんの元へ戻ったライヒさんにお願いしておいた。リチャードさんなら上手いことやってくれるでしょう。

 領民のことも気になるけど……まぁ、あのバカ息子が領主になるくらいなら、リチャードさんとかその辺に任せてしまった方がいいものね。

「リリーナちゃんも中々いい性格をしているわね」

 よりにもよって公爵夫人からそんな評価をいただいてしまった。なぜだろう?


                        ◇


 告別式なので、黒いドレス。
 スカートの広がりも最低限。さらには帽子から手袋に至るまですべて黒。この国におけるスタンダードな喪服だけど、逆に左手首のブレスレット・うたかたの恋フレイルが目立ってしまっていた。

 まぁ、今回はカイン殿下に同行するのだし、文句を付けてくる人もいないかと考え、そのままにする。そもそも黒い喪服だけでは貴族としての誇りが許さず、服で少しだけ隠れる場所に宝飾品を身につけている人も結構いるし。

 告別式にはアイルセル公爵夫婦も招待されているらしいけど、私はカイン殿下が迎えに来てくださるので別行動だ。

 屋敷の前で待っていると、馬車に乗ったカイン殿下が迎えに来てくださった。当然ながら彼も黒を基調とした喪服。だというのになぜかキラキラしているのだからイケメンは得よね。

「リリーナ嬢。ここで褒め言葉の一つでも言うべきなのでしょうが、喪服なので自重させていただきますね」

「……まぁ、喪服がよく似合ってますよと言われても喧嘩を売っているようにしか思えませんからね」

 どうやら彼もだいぶ考えるようになったらしい。
 くすくすと笑いながらカイン殿下の手を取り、馬車の中へ。

 アイルセル公爵家の屋敷は王城から近い一等地に建っているので、迎賓館は馬車ならすぐに到着する距離だ。

 その僅かな時間の中、カイン殿下はじっと私の左手を見つめていた。

 黒い手袋のせいでよく分からないけれど、それでも薬指の根元辺りが少し盛り上がっているのは分かるはず。指輪に変身した聖剣アズが今日も付いてきたのだ。

 しかし、カイン殿下からすれば『左手薬指』の指輪は結婚指輪にしか見えないわけで。きっと彼はこの指輪がお父様――故ギュラフ公から送られたものだと勘違いしているのだろう。

「……あのとき、私にもっと力があれば、あの愚か者の好きにはさせなかったのですが」

 それはきっと四年前に起こった冤罪からの追放と、強制的な結婚のことを言っているのでしょう。

「そればかりは仕方ありませんよ。あのとき、殿下は確か12歳くらいだったでしょう?」

「それを言い訳にはしたくありませんが……」

「……過去ばかり悔やんでいても仕方ありません。私たちは生きているのですから、未来を見つめませんと」

 半分くらいは自分に言い聞かせていると、馬車は王城の一角・迎賓館に到着した。


                      ◇


 会場に入ると、参列者の視線はまず殿下に、そしてすぐ私へと移された。

 ひそひそと、ほとんどの参加者が近くにいる人と小声で何事かを喋っている。

 貴族の噂話なんかを気にしてもしょうがないので、構わず会場を見渡す。

 会場には横に長い食卓が三列設置されていて、主催者側が指定した席に座る形であるようだった。
 つまりは貴族間の序列や対立などを意識しなければならない席割り。こういうのは本当に繊細な心配りが必要で、本来なら席次(席順)を気にしなくていい立食パーティー形式にしたいのだけど……今回ばかりは仕方ない。告別式という格式張った会なのだから立食パーティー形式など許されるはずがない。

 新たなるギュラフ公夫人もその程度の知識はあったのか、あるいは周りの誰かが止めたのかは知らないけれど、不幸中の幸いとして立食パーティー形式は選ばなかったようだ。

 ただし、そのせいでどうしようもない事態になっていたけれど。

(あ~あ、席次が滅茶苦茶じゃない。リーンベルク侯爵の『上』にアイラーク侯爵を座らせるだなんて……)

 建国以来の忠臣であるリーンベルク侯と、三代前は伯爵だった成り上がりのアイラーク侯では、同じ侯爵とはいえ家格はまるで違う。本当なら『上』の席にはリーンベルク侯に座っていただくべきなのに……。

 もしかして、名前の順でアイラーク侯を『上』にしたとか? いやいやまさかね。そんなこと貴族であればあり得ない……新しい公爵夫人は平民出身だったわね。たぶん貴族夫人としての教育なんて受けていないわよね。

 あーあ、しかも、仲が悪いことで有名なアイル伯とベラス伯を隣の席に……。やはり名前の順で席を決めたのでは? 未だに係争地をめぐって領軍が戦うこともある二人を隣り合わせるだなんて……。

「いや、これは酷いな。ある程度は酷くなるだろうと予想していたが、これほどとは……」

 カイン殿下もドン引きしていた。普通の貴族として育てば自然と回避できる事態だものね。当事者だけではなく周りの人間からも「新たなギュラフ公はケンカを売っているのか?」と見られてしまうでしょう。

「……リリーナ嬢を責めるつもりはないが、新しい公爵夫人に何も教えなかったのかい?」

「教えようとしましたが、あのバカ息子が「虐めるつもりだろう!?」と邪魔してきたので。結局まともに会話したことすらないですね」

「あぁ……」

 すべてを諦めたように天を仰ぐカイン殿下だった。彼も何事か企んでいたっぽいけど、まさかここまで酷いとは予想できていなかったみたい。
 ちょっとしたミスであれば後から追求できるネタになるけれど、ここまで酷いと告別式自体が台無しになりかねないのだ。これでは故人を偲ぶどころではない。
 そしてその責任は新たなる公爵と、公爵夫人にのし掛かると。

 まぁでもあの子も可哀想なのよね。少し前までは平民として暮らしていたのに、公爵夫人公候補にさせられて。こうして貴族が集まる場の取り仕切りを任されてしまったのだから。

 と、私がそんなことを考えていると――

「――なぜこんなこともできないんだ!?」

 聞き慣れた怒声が耳に届いた。

 視線を向けると、いかにも神経質そうな若い男性と、その男性から怒鳴りつけられている線の細い美少女ちゃんの姿が。
 かつての義息、ケイタス・ギュラフ公爵令息と……え~っと……ケイタスの恋人の……そうそう、アイラちゃんだ。自己紹介すらされてないからイマイチ名前が覚えられないのよね。新しい公爵夫人――いやまだ結婚はしてないから夫人候補かしら?

「おまえが失敗したせいで、私が批判されているのだぞ!? 分かっているのか!?」

 いやいや、ケイタスよ。アイラちゃんの学びの機会を奪ったのはあなたでしょうが。どうせ他の貴族から告別式の段取りについて批判されたのでしょうけど、それはすべてあなたの責任よ?

「……やれやれ。あの様子では他の貴族からの支持は得られないでしょうね」

 と、腹黒い笑みを浮かべるカイン殿下。我が国の貴族って王権を維持するためか結婚するなら王家の許可が必要だし、親から爵位を継承するときは諸侯会議において国王と参加した貴族の過半数の承認が必要なのだ。

 とはいえ大きな問題を起こさなければ承認されるものなので、爵位を継ぐまでは大人しくするのが慣例なのだけど……あら? もしかして教わってないとか? 私としては当然知っているものとばかり思っていたのだけど。でも知っているのなら衆人環視の前で妻を叱りつけるような『貴族らしくない下品な姿』を見せたりはしないわよね?

「爵位継承のための条件を教えていなかったと。さすがはリリーナ嬢ですね……」

「いやいや待って。誤解。誤解があります。私は無実です」

 腹黒のあなたと一緒にしないでいただきたい。私は当然知っているものとばかり思っていただけなのだから。

 ……私の授業に出ていれば、どこかのタイミングで確認して、教えることもできただろうけど……。自分の意思で授業を受けなかったのだから仕方ないわよね。私だって成人相手にそこまで面倒は見切れないもの。

「この、れ者が!」

 ケイタスがアイラちゃんに向けて平手を振り上げた。それを目にした私は反射的に肉体強化魔法を発動。周りを囲む野次馬たちを飛び越え、ケイタスとアイラちゃんの間に割り込み、ケイタスの平手打ちを右手で防いだ。

「このバカ! 奥さんに手を上げるなんて! そんな風に育てた覚えはないわよ!」

 と、ノリと勢いで説教しちゃったけど、そもそも育ててないのよね。私が嫁いできたときにはもう大人だったし。

 突然の事態にケイタスは目を丸くしていたけれど、割り込んできたのが私だと認識した途端、その瞳にさらなる怒りを込めた。

「リリーナ! 貴様のせいで私はっ!」

 平手打ちとは逆の手の拳を握り、私に振り下ろしてくるケイタス。いやアイラちゃんには平手打ちで、私には拳なの? ひどい差別じゃない?

 しかし今は肉体強化中。この程度の拳なんて避けるのは余裕だ――ったのだけど。

≪マスターに触れるな、下郎が≫

 普段より二段くらい声のトーンを落としたフレイルが、何かの呪文を唱えた。人間の使うものではない、まるで理解できない文言を。

 途端に私の全身から力が抜ける。

 これは、魔力欠乏症?

 何をしたの? と左手首のフレイルに視線を落とすと、

「う、うわぁあああぁああっ!?」

 情けない絶叫。

 一気にだるくなった身体にむち打って、絶叫元のケイタスに視線を戻す。

 私へと振り下ろされた拳。右腕。
 その右腕が肘の先から・・・・・消滅していた・・・・・・

 切り取られたというレベルではない。服も、肉体も、まるで傷ついていないのに肘から先がなくなっている。血は一滴も出ていないし、傷口も、なにやら亜空間とでも言うべき断面になっている。

≪転移魔法で肘から先を別次元に転移させました≫

 別次元?
 それは空間転移どころではない、次元転移なのでは?

≪すぐ元に戻せるのでご安心を。ほんの少しだけずらしただけですので、大したことではありません≫

 いや大したことよね? そしてまた勝手に私の魔力を使ったわよね? もっと突っ込みたいことがあったけれど、貧血にも似た症状で立っているのも辛い。

「――くそっ! 化け物が! 騎士共! さっさと来い! 公爵を害する賊が出たぞ!」

 ケイタスの怒声に従い、会場の警備をしていたであろうギュラフ公爵家所属騎士が続々と集まっている。

 皆、戸惑い顔だ。

 それはそうか。ケイタスが『賊』だと主張しているのは先代公爵の正妻であり。しかもケイタスの右腕は肘から先がなくなっているのだから。

 戸惑いつつも、次代の公爵の命令に従い私を包囲する騎士たち。

 万全の状態であれば制圧するのも簡単だけど、今の私は立っているのもやっとというか、もう貧血ならぬ貧魔力で倒れてしまいそう。

「――ケイタス卿! 見損なったぞ! 義理の母を殴りつけようとし、騎士で取り囲むとは!」

 カイン殿下が叱責しながら近づいてくる。ちょっと遅い気もするけれど、ここは逆に肉体強化をした私が早すぎただけ。人混みをかき分けながらやって来たのだからむしろ頑張ってくださったのでしょう。――私を助けるために。

(……あ、)

 カイン殿下の姿を見て安心したせいか、一気に意識が遠のく。このままじゃ倒れるなーっと他人事のように、妙にゆっくりとした思考をめぐらせていると、

≪――下郎共が! 我が主を取り囲むとはいかなる了見か!?≫

 倒れそうになった私の『杖』となるかのように。

 指輪として付いてきていたアズが、剣の姿となった。

 切っ先は床に突き刺さり。
 柄は私の手の中に。

 端から見れば、あるいは『地面から聖剣を引き抜こうとする』姿に見えるかもしれない。かつての勇者伝説のように。

 聖剣アズベインを中心として突風が巻き起こる。

 輝く刀身。圧倒的な存在感。会場にいるすべての人間の頭に響き渡る声……。たとえ聖剣アズベインの形を知らない者であろうとも、この剣がただの剣ではないことは察せられただろう。

≪――我が名は聖剣アズベイン! 我が主、リリーナ・リインレイトを傷つける者はこの刃の錆びにしてくれようぞ!≫

 ちょっと、時代がかったセリフ過ぎない? もしやノリノリだな? ノリノリで名乗っているなアズベイン。

 思わずツッコミを入れようとしたのが悪かったのか。急激に意識が遠のいていく私であった。


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