行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする

九條葉月

文字の大きさ
42 / 105

落雷

 ――ぴしゃーん、っと。

 雪花の宮からの帰り道。空は晴れているというのに落雷があった。これが『蒼天の霹靂』ってやつかぁ。

「おや? また梓宸が張の爺さんから叱られたかな?」

 と、一緒に歩いていた瑾曦様がどこか楽しげな声を上げた。もちろん比喩だろうけど……人から怒られたときに『雷を落とされる』と言うのは北狄ほくてき流の表現だったかしら? たしか竜列国でもそんな感じの言葉を使ったはず。北狄と竜列国って昔から交流があるらしいからね。

 しかし、『また』ねぇ?

「梓宸っていつもそんなに怒られているんですか?」

「そうらしいよ? ま、あたしも滅多に外廷へは行かないから噂話程度だけどね」

「…………」

 普通、妃はずっと後宮にいるもので外廷にはいけないはずなんですけどね。という指摘ツッコミは無言で飲み込んでおく私だった。

「――お?」

 稲光が光った方を見やると、わずかに煙が上がっていた。

「火事か! 落雷で燃えたか!」

 はしゃいだ様子で駆け出す瑾曦様だった。男子か。近所の悪童悪ガキか。


                    ◇


 後宮ではありふれた様式である二階建て木造建築。その二階の屋根から火の手が上がっていた。宦官が建物の中にいる人たちを避難させている。

 ちなみに宦官とは去勢した男性のことだ。後宮内に男性は入れないけど、女性だけで力仕事などをするのは難しい。というわけで『ちょん切った』男性を中で働かせているのだそう。

 それはともかく。建物の周囲には燃えていない木片が散らばっているので、やはり落雷でもあったのかしらね。

 ……建物の高さ的には梓宸のいる宮殿の方が雷落ちやすいんじゃないかなー、と考えるのは不敬かしらね?

 えーっと、大華国の五行思想に『雷』はないのだけど、欧羅の五大魔法には含まれているのよね。ちなみに五行思想だと木、火、土、金、水で、欧羅だと火、水、土、風、雷となる。まぁ、五行の『木』に雷を入れちゃうという考えもあるのだけど。そりゃあ落雷すると木が燃えるので『木生火もくしょうか』と言えなくも――

 そんなことを考えていると、宦官や侍女たちが集まってきて一列縦隊を作った。先頭は火元である建物近くに。そして最後尾は近くの井戸に。

 そして井戸から桶に水を汲み、その桶を次々に手渡していって火元の建物へと送っていく。欧羅で言うところの『バケツリレー』だ。効率的に水を運ぼうとすると洋の東西で同じような方法となるらしい。

 しかし、燃えているのが二階の屋根なので中々水が届かないわね。ここで欧羅の『手押し石水ポンプ』があれば火元に水が届きそうなのだけど。

「――おっ」

 まさか私の思考に答えたわけじゃないだろうけど、宦官たちが荷車に乗せたポンプを持ってきた。四角い本体の上に、天秤のような横棒がついたもの。絹の道シルクロードや海路を使って大華国にも普及し始めているのだ。

 ちなみに宮廷で使っているものであるせいか、意匠デザインは大華国風だった。本体に施された彫刻は派手な色で塗装され、水が出るところには五本指の竜が象られている。

 なるほど、竜の口から水が出るようになっているのか。無駄な――じゃなくて、凝ったデザインだこと。

 そうして手押しポンプは稼働して。二階の屋根まで水が届いたのだけど。……うーん、使っている人が下手くそなのか、あるいは単純に性能が悪いのか、中々火に当たらないわね。

「――えぇい! まどろっこしい! 貸しな! あたしが二階まで上がるよ!」

 水の入った桶を強奪し、建物の中に入ろうとする瑾曦様。いやいやあなた妃なんだから無茶しないでくださいよ。お顔に火傷でもしたらどうするんです?

「あー、もう」

 あまり目立つことはしたくないし、落雷で燃えたならそれがこの建物の『運命』なのでしょうけど……しょうがない。さっさと消火しちゃいましょうか。

「――天皇天帝に願い奉る」

 私が神力(魔力)を操り、呪文を唱えると……井戸の中から水が噴き出し、水で形作った竜のように蠢きながら私の元へとやって来た。

 そのまま、まるでとぐろを巻くように私の周囲を回る水竜。

「まずは瑾曦様を建物から離して。そのあと消火」

『――――!』

 声として認識できない鳴き声を上げてから水竜は瑾曦様の元へ飛んでいき、その尻尾(?)で瑾曦様を薙ぎ払った。

「げふぅ!?」

 まさか消火作業中に攻撃を受けるとは思っていなかったのか、建物に入る直前だった瑾曦様は面白いくらい見事にゴロゴロと転がった。……ちょっとやり過ぎたかなと思うけど、まぁ、北狄の狩人なのだから大丈夫でしょう。きっと。

 瑾曦様を転がした水竜は二階の屋根へと移動し、またまたとぐろを巻くように炎を包み込み――消火に成功した。そのまま満足げに天へと昇っていき、消える。

「ふーーーむ……?」

 なんか、仙術(魔術)の調子がいいわね? 水竜が予定より大きかったし、消火したあとも霧散することなく天へと昇っていった。やはり宮殿だから? この国で一番いい土地を選んで城を建てたのでしょうし、神力の流れ出す『龍穴』もいい感じなのかしらね?

 すぐに帰る予定だったからあまり気にしてなかったし、調べたところで宮殿が建っているのだから使いようがないと思っていたけど……今度、龍穴の中心部を探してみるのもいいかもね。

 と、そんなことを考えていると、

「――凜風リンファぁああぁああ……」

 まるで地獄の底から響いてくるかのような、恨めしげな声。

 振り向くと、豪勢な衣装を泥だらけにした瑾曦様がにこやかな笑みを浮かべていた。こわっ。

 あー、水竜から一撃食らったときに持っていた桶から水がこぼれ、全身びしょ濡れになった上にゴロゴロと地面を転がったから……。

「……泥まみれでも良い女?」

「殴るよ?」

 警告しつつ、私の頭をガシッと掴む瑾曦様だった。あいあんくろぉおおぉおおう!?


感想 23

あなたにおすすめの小説

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

厄介払いされてしまいました

たくわん
恋愛
侯爵家の次女エリアーナは、美人の姉ロザリンドと比べられ続け、十八年間冷遇されてきた。 十八歳の誕生日、父から告げられたのは「辺境の老伯爵に嫁げ」という厄介払いの命令。 しかし、絶望しながらも辺境へ向かったエリアーナを待っていたのは――。

婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました

相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。 ――男らしい? ゴリラ? クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。 デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!

たまこ
恋愛
 エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。  だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。

【完結】ルイーズの献身~世話焼き令嬢は婚約者に見切りをつけて完璧侍女を目指します!~

青依香伽
恋愛
ルイーズは婚約者を幼少の頃から家族のように大切に思っていた そこに男女の情はなかったが、将来的には伴侶になるのだからとルイーズなりに尽くしてきた しかし彼にとってルイーズの献身は余計なお世話でしかなかったのだろう 婚約者の裏切りにより人生の転換期を迎えるルイーズ 婚約者との別れを選択したルイーズは完璧な侍女になることができるのか この物語は様々な人たちとの出会いによって、成長していく女の子のお話 *更新は不定期です *加筆修正中です