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落雷
――ぴしゃーん、っと。
雪花の宮からの帰り道。空は晴れているというのに落雷があった。これが『蒼天の霹靂』ってやつかぁ。
「おや? また梓宸が張の爺さんから叱られたかな?」
と、一緒に歩いていた瑾曦様がどこか楽しげな声を上げた。もちろん比喩だろうけど……人から怒られたときに『雷を落とされる』と言うのは北狄流の表現だったかしら? たしか竜列国でもそんな感じの言葉を使ったはず。北狄と竜列国って昔から交流があるらしいからね。
しかし、『また』ねぇ?
「梓宸っていつもそんなに怒られているんですか?」
「そうらしいよ? ま、あたしも滅多に外廷へは行かないから噂話程度だけどね」
「…………」
普通、妃はずっと後宮にいるもので外廷にはいけないはずなんですけどね。という指摘は無言で飲み込んでおく私だった。
「――お?」
稲光が光った方を見やると、わずかに煙が上がっていた。
「火事か! 落雷で燃えたか!」
はしゃいだ様子で駆け出す瑾曦様だった。男子か。近所の悪童か。
◇
後宮ではありふれた様式である二階建て木造建築。その二階の屋根から火の手が上がっていた。宦官が建物の中にいる人たちを避難させている。
ちなみに宦官とは去勢した男性のことだ。後宮内に男性は入れないけど、女性だけで力仕事などをするのは難しい。というわけで『ちょん切った』男性を中で働かせているのだそう。
それはともかく。建物の周囲には燃えていない木片が散らばっているので、やはり落雷でもあったのかしらね。
……建物の高さ的には梓宸のいる宮殿の方が雷落ちやすいんじゃないかなー、と考えるのは不敬かしらね?
えーっと、大華国の五行思想に『雷』はないのだけど、欧羅の五大魔法には含まれているのよね。ちなみに五行思想だと木、火、土、金、水で、欧羅だと火、水、土、風、雷となる。まぁ、五行の『木』に雷を入れちゃうという考えもあるのだけど。そりゃあ落雷すると木が燃えるので『木生火』と言えなくも――
そんなことを考えていると、宦官や侍女たちが集まってきて一列縦隊を作った。先頭は火元である建物近くに。そして最後尾は近くの井戸に。
そして井戸から桶に水を汲み、その桶を次々に手渡していって火元の建物へと送っていく。欧羅で言うところの『バケツリレー』だ。効率的に水を運ぼうとすると洋の東西で同じような方法となるらしい。
しかし、燃えているのが二階の屋根なので中々水が届かないわね。ここで欧羅の『手押し石水』があれば火元に水が届きそうなのだけど。
「――おっ」
まさか私の思考に答えたわけじゃないだろうけど、宦官たちが荷車に乗せたポンプを持ってきた。四角い本体の上に、天秤のような横棒がついたもの。絹の道や海路を使って大華国にも普及し始めているのだ。
ちなみに宮廷で使っているものであるせいか、意匠は大華国風だった。本体に施された彫刻は派手な色で塗装され、水が出るところには五本指の竜が象られている。
なるほど、竜の口から水が出るようになっているのか。無駄な――じゃなくて、凝ったデザインだこと。
そうして手押しポンプは稼働して。二階の屋根まで水が届いたのだけど。……うーん、使っている人が下手くそなのか、あるいは単純に性能が悪いのか、中々火に当たらないわね。
「――えぇい! まどろっこしい! 貸しな! あたしが二階まで上がるよ!」
水の入った桶を強奪し、建物の中に入ろうとする瑾曦様。いやいやあなた妃なんだから無茶しないでくださいよ。お顔に火傷でもしたらどうするんです?
「あー、もう」
あまり目立つことはしたくないし、落雷で燃えたならそれがこの建物の『運命』なのでしょうけど……しょうがない。さっさと消火しちゃいましょうか。
「――天皇天帝に願い奉る」
私が神力(魔力)を操り、呪文を唱えると……井戸の中から水が噴き出し、水で形作った竜のように蠢きながら私の元へとやって来た。
そのまま、まるでとぐろを巻くように私の周囲を回る水竜。
「まずは瑾曦様を建物から離して。そのあと消火」
『――――!』
声として認識できない鳴き声を上げてから水竜は瑾曦様の元へ飛んでいき、その尻尾(?)で瑾曦様を薙ぎ払った。
「げふぅ!?」
まさか消火作業中に攻撃を受けるとは思っていなかったのか、建物に入る直前だった瑾曦様は面白いくらい見事にゴロゴロと転がった。……ちょっとやり過ぎたかなと思うけど、まぁ、北狄の狩人なのだから大丈夫でしょう。きっと。
瑾曦様を転がした水竜は二階の屋根へと移動し、またまたとぐろを巻くように炎を包み込み――消火に成功した。そのまま満足げに天へと昇っていき、消える。
「ふーーーむ……?」
なんか、仙術(魔術)の調子がいいわね? 水竜が予定より大きかったし、消火したあとも霧散することなく天へと昇っていった。やはり宮殿だから? この国で一番いい土地を選んで城を建てたのでしょうし、神力の流れ出す『龍穴』もいい感じなのかしらね?
すぐに帰る予定だったからあまり気にしてなかったし、調べたところで宮殿が建っているのだから使いようがないと思っていたけど……今度、龍穴の中心部を探してみるのもいいかもね。
と、そんなことを考えていると、
「――凜風ぁああぁああ……」
まるで地獄の底から響いてくるかのような、恨めしげな声。
振り向くと、豪勢な衣装を泥だらけにした瑾曦様がにこやかな笑みを浮かべていた。こわっ。
あー、水竜から一撃食らったときに持っていた桶から水がこぼれ、全身びしょ濡れになった上にゴロゴロと地面を転がったから……。
「……泥まみれでも良い女?」
「殴るよ?」
警告しつつ、私の頭をガシッと掴む瑾曦様だった。あいあんくろぉおおぉおおう!?
雪花の宮からの帰り道。空は晴れているというのに落雷があった。これが『蒼天の霹靂』ってやつかぁ。
「おや? また梓宸が張の爺さんから叱られたかな?」
と、一緒に歩いていた瑾曦様がどこか楽しげな声を上げた。もちろん比喩だろうけど……人から怒られたときに『雷を落とされる』と言うのは北狄流の表現だったかしら? たしか竜列国でもそんな感じの言葉を使ったはず。北狄と竜列国って昔から交流があるらしいからね。
しかし、『また』ねぇ?
「梓宸っていつもそんなに怒られているんですか?」
「そうらしいよ? ま、あたしも滅多に外廷へは行かないから噂話程度だけどね」
「…………」
普通、妃はずっと後宮にいるもので外廷にはいけないはずなんですけどね。という指摘は無言で飲み込んでおく私だった。
「――お?」
稲光が光った方を見やると、わずかに煙が上がっていた。
「火事か! 落雷で燃えたか!」
はしゃいだ様子で駆け出す瑾曦様だった。男子か。近所の悪童か。
◇
後宮ではありふれた様式である二階建て木造建築。その二階の屋根から火の手が上がっていた。宦官が建物の中にいる人たちを避難させている。
ちなみに宦官とは去勢した男性のことだ。後宮内に男性は入れないけど、女性だけで力仕事などをするのは難しい。というわけで『ちょん切った』男性を中で働かせているのだそう。
それはともかく。建物の周囲には燃えていない木片が散らばっているので、やはり落雷でもあったのかしらね。
……建物の高さ的には梓宸のいる宮殿の方が雷落ちやすいんじゃないかなー、と考えるのは不敬かしらね?
えーっと、大華国の五行思想に『雷』はないのだけど、欧羅の五大魔法には含まれているのよね。ちなみに五行思想だと木、火、土、金、水で、欧羅だと火、水、土、風、雷となる。まぁ、五行の『木』に雷を入れちゃうという考えもあるのだけど。そりゃあ落雷すると木が燃えるので『木生火』と言えなくも――
そんなことを考えていると、宦官や侍女たちが集まってきて一列縦隊を作った。先頭は火元である建物近くに。そして最後尾は近くの井戸に。
そして井戸から桶に水を汲み、その桶を次々に手渡していって火元の建物へと送っていく。欧羅で言うところの『バケツリレー』だ。効率的に水を運ぼうとすると洋の東西で同じような方法となるらしい。
しかし、燃えているのが二階の屋根なので中々水が届かないわね。ここで欧羅の『手押し石水』があれば火元に水が届きそうなのだけど。
「――おっ」
まさか私の思考に答えたわけじゃないだろうけど、宦官たちが荷車に乗せたポンプを持ってきた。四角い本体の上に、天秤のような横棒がついたもの。絹の道や海路を使って大華国にも普及し始めているのだ。
ちなみに宮廷で使っているものであるせいか、意匠は大華国風だった。本体に施された彫刻は派手な色で塗装され、水が出るところには五本指の竜が象られている。
なるほど、竜の口から水が出るようになっているのか。無駄な――じゃなくて、凝ったデザインだこと。
そうして手押しポンプは稼働して。二階の屋根まで水が届いたのだけど。……うーん、使っている人が下手くそなのか、あるいは単純に性能が悪いのか、中々火に当たらないわね。
「――えぇい! まどろっこしい! 貸しな! あたしが二階まで上がるよ!」
水の入った桶を強奪し、建物の中に入ろうとする瑾曦様。いやいやあなた妃なんだから無茶しないでくださいよ。お顔に火傷でもしたらどうするんです?
「あー、もう」
あまり目立つことはしたくないし、落雷で燃えたならそれがこの建物の『運命』なのでしょうけど……しょうがない。さっさと消火しちゃいましょうか。
「――天皇天帝に願い奉る」
私が神力(魔力)を操り、呪文を唱えると……井戸の中から水が噴き出し、水で形作った竜のように蠢きながら私の元へとやって来た。
そのまま、まるでとぐろを巻くように私の周囲を回る水竜。
「まずは瑾曦様を建物から離して。そのあと消火」
『――――!』
声として認識できない鳴き声を上げてから水竜は瑾曦様の元へ飛んでいき、その尻尾(?)で瑾曦様を薙ぎ払った。
「げふぅ!?」
まさか消火作業中に攻撃を受けるとは思っていなかったのか、建物に入る直前だった瑾曦様は面白いくらい見事にゴロゴロと転がった。……ちょっとやり過ぎたかなと思うけど、まぁ、北狄の狩人なのだから大丈夫でしょう。きっと。
瑾曦様を転がした水竜は二階の屋根へと移動し、またまたとぐろを巻くように炎を包み込み――消火に成功した。そのまま満足げに天へと昇っていき、消える。
「ふーーーむ……?」
なんか、仙術(魔術)の調子がいいわね? 水竜が予定より大きかったし、消火したあとも霧散することなく天へと昇っていった。やはり宮殿だから? この国で一番いい土地を選んで城を建てたのでしょうし、神力の流れ出す『龍穴』もいい感じなのかしらね?
すぐに帰る予定だったからあまり気にしてなかったし、調べたところで宮殿が建っているのだから使いようがないと思っていたけど……今度、龍穴の中心部を探してみるのもいいかもね。
と、そんなことを考えていると、
「――凜風ぁああぁああ……」
まるで地獄の底から響いてくるかのような、恨めしげな声。
振り向くと、豪勢な衣装を泥だらけにした瑾曦様がにこやかな笑みを浮かべていた。こわっ。
あー、水竜から一撃食らったときに持っていた桶から水がこぼれ、全身びしょ濡れになった上にゴロゴロと地面を転がったから……。
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