44 / 48
44
しおりを挟む
閑話 二人の神官
リリアが盲腸の子供を治療していた頃。キナ・リュンランドと茶髪の青年――この教会を任された一級神官・セルジアは少し離れた場所でリリアたちの様子を見守っていた。
子供の一人がお腹を押さえながら倒れたのを見てセルジアは飛び出そうとしたのだが、治癒魔法が使えない人間が割り込んでも混乱させるだけだとキナに説得されて事態の静観を決めたのだ。
結果として。
倒れた男の子は無事に回復し、少し遠かったので子供たちのやり取りを聞くことは叶わなかったが、リリアの来る前と後では明らかに子供たちの様子――特に、クロという黒髪の少女と他の子供たちの距離が縮まっていたのは明らかだった。
「リリアはほんとに人をたらすのが早いねぇ」
ニヤニヤとした笑みを浮かべるキナの隣、本来ならクロと他の子供たちの親交が深まったことを喜ぶべき神官・セルジアはなぜか眉間の皺を深めていた。
セルジアは黙ってさえいれば落ち着いた雰囲気のイケメンなのであるが、深く刻まれた眉間の皺のせいで近寄りがたさを周囲に振りまいている男であった。
そんなセルジアがさらに眉間の皺を深めているのだから、彼をよく知らない人間であれば声をかけようとすら思わないだろう。
だが、キナであれば話は別だ。
「なんだ? 未来の神官長様はずいぶんと難しい顔をしているじゃねぇか?」
「……未来の神官長など、止してください。自分にはそんな資格はありませんから」
「神学校の主席卒業生さまがよく言いますねー。お前さんに最後の学期末テストで負けたことは未だに根に持っているんだ、せめて神官長くらいには出世してもらわねぇとあたしの気が済まねぇんだよ」
「まったく、『せめて』で要求していい地位ではありませんよ、神官長というものは」
教会の地位は上から神召長、神官長 (三人)、大神官 (十二人)、そして神官 (一級、二級、三級)という順序になっている。
だが、神召長になるには“神の声を聞くことができる”という条件が必要となるため、通常の手段で出世できるのは神官長が限界となる。
その神官長に『せめて』出世しろと言うのだからキナのセルジオに対する期待の大きさを察することができるというものだ。
「まだリリアのことを信じられねぇってのか? なんだったら左目の金眼を見せるよう頼んでやってもいいぜ?」
「……いえ、神にも等しい金の瞳を私程度が目にしていいはずがありません」
「相変わらず堅苦しいねぇ。同じ色の瞳ってだけで萎縮してどうするんだよ? リリアに頼んだらスクナ様にも会わせてもらえると思うぜ? ま、その後に今まで通り神様を信じ続けられる保証はしねぇがな。実際あたしは信仰心がぐらんぐらんだ」
「なにやら尋常ではない発言がありましたが……、そもそもあなたは“神様”など信じていないでしょう?」
「あたしのことはどうでもいいんだよ。お前は神様とやらを信じていて、その神様と最も近しいとされる聖女様がやって来た。なのに、何でそんなに難しい顔をしているんだ?」
「……難しい顔ではありません。これは、そうですね。強いて言うなら『悔しい』でしょうか?」
「悔しい?」
「えぇ。私が頭を悩ませ続けたクロと他の子たちとの仲立ちを、あの御方はこの短時間で成し遂げてしまいましたから。もしかしたら、悔しいのかもしれません。本当は喜ぶべきだと分かっているのですがね」
「へぇ、お前さんにもそんな感情があるんだねぇ」
「ありますとも。目を逸らしたくなるほどに醜い感情が……。こんな私は大神官にふさわしくはない。それが分かったからこそ地方神官に立候補したのです」
何とも清々しい表情をしながらセルジアは“聖女”リリアを眺めている。
「リュンランドさん。“聖女”とはなんでしょうか?」
「……神様から最も愛された存在。神の声を民に代わって聞き届け、民のために神へと願いを届ける者。ってところか?」
「あなたにしては模範的で、複雑で、長ったらしい解釈ですね」
「ケンカ売ってんのか? じゃあ、お前さんが考える聖女ってのは何なんだ?」
「簡単ですよ。聖女とは、人を救うのです」
「…………」
「そして、リリア・レナード様は人を救ってみせました。黒髪というだけではぶられていたクロと、クロを避けることで神による救いの道から遠ざかっていた周りの子供たち。そして、クロを救えずに自らの力不足を思い知らされた私という人間を」
「力不足、ね。リリアみたいな『ちーと』を前にしたら嫉妬するもんだと思うんだがねぇ」
「あそこまで『格』の違いを見せつけられては、嫉妬よりも感心の方が上回りますよ。それに、神に愛されていることと人望は関係ありません。9歳の少女があそこまで至れるのです。ならば今までの自分は単なる修行不足。とりあえずは今のリリア様に追いつけるよう今日から修練してきませんと」
セルジアの瞳は目標ができた人間特有の輝きに満ちており、そんな彼をキナはほんの少しだけ格好良く思ってしまった。
よく考えれば。セルジアは元々顔はいいし、性格も良好。そして神学校の同級生で気心が知れているとなればかなりの好物件だ。
「……だが! あたしにはダクスの旦那という心に決めた人がいるんでな! 残念だったなセルジア・イングード!」
「はぁ? あなたは昔から突然訳の分からないことを口走りますよね」
「訳の分からないって………。ったく、これだから乙女心の分からないヤツは」
存分に肩をすくめてからキナは踵を返し、リリアの元へ歩いて行く。その歩幅は淑女と思えぬほど広く、神官とは信じられぬほどに荒い。
ほんとうに、キナは女性としては落第点を付けるしかないような粗雑な人間なのであるが。
「……乙女心、ですか。ならばあなたは男子の純情を理解していませんよ」
どうしてこうなった、と悔いても意味はない。
あのとき動いていれば、と後悔するのは遅すぎる。
そもそも。セルジアがキナと出会ったあのとき。キナの心にはすでに一人の男性がいたのだから。
「……修行不足」
小さくつぶやいてからセルジアもキナの後を追った。
リリアが盲腸の子供を治療していた頃。キナ・リュンランドと茶髪の青年――この教会を任された一級神官・セルジアは少し離れた場所でリリアたちの様子を見守っていた。
子供の一人がお腹を押さえながら倒れたのを見てセルジアは飛び出そうとしたのだが、治癒魔法が使えない人間が割り込んでも混乱させるだけだとキナに説得されて事態の静観を決めたのだ。
結果として。
倒れた男の子は無事に回復し、少し遠かったので子供たちのやり取りを聞くことは叶わなかったが、リリアの来る前と後では明らかに子供たちの様子――特に、クロという黒髪の少女と他の子供たちの距離が縮まっていたのは明らかだった。
「リリアはほんとに人をたらすのが早いねぇ」
ニヤニヤとした笑みを浮かべるキナの隣、本来ならクロと他の子供たちの親交が深まったことを喜ぶべき神官・セルジアはなぜか眉間の皺を深めていた。
セルジアは黙ってさえいれば落ち着いた雰囲気のイケメンなのであるが、深く刻まれた眉間の皺のせいで近寄りがたさを周囲に振りまいている男であった。
そんなセルジアがさらに眉間の皺を深めているのだから、彼をよく知らない人間であれば声をかけようとすら思わないだろう。
だが、キナであれば話は別だ。
「なんだ? 未来の神官長様はずいぶんと難しい顔をしているじゃねぇか?」
「……未来の神官長など、止してください。自分にはそんな資格はありませんから」
「神学校の主席卒業生さまがよく言いますねー。お前さんに最後の学期末テストで負けたことは未だに根に持っているんだ、せめて神官長くらいには出世してもらわねぇとあたしの気が済まねぇんだよ」
「まったく、『せめて』で要求していい地位ではありませんよ、神官長というものは」
教会の地位は上から神召長、神官長 (三人)、大神官 (十二人)、そして神官 (一級、二級、三級)という順序になっている。
だが、神召長になるには“神の声を聞くことができる”という条件が必要となるため、通常の手段で出世できるのは神官長が限界となる。
その神官長に『せめて』出世しろと言うのだからキナのセルジオに対する期待の大きさを察することができるというものだ。
「まだリリアのことを信じられねぇってのか? なんだったら左目の金眼を見せるよう頼んでやってもいいぜ?」
「……いえ、神にも等しい金の瞳を私程度が目にしていいはずがありません」
「相変わらず堅苦しいねぇ。同じ色の瞳ってだけで萎縮してどうするんだよ? リリアに頼んだらスクナ様にも会わせてもらえると思うぜ? ま、その後に今まで通り神様を信じ続けられる保証はしねぇがな。実際あたしは信仰心がぐらんぐらんだ」
「なにやら尋常ではない発言がありましたが……、そもそもあなたは“神様”など信じていないでしょう?」
「あたしのことはどうでもいいんだよ。お前は神様とやらを信じていて、その神様と最も近しいとされる聖女様がやって来た。なのに、何でそんなに難しい顔をしているんだ?」
「……難しい顔ではありません。これは、そうですね。強いて言うなら『悔しい』でしょうか?」
「悔しい?」
「えぇ。私が頭を悩ませ続けたクロと他の子たちとの仲立ちを、あの御方はこの短時間で成し遂げてしまいましたから。もしかしたら、悔しいのかもしれません。本当は喜ぶべきだと分かっているのですがね」
「へぇ、お前さんにもそんな感情があるんだねぇ」
「ありますとも。目を逸らしたくなるほどに醜い感情が……。こんな私は大神官にふさわしくはない。それが分かったからこそ地方神官に立候補したのです」
何とも清々しい表情をしながらセルジアは“聖女”リリアを眺めている。
「リュンランドさん。“聖女”とはなんでしょうか?」
「……神様から最も愛された存在。神の声を民に代わって聞き届け、民のために神へと願いを届ける者。ってところか?」
「あなたにしては模範的で、複雑で、長ったらしい解釈ですね」
「ケンカ売ってんのか? じゃあ、お前さんが考える聖女ってのは何なんだ?」
「簡単ですよ。聖女とは、人を救うのです」
「…………」
「そして、リリア・レナード様は人を救ってみせました。黒髪というだけではぶられていたクロと、クロを避けることで神による救いの道から遠ざかっていた周りの子供たち。そして、クロを救えずに自らの力不足を思い知らされた私という人間を」
「力不足、ね。リリアみたいな『ちーと』を前にしたら嫉妬するもんだと思うんだがねぇ」
「あそこまで『格』の違いを見せつけられては、嫉妬よりも感心の方が上回りますよ。それに、神に愛されていることと人望は関係ありません。9歳の少女があそこまで至れるのです。ならば今までの自分は単なる修行不足。とりあえずは今のリリア様に追いつけるよう今日から修練してきませんと」
セルジアの瞳は目標ができた人間特有の輝きに満ちており、そんな彼をキナはほんの少しだけ格好良く思ってしまった。
よく考えれば。セルジアは元々顔はいいし、性格も良好。そして神学校の同級生で気心が知れているとなればかなりの好物件だ。
「……だが! あたしにはダクスの旦那という心に決めた人がいるんでな! 残念だったなセルジア・イングード!」
「はぁ? あなたは昔から突然訳の分からないことを口走りますよね」
「訳の分からないって………。ったく、これだから乙女心の分からないヤツは」
存分に肩をすくめてからキナは踵を返し、リリアの元へ歩いて行く。その歩幅は淑女と思えぬほど広く、神官とは信じられぬほどに荒い。
ほんとうに、キナは女性としては落第点を付けるしかないような粗雑な人間なのであるが。
「……乙女心、ですか。ならばあなたは男子の純情を理解していませんよ」
どうしてこうなった、と悔いても意味はない。
あのとき動いていれば、と後悔するのは遅すぎる。
そもそも。セルジアがキナと出会ったあのとき。キナの心にはすでに一人の男性がいたのだから。
「……修行不足」
小さくつぶやいてからセルジアもキナの後を追った。
1
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
狼になっちゃった!
家具屋ふふみに
ファンタジー
登山中に足を滑らせて滑落した私。気が付けば何処かの洞窟に倒れていた。……しかも狼の姿となって。うん、なんで?
色々と試していたらなんか魔法みたいな力も使えたし、此処ってもしや異世界!?
……なら、なんで私の目の前を通る人間の手にはスマホがあるんでしょう?
これはなんやかんやあって狼になってしまった私が、気まぐれに人間を助けたりして勝手にワッショイされるお話である。
悪役令嬢の独壇場
あくび。
ファンタジー
子爵令嬢のララリーは、学園の卒業パーティーの中心部を遠巻きに見ていた。
彼女は転生者で、この世界が乙女ゲームの舞台だということを知っている。
自分はモブ令嬢という位置づけではあるけれど、入学してからは、ゲームの記憶を掘り起こして各イベントだって散々覗き見してきた。
正直に言えば、登場人物の性格やイベントの内容がゲームと違う気がするけれど、大筋はゲームの通りに進んでいると思う。
ということは、今日はクライマックスの婚約破棄が行われるはずなのだ。
そう思って卒業パーティーの様子を傍から眺めていたのだけど。
あら?これは、何かがおかしいですね。
痩せすぎ貧乳令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます
ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。
そして前世の私は…
ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。
とあるお屋敷へ呼ばれて行くと、そこには細い細い風に飛ばされそうなお嬢様がいた。
お嬢様の悩みは…。。。
さぁ、お嬢様。
私のゴッドハンドで世界を変えますよ?
**********************
転生侍女シリーズ第三弾。
『おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』
『醜いと蔑まれている令嬢の侍女になりましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます』
の続編です。
続編ですが、これだけでも楽しんでいただけます。
前作も読んでいただけるともっと嬉しいです!
『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故
ラララキヲ
ファンタジー
ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。
娘の名前はルーニー。
とても可愛い外見をしていた。
彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。
彼女は前世の記憶を持っていたのだ。
そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。
格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。
しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。
乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。
“悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。
怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。
そして物語は動き出した…………──
※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。
※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。
◇テンプレ乙女ゲームの世界。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げる予定です。
政治家の娘が悪役令嬢転生 ~前パパの教えで異世界政治をぶっ壊させていただきますわ~
巫叶月良成
ファンタジー
政治家の娘として生まれ、父から様々なことを学んだ少女が異世界の悪徳政治をぶった切る!?
////////////////////////////////////////////////////
悪役令嬢に転生させられた琴音は政治家の娘。
しかしテンプレも何もわからないまま放り出された悪役令嬢の世界で、しかもすでに婚約破棄から令嬢が暗殺された後のお話。
琴音は前世の父親の教えをもとに、口先と策謀で相手を騙し、男を篭絡しながら自分を陥れた相手に復讐し、歪んだ王国の政治ゲームを支配しようという一大謀略劇!
※魔法とかゲーム的要素はありません。恋愛要素、バトル要素も薄め……?
※注意:作者が悪役令嬢知識ほぼゼロで書いてます。こんなの悪役令嬢ものじゃねぇという内容かもしれませんが、ご留意ください。
※あくまでこの物語はフィクションです。政治家が全部そういう思考回路とかいうわけではないのでこちらもご留意を。
隔日くらいに更新出来たらいいな、の更新です。のんびりお楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる