行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする

九條葉月

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珍獣?

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 患者さんはお見舞いに来ていた学者さんたちにお任せするとして。

 私は維さんに案内されて、宮廷内にある蔵書楼(図書館)にやってきていた。例の『呪いの本』はこの中に収蔵されているそうだ。

「今さらですけど、宰相ってお忙しいのでは? 維さんに案内してもらってよかったんですか?」

「お気になさらず。普段あの男が後宮に行っているときは私が代わりに仕事をしているのですから。たまにはいいでしょう」

 なんかうちの幼なじみ女たらしがすみません。

 かつて勉強を教えた者として申し訳ない気持ちになりつつ、蔵書楼へ。『楼』という名前だけど平屋建てだった。まぁ無駄に高く作って落雷焼失とか笑えないのでいいのだろうけど。

 火災が起こってもすぐに火を消すためか、建物の前には大きめの噴水が作られている。

 蔵書楼の中は――圧巻だった。

 壁一面には本棚が設えられ、すべてが天井にまで伸びている。さらには床の上にも所狭しと本棚が並べられ、どこに誰がいるのかまるで分からない。

 まるで本棚の森。

 そんな森を形成する本棚の中には隙間なく本が詰められ、いったい何万冊あるのか見当も付かなかった。何十万冊とか、何百万冊と言われても信じられるわね。さすが宮廷の蔵書楼。

 これだけあれば神仙術の本もあるかもね。呪いの本まで収蔵されているのだから。なぁんて、そんなことを考えていると、

ツァイ殿、いるだろうか? 宰相の張だ」

 維さんが建物の中に向けてそんな声を掛けた。

「――うひょぉい!?」

 なんか、珍獣みたいな声が? 本棚の森の中から?

「ひ、ひょぇえ、なぜ宰相閣下がこんなところに……?」

 あわあわと。
 びくびくと。
 これから首でも刎ねられるんじゃないかってくらい恐縮しながら出てきたのは――まだ年若い女性だった。維さんと同じように眼鏡を掛けている。

 結い上げもしない、腰まで伸びた黒髪。前髪にいたっては目元を隠してしまっている。
 それだけでも『大華国の貴族女性』としてあり得ないのに、髪は櫛も通されずにぐちゃぐちゃ。さらには化粧もなし。装飾品もなし。だというのに服装だけは基準的スタンダードな貴族の女性のものだ。

 まぁその服にしてもシワだらけなのだけどね。

 身長は女性にしては高め。なのだけど。腰を曲げているので本来の身長より低く感じられた。まぁそれでも小柄な私よりデッカいのだけど。

 うーん、態度だけじゃなく見た目も珍獣……。いやさすがに失礼か。でもなぁ、色々先進的な欧羅でも、ここまで奇妙な貴族女性はいないはずだし……。

 ずっと建物の中にいるのか肌は真っ白。まぁそれは他の妃も一緒よね。
 テキトーな食生活を送っているらしく肌は荒れ気味。血色も悪い。これは妃でも珍しい。貴族や妃ならいいものを食べられるのだから。

「ひえっ!?」

 と、奇妙な女性が私の姿を見て『ビクッ』となり、動きを止めた。……あー、銀髪金目。私って珍しい外見をしているからねぇ。さっきも侍女に驚かれたし。人によっては鬼とか妖魔に見えるのかもしれない。

 となれば、

「……たーべーちゃーうーぞーぉ!」

 両手を挙げて威嚇する私だった。様式美。

「ぴぎゃあぁあああ!?」

 腰を抜かして後ずさる奇妙な女性。そういえばまだ名前も聞いていなかったわね。維さんは『蔡殿』と声を掛けていたけれど。

 涙目になって逃げようとする蔡(?)さん。そんな彼女に私は一歩二歩と近づいて……。

「嬢ちゃん、やめとけ、やめとけ」

 と、服の襟を掴まれて制止させられた。孫武さんに。
 妹である瑾曦様よりは優しい止め方だけど、基本的な力は比べものにならないわね……。筋肉の塊……。私なんて片手で持ち上げられそう……。


                  ◇


「は、はじめまして……。蔡琳玲リンリンです……」

 完全に怖がられている私だった。おかしい、ちょっと怖がらせただけなのに。怖がらせただけで怖がられるとは一体どういうことだろう?

 ま、それはともかく。
 琳玲さんの怯え方は尋常ではなく、本棚の影に身を隠して顔だけこちらに出している状態だ。

 正直、宰相と親衛隊長もいるのにその態度は失礼じゃない? 逆に神経図太くない? いやまぁ指摘するとまた一騒動起きそうだから黙っているけれど。

 そんな態度はいつものことなのか、維さんが琳玲さんを紹介してくれた。

「凜風殿、彼女は蔡琳玲。秘書省の秘書監です」

「はぁ」

 秘書省とか秘書監とか言われても分からんわ。
 そんな私の本音を察したのか維さんが詳細を説明してくれた。

「秘書省とは、簡単に説明すると宮中の書物を管轄する役所です。経籍も管理するので重要な役所となります」

 経籍というのは、儒学の教えが記された経典だっけ? ははぁ、それは確かに重要そうな。それにこれだけの本を維持管理するのも大変そうだし。

「そして秘書監とは……蔵書楼の長官(宮中図書館長)で、従三品ですね」

「…………」

 長官というと、この蔵書楼で一番偉い人? つまりは宮中における蔵書管理の責任者。
 従三品は、役人の中でもかなり偉い人であったはず。

 え? この人が?

 失礼だけど見た目20歳越えているかどうかの、この人が?
 いまだに私を見て震えている、この人が?
 長官?
 ほんとに?
 ほんとにー?

 信じられないでいると、維さんが追加で説明してくれた。

「……彼女の実家である蔡家は蔵書楼設立の際に大変な功績がありまして。数多くの貴重な書物を寄贈してくださり、また、蔵書収集にも尽力してくださったのです」

 つまり、その功績のおかげで先祖代々秘書監を歴任してきた感じ?

 となると、南部の有力貴族『蔡家』の娘さんかな? 私の実家とも商取引がある家だ。ものすごーく広い領地と、ものすごーく大きな屋敷を持っている家。

 まぁそれなら秘書監になっても不思議じゃ……いやいや、ないか。いくら実家に力があっても、女性官吏(官僚)が長官になるのは難しいはず。本人に相応しい実力がなければ。

 つまり、対人関係は苦手だけど、仕事はできるのでしょう。きっと。そういう人は結構いるからね。

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